分け合う食卓
第24話
「分け合う食卓」
リングの空の下に、長い食卓が並んだ。
アステリアの市民。
ルミナスの三姉妹。
反転したノクティア艦隊の兵士たち。
そこに置かれた巨大鍋の中心には、ルミナスから持ってきたカニの脚が、これでもかというほど乗っていた。
「父ちゃん、ほんとに二十人前どころじゃなかったね」
ミラが呆れる。
ヒカリは胸を張った。
「カニは和平の象徴たい!」
ユウが鍋を覗く。
「いい匂い……」
湯気が立つ。
カニ。
野菜。
アステリアの香草。
ノクティアの寒冷地きのこ。
全部が同じ鍋で煮えていた。
アレンがカニの脚を持ち上げる。
「うわ、でかっ」
ミラが笑う。
「ルミナス産やけんね」
アレンはハフハフ言いながら食べた。
「熱っ、でもうまっ!」
リリィがにやりとする。
「兄ちゃん、顔真っ赤やで」
アレンが固まる。
「カニが熱いからや!」
ヒカリが即ツッコむ。
「違うやろ。ミラ姉ちゃんの隣やけんやろ」
ミラもカーッと真っ赤になった。
「ヒカリ!」
ケンジが横で笑う。
「これは両方完熟やな」
ヒカリまで顔を赤くする。
「ケンジさんまで!」
ユウはソウタに取り皿を渡されて、少し照れる。
「ありがとう」
「熱いから気をつけて」
「……うん」
ソウタが優しく笑うと、ユウの耳まで赤くなった。
リリィがそれを見て呟いた。
「今日の鍋、恋愛成分多すぎへん?」
ヴォルグ艦長は、カニを食べながら深くうなずいた。
「うまい……これを奪うんじゃなく、交換で手に入れればよかったのだ」
副艦長リーナも言う。
「ノクティアの干し魚と寒冷野菜を出せば、十分交流になります」
ヒカリが拳を握った。
「そうたい。戦争より鍋たい」
ミラが微笑む。
「同じ鍋を囲んだら、相手の顔が見えるけんね」
ユウが静かに続ける。
「顔が見えたら、撃ちにくくなる」
食卓に、少しだけ静かな時間が流れた。
でも、その静けさは悲しいものではなかった。
人が人に戻るための沈黙だった。
一方、ノクティア本星。
首相官邸。
艦長ヴォルグたちの帰還報告を見た首相は、顔を真っ赤にしていた。
「おのれぇぇぇ!」
側近たちは震え上がる。
「何やってくれとんじゃ! 艦隊反転! アッカンベー! そのうえ敵と鍋じゃと!?」
報告官が恐る恐る言う。
「正確には、カニ鍋です」
「料理名は聞いとらん!」
さらに映像には、ヴォルグ艦長がカニを食べている姿が映る。
『うまい。戦争より鍋だ』
首相は机を叩いた。
「この裏切り者が!」
だが、その映像はすでにノクティア市民にも広がっていた。
寒い食堂で。
漁港の休憩所で。
農業ドームの作業員室で。
人々はその鍋を見ていた。
「……うまそうやな」
「奪うより交換、か」
「うちらの魚も出したらええやん」
「戦争より鍋、ほんまそれや」
政府の怒りとは逆に、市民の間では静かに言葉が広がっていく。
奪うより、分け合う。
撃つより、食べる。
敵より、隣人。
リングの空の下では、鍋の最後に雑炊が作られていた。
アレンがミラに器を渡す。
「はい」
「ありがとう」
指が少し触れる。
二人とも止まる。
ヒカリが小声で言う。
「はい、恋愛雑炊入りました」
ケンジが吹き出す。
「何その料理名」
ユウが笑う。
「今日の締めやね」
リングの空には、もう艦影はなかった。
ただ、湯気と笑い声が上がっていた。
戦争はまだ完全には終わっていない。
ノクティア政府は怒っている。
問題は山ほど残っている。
それでも、その夜。
少なくともそこにいた人々は、同じ鍋を囲んだ。
そして知った。
分け合う食卓は、どんな条約文よりも早く、人の心を温めることがある。
次回予告
和平交流会は銀河中に大反響を呼ぶ。
しかしノクティア政府は、艦長ヴォルグたちを反逆者として処分しようと動き出す。
一方、ノクティア市民の間では「戦争より鍋」の言葉が広がり、政府への不満が噴き出し始める。
次回、
第25話
「戦争より鍋」
湯気の向こうで、人は敵の顔を忘れていく。




