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『銀河の果てでも博多弁』  作者: リンダ


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三つの月が見える夜

第1話 三つの月が見える夜


 惑星ルミナスには、夜が少ない。


 いや、正確に言えば夜はある。


 太陽が沈み、空は藍色になり、海の向こうには星が瞬き始める。


 けれど、地球型惑星で想像されるような、深い闇はなかなか訪れない。


 理由は単純だった。


 月が三つあるからだ。


 一番大きな白い月、アルマ。


 少し青みを帯びた月、ネリア。


 そして、赤みを含んだ小さな月、ルーヴァ。


 三つの月は、夜空のどこかに必ず浮かんでいる。


 そのため、惑星ルミナスの夜はいつも薄明るい。


 海辺の街セントラル・ポートでは、夜の港でも、波止場に置かれた貨物コンテナの影がぼんやり見える。


 星野ミラは、その港の防波堤に座っていた。


 長い黒髪を風に揺らしながら、三つの月を見上げている。


 その横には、妹のヒカリとユウ。


 星野家三姉妹である。


 ヒカリが、波打ち際を見ながら眉をひそめた。


「相変わらず、ここの海、落ち着きなかね」


 ユウが苦笑する。


「三つも月があるけん、潮の満ち引きがめちゃくちゃやもんね」


 そう。


 ルミナスの海は美しい。


 だが、素直ではない。


 三つの月がそれぞれ違う方向から重力で海を引っ張るため、潮の流れが複雑だった。


 普通の満潮、干潮というより――


 巨大な洗濯機の中に、惑星まるごと放り込まれたような海。


 港の外では、波が右へ流れたかと思えば、次の瞬間には斜め左からうねりが来る。


 渦が生まれ、消え、また別の渦が生まれる。


 ヒカリは腕を組んだ。


「これ、海やなくて宇宙規模の洗濯槽やろ。誰か柔軟剤入れた?」


 ミラが静かにツッコむ。


「入れんでよか」


 ユウが笑いながら言う。


「入れたら、惑星全体がフローラルの香りになるやん」


「それはそれで観光資源たい!」


 ヒカリが立ち上がり、港に向かって両手を広げた。


「ようこそ惑星ルミナスへ! 三つの月と洗濯機みたいな海、そして全住民ほんのり柔軟剤の香り!」


「嫌すぎる」


 ミラが即答した。


 その瞬間、三人の背後から声が飛んだ。


「おーい、そこの三姉妹! また防波堤で漫才しよるとか!」


 父、星野航平だった。


 宇宙貨物船《ブルー・ガル号》の船長で、見た目は豪快、声も豪快、笑い方も豪快。


 だが、娘たちにはとことん甘い。


 その隣には、母の美咲。


 ルミナス中央病院の医師であり、星野家の実質的な管制塔だった。


「ヒカリ、防波堤の端に立たない。あんた、前に潮流観測ドローンに手を振って、そのまま落ちかけたでしょ」


「いや、あれはドローンがうちにファンサ求めてきたけん」


「求めてない」


 美咲が一刀両断した。


 航平は海を見て、うなずく。


「今夜は潮が荒いな。アルマとネリアが近い。ルーヴァも斜めに引いとる。こりゃ、港外に出たら船が横揺れどころか、縦に踊るばい」


 ヒカリが目を輝かせた。


「船が踊る? じゃあ、うちらも踊らな失礼やん!」


「やめんか」


 ミラが妹の首根っこをつかむ。


 星野家では、これが日常だった。


 薄明るい夜。


 騒がしい海。


 騒がしい家族。


 それでもミラは、この惑星が好きだった。


 真っ暗にならない夜も。


 洗濯機みたいな海も。


 妹たちのボケも。


 父の大声も。


 母の的確すぎるツッコミも。


 全部が、自分の帰る場所だった。


 その時だった。


 ミラの腕に巻かれた通信端末が、小さく震えた。


 旧式の深宇宙ラジオ受信アプリ。


 ほとんど誰も使っていない、古い通信システム。


 ミラは首を傾げる。


「……何これ」


 ヒカリが覗き込む。


「恋文?」


「違う」


 ユウも近づく。


「発信源、どこ?」


 ミラは端末の画面を見た。


 表示されていた座標は、見たこともない恒星系だった。


 そして、その下に短い文字列。


 音声データ。


 受信完了。


 ミラは再生ボタンに触れた。


 少しノイズが走る。


 ざらついた音。


 長い沈黙。


 そして――


『……こちら、惑星アステリア。聞こえてる人、おるんかな』


 聞き慣れない声だった。


 若い男の声。


 そして、なぜか大阪弁。


『もし届いとったら、返事ください。こっちは三日連続で観測機が壊れて、上司に怒られて、晩飯のカレーも焦がしました』


 ヒカリが固まった。


 ユウも固まった。


 ミラも固まった。


 音声は続いた。


『まあ、誰も聞いてへんかもしれんけど……せやけど、星の向こうに誰かがおると思ったら、ちょっと気が楽になるんです』


 最後に、青年は少し笑った。


『ほな。また送ります。アレン・レイフォードでした』


 通信はそこで終わった。


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 波の音だけが聞こえる。


 三つの月が、海を銀色に照らしている。


 最初に口を開いたのは、ヒカリだった。


「……カレー焦がした男から、百光年先のラジオ来たばい」


 ユウがぽつりと言う。


「しかも大阪弁やったね」


 ミラは、まだ端末を見つめていた。


 胸の奥が、妙にざわついていた。


 遠い星。


 知らない声。


 届くはずのない言葉。


 でも、確かに届いた。


 航平が、低い声で言った。


「ミラ。返信するんか?」


 ミラは三つの月を見上げた。


 真っ暗にならない夜。


 洗濯機みたいな海。


 その向こうに、まだ見ぬ星がある。


 ミラは、小さく息を吸った。


「する」


 そして端末に向かって、録音を始めた。


「こちら、惑星ルミナス。星野ミラです」


 少しだけ緊張して、声が震えた。


 けれど、ミラは続けた。


「カレー焦がしたと? それは大事故たい」


 ヒカリが後ろで吹き出した。


 ユウも笑った。


 母は呆れ、父は豪快に笑った。


 ミラは、初めて遠い誰かに向けて言葉を送った。


「こっちは月が三つあって、夜がなかなか暗くならんとよ。海は洗濯機みたいに荒れるし、妹はうるさいし、父ちゃんは声がでかい」


「おい!」


「事実たい」


 ミラは笑った。


 そして最後に、こう言った。


「でも、もしよかったら、また送ってください。うちは聞いとるけん」


 録音終了。


 送信。


 その小さな信号は、惑星ルミナスの空へ上がっていった。


 三つの月の間を抜けて。


 洗濯機のようにうねる海を見下ろしながら。


 百光年先の誰かへ向かって。


 まだ恋ではない。


 まだ運命でもない。


 けれどこの夜、ひとつの声が、もうひとつの声と出会った。


 光年越しのラジオが、静かに始まった。


次回予告


 惑星ルミナスの宇宙港は、今日も大混乱。


 父・航平の貨物船に、母・美咲の病院勤務、そして三姉妹それぞれの日常。


 そんな中、ヒカリが宇宙港の案内放送を勝手にジャックし、港中を巻き込む騒動を起こす。


 だがミラの心には、あの大阪弁の声が残っていた。


 次回、


 第2話

 『惑星ルミナスの三姉妹』


 

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― 新着の感想 ―
月が3つあるから潮の道引きが複雑というリアルさと、漫才みたいなテンポの小気味いい会話がとても楽しく、たまりません。おもろい人の会話が聞こえる席みたいな嬉しい気持ち。
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