腹筋停戦の代償
第19話
「腹筋停戦の代償」
ノクティア艦隊は、再び境界宙域へ戻ってきた。
政府中枢は、先日の一時後退を「外交的屈辱」と受け止めていた。
『笑いによって我が艦隊が退いたなど、共和国の威信を傷つける虚偽宣伝である』
だが、艦内の兵士たちは知っていた。
あれは虚偽ではない。
お好み焼き水没映像で、確かに腹筋が壊れかけたのだ。
アステリア側の通信ホール。
ヒカリは腕を組み、真顔で宣言した。
「前回は腹筋停戦。今回は第二弾たい」
ミラが嫌な予感で肩をすくめる。
「何する気?」
ヒカリは高らかに言った。
「スーパーコチョコチョ作戦!」
アレンが固まる。
「……戦争止める作戦名ちゃうやろ」
ユウが冷静に説明した。
「要するに、笑いの限界テストやね」
ヒカリは通信画面に向かって言った。
「ノクティア艦隊の皆さん。これに耐えられんかったら、あんたらの星に帰りんさい」
ノクティア艦隊旗艦。
艦長ヴォルグは眉をひそめた。
『ふざけた提案だ』
副艦長リーナも硬い表情で言う。
『我々は軍人です。笑いなどで動揺しません』
ヒカリはにやりと笑った。
「ほう。言いましたね」
画面が切り替わった。
そこには、アステリアの市民有志とルミナス三姉妹が用意した、銀河合同ギャグ映像が映る。
第一波。
アレンのお好み焼き再挑戦。
今度は水を測った。
小麦粉も測った。
だが緊張しすぎて、ソースを入れる前に青のりを袋ごと落とした。
『あっ』
フライパン上で青のり袋が鎮座。
エレナの声。
『あんた、青のりは具材やない。飾りや』
ノクティア艦内で、誰かが吹いた。
『ぶっ』
艦長ヴォルグは耐えた。
『この程度では動じん』
第二波。
ヒカリの税関職員再現コント。
「和平交渉用ギャグは危険物ですか?」
「はい。使用時、腹筋に重大な影響が出ます」
アステリア税関職員本人が登場し、真顔で言う。
「私は翌日、整骨院へ行きました」
副艦長リーナの肩が震えた。
『……っ』
艦長が横を見る。
『副艦長?』
『い、いえ。戦術的咳です』
第三波。
ユウの迷子再現。
「お姉ちゃんどこ〜?」
そこへ案内スタッフが現れ、なぜか完璧な王子様風に手を差し出す。
「こちらです、迷子のお姫様」
ユウが真っ赤になって逃げる。
ヒカリのナレーション。
「この瞬間、三女ユウ、重力崩壊。恋のブラックホール化」
艦内の若い士官が机に突っ伏した。
『無理です!』
艦長ヴォルグの口元も震え始めた。
『まだだ……まだ耐えられる……』
ヒカリは画面の向こうで腕を組んだ。
「では最終兵器」
ミラが慌てる。
「まさか」
ユウが目を伏せる。
「出るね」
ヒカリが叫ぶ。
「スーパーコチョコチョ作戦、発動!」
映像に映ったのは、ルミナスで撮影された父・航平だった。
航平が、巨大な宇宙港整備ロボットにくすぐりセンサーを取り付けている。
「よーし、こいつで笑いの限界ば測るたい!」
整備ロボットが起動。
だが設定ミスで、航平自身にセンサーアームが向く。
「え、ちょ、待て待て待て!」
次の瞬間。
センサーアームが航平の脇腹を高速でこちょこちょし始めた。
「ぎゃははははは! やめ、やめんか! 父ちゃん船長ぞ! 威厳が! 威厳が沈没するばい!」
ヒカリのナレーション。
「こちら、星野航平船長。腹筋耐久試験、開始三秒で沈没」
ノクティア艦隊旗艦。
副艦長リーナがついに崩れた。
『ふっ……ふはっ……あははははは!』
艦長ヴォルグも限界だった。
『こ、これは……卑怯だ……!』
さらに映像は続く。
整備ロボットの暴走を止めようとしたヒカリが巻き込まれる。
「うひゃひゃひゃ! ちょ、待って! うちは仕掛け人たい! 被害者やなか!」
ユウまで巻き込まれる。
「や、やめて、笑いすぎて歌詞が飛ぶ!」
最後にミラまで引きずり込まれる。
「いやああ! 完熟トマトにコチョコチョすな!」
アステリア通信ホールは爆笑。
ノクティア艦内も爆笑。
艦長ヴォルグは椅子からずり落ちかけた。
『あかん……これ以上笑ったら……わしの腹筋が共和国から独立する……!』
副艦長リーナも涙を拭きながら叫ぶ。
『艦長、撤退命令を! 医務室が腹筋痛で満床になります!』
艦長ヴォルグは震える手で指示を出した。
『全艦……一時後退……! 理由は……戦術的腹筋保護……!』
ヒカリは勝ち誇った。
「よし。スーパーコチョコチョ作戦、成功たい!」
ミラは息を切らしながら言った。
「成功したけど、こっちも被害甚大やん……」
ユウはソファに倒れ込んだ。
「歌詞、全部飛んだ……」
アレンは腹を抱えて笑っていた。
「もう、これ外交史に載るやろ。『腹筋保護による艦隊後退』って」
だが、笑いの余韻の中で、セリナ外交官だけは厳しい表情をしていた。
「一時的には退きました。でも、向こうの強硬派はさらに怒るでしょう」
ミラはうなずいた。
「笑いで時間は稼げる。でも、ちゃんとした話し合いに持っていかなきゃ」
ヒカリも、珍しく真面目な顔になる。
「うん。笑わせるだけやったら、また戻ってくる」
ユウが静かに言った。
「でも、戻ってくるまでに、誰かが考え直してくれたらいいね」
リングの空から、艦影はまた少し遠ざかった。
それは勝利ではない。
停戦ですらない。
ただ、ほんの少しだけ生まれた時間。
その時間を、無駄にはできなかった。
次回予告
スーパーコチョコチョ作戦により、ノクティア艦隊は再び一時後退。
だがノクティア政府中枢では、強硬派が「笑いによる精神攻撃」として三姉妹を名指しで非難する。
一方、艦隊内部では、笑いを通じてアステリア市民への見方が変わり始める兵士たちも現れる。
そしてミラは、アレンと二人きりでリングの空を見上げることに。
次回、
第20話
「笑った兵士の迷い」
敵と呼ばれた相手にも、笑う心がある。




