惑星ルミナスの三姉妹
第2話
「惑星ルミナスの三姉妹」
ミラは、一生懸命返信を書いていた。
場所は惑星ルミナス宇宙港。
朝の第三区画ベンチ。
目の前では、父・航平の貨物船《ブルー・ガル号》が積み込み作業中。
背後では旅客シャトルの案内放送。
横では、妹二人。
そしてミラの端末画面には、百光年先の青年――アレン・レイフォードへの返信文。
「惑星アステリアのアレンさんへ。こちらは惑星ルミナス、星野ミラです。あなたの通信を受信しました。えっと……カレーの件は……」
ミラはそこで止まった。
ヒカリが覗き込む。
「そこ大事たい。カレー焦がした男の心に寄り添わな」
ユウも真顔でうなずく。
「まずは『ご愁傷さまです』やね」
「カレー葬式にせんでよか!」
ミラは画面を消した。
また開いた。
書いた。
消した。
また書いた。
消した。
ヒカリが腕を組む。
「姉ちゃん、その返信、熟成させすぎやない?」
「熟成?」
ユウが笑いをこらえる。
「ヒカリ姉ちゃん、また変な例え始まった」
ヒカリは堂々と言った。
「今のミラ姉ちゃんは青トマトたい」
「は?」
「まだ返事を書く覚悟が熟れとらん」
ミラが顔をしかめる。
「誰が青トマトね」
ユウも乗っかった。
「でも、返信画面見て顔赤くなっとるけん、だいぶ完熟に近づいとるよ」
「近づいとらん!」
ヒカリは胸を張った。
「大丈夫たい。あと三日もしたら真っ赤な完熟トマトになって、『アレンさーん! うち、聞いとるけーん!』って送信しよる」
「せん!」
「する」
「しとる顔」
「してない!」
そこへ、父・航平の大声が飛んできた。
「おーい、ミラ! 返信はできたとか!」
宇宙港中に響いた。
ミラは顔を真っ赤にする。
「父ちゃん、声でかい!」
近くの作業員が笑う。
「今の声なら、百光年先にも届くっちゃない?」
ヒカリが指を鳴らした。
「それたい! 通信設備いらんやん。父ちゃんが叫べばアステリアまで届く!」
ユウが冷静に言う。
「届いても内容が『晩ごはん何?』になりそう」
母・美咲が病院へ向かう途中で立ち止まった。
「ミラ。最初の返信は大事よ。落ち着いて書きなさい」
「うん」
「あとヒカリ。邪魔しない」
「まだしとらん」
「これからする顔をしてる」
「お母さん、予知能力あると?」
「あなたを二十年見てます」
ヒカリは黙った。
だが数秒後、また口を開いた。
「お母さん、ミラ姉ちゃん完熟トマトになりかけとる」
美咲はミラの顔を見た。
そして静かに言った。
「完熟するのはいいけど、腐ったらだめよ」
ヒカリとユウが爆笑した。
「お母さん強すぎる!」
「完熟通り越して廃棄処分たい!」
「やめて!」
ミラは端末を抱え込んだ。
その時だった。
宇宙港の案内放送が鳴った。
『第七ゲートより、惑星ヴェルナ行き商業シャトルが出発します』
普通なら、それで終わるはずだった。
だが次の瞬間。
案内放送の声が、ヒカリの声に変わった。
『なお、星野ミラさんが百光年先の大阪弁男子に返信中です。港内の皆様、温かく見守ってください』
ミラが固まった。
ユウが固まった。
航平が吹き出した。
美咲が目を細めた。
「ヒカリ」
案内放送室の窓から、ヒカリが親指を立てていた。
『恋は通信速度やなか! 火力たい! そしてミラ姉ちゃんは現在、青トマトから完熟トマトへ進化中です!』
「ヒカリーーー!」
ミラの叫びが宇宙港に響いた。
だが、港の人々は笑っていた。
作業員も。
乗客も。
観光客も。
潮流観測ドローンの整備士まで、肩を震わせていた。
ミラは恥ずかしさで燃え尽きそうになりながら、それでも端末を見つめた。
アレンの声が、まだ耳に残っていた。
『星の向こうに誰かがおると思ったら、ちょっと気が楽になるんです』
ミラは、深呼吸した。
そして録音ボタンを押した。
「アレンさんへ。さっきの案内放送は忘れてください」
後ろでヒカリが小声で言う。
「忘れられんやろ」
ユウが口を押さえて笑う。
ミラは咳払いした。
「こちらは惑星ルミナス。星野ミラです。あなたの声、ちゃんと聞こえました」
少し間を置く。
「うちの星は、月が三つあります。だから、夜でもなかなか真っ暗になりません。海は三つの月に引っぱられて、潮の満ち引きが洗濯機みたいです」
ミラは、港の方を見た。
父の貨物船。
母の白衣。
笑っている妹たち。
「家族はうるさいです。妹はもっと騒がしいです。父ちゃんは声が大きすぎます」
「おい!」
「でも、ここがうちの大事な場所です」
ミラの声が少しだけ柔らかくなる。
「あなたの星、アステリアはどんなところですか。夜は暗いですか。海は静かですか。カレーは次、焦がさんで済みそうですか」
ヒカリが腹を抱える。
「最後カレーに戻った!」
ユウも笑う。
ミラは微笑んだ。
「よかったら、また送ってください。うちは聞いとるけん」
送信。
その小さな信号は、惑星ルミナスの空へ上がっていった。
三つの月の残る朝空を抜けて。
洗濯機みたいにうねる海を見下ろして。
百光年先の惑星アステリアへ向かって。
返事が来るのは、ずっと先。
もしかすると、自分がこの返事を書いたことさえ忘れかけた頃かもしれない。
それでもミラの胸には、確かに小さな灯りがともっていた。
遠い星に、誰かがいる。
そして自分は、その誰かに言葉を送った。
ヒカリがにやりと笑う。
「ミラ姉ちゃん」
「何」
「完熟した?」
ミラは真っ赤になって叫んだ。
「まだ青トマトたい!」
宇宙港に、また笑い声が広がった。
次回予告
ミラの返信は、百光年先へ旅立った。
だが、返事が届くまでには長い時間がかかる。
待つことの意味をまだ知らない三姉妹。
そんな中、ヒカリは勝手に「宇宙恋愛応援団」を結成し、ユウまで巻き込まれていく。
次回、
第3話
「宇宙船より遅い恋」
百光年の恋は、まだ既読すらつかない。




