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『銀河の果てでも博多弁』  作者: リンダ


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寒い星の熱い嘘

第15話


「寒い星の熱い嘘」


 ノクティア共和国の首都は、氷の都市だった。


 白い空。


 凍った運河。


 厚い防寒服を着た人々。


 その中央広場に、政府支持派の市民が集められていた。


 巨大スクリーンには、ノクティア大統領の顔が映る。


『我々は奪っているのではない。取り戻しているのだ』


 拍手が起きた。


『アステリア周辺鉱物帯は、歴史的に我々の権益である』


 また拍手。


『星間連盟は偏向している。我々の寒さも、燃料不足も、資源難も理解しない』


 広場の熱気は高まっていく。


 けれど、その言葉には嘘が混ざっていた。


 苦しさは本当だった。


 燃料不足も本当だった。


 寒い星で暮らす人々の不安も本当だった。


 だが、だからといって、他の星の空へ艦隊を近づけていい理由にはならない。


 惑星ルミナス。


 星野家のリビングでは、その映像を三姉妹が見ていた。


 ヒカリが低く言う。


「寒い星の人たちが苦しんどるのは、本当なんやろね」


 ユウがうなずく。


「うん。でも、それを利用しとる感じがする」


 ミラは画面を見つめた。


「苦しさを怒りに変えて、怒りを外へ向けさせとる」


 母・美咲が静かに言った。


「一番危ない形ね」


 父・航平は腕を組む。


「腹が減っとる人に、あいつらのせいだと言えば、火はつく。燃料不足の国で、心に火をつけるのは簡単たい」


 その頃、ノクティア国内にも、別の声があった。


 首都から離れた港町。


 凍った海のそばの小さな食堂。


 店主の女性が、壁面ニュースを消した。


「もう聞き飽きたわ」


 常連客の男が小さく言う。


「でも、燃料は高い。仕事も減った。政府の言うことも、少しはわかる」


 店主は首を振った。


「苦しいからって、よその家の倉庫に手ぇ出したら泥棒や」


 別の若者がつぶやく。


「そんなこと言ったら、非国民扱いやで」


 食堂は静かになった。


 戦争を望まない声は、確かにあった。


 けれど、それはまだ小さく、寒い風に消えそうだった。


 一方、アステリア。


 物流遅延は、ついに市民生活へ影を落とし始めていた。


 スーパーの棚には空きが目立つ。


 燃料価格が上がる。


 学校では、遠隔授業への切り替え準備が始まる。


 アレンの家でも、エレナが買い物袋を見てため息をついた。


「小麦粉、また値上がりしてるわ」


 リリィが顔をしかめる。


「お好み焼きできへんやん」


 アレンが真面目に言う。


「俺の失敗作のせいで需要が下がったんちゃうか」


 エレナが即座に言った。


「あんた一人に市場価格動かす力ないわ」


 ダニエルが笑いながらも、表情は硬かった。


「笑い話で済んどるうちはええ。でも、これが長引いたら工場も止まる」


 アレンは黙った。


 台所の会話にまで、境界宙域の影が入ってきた。


 それが一番怖かった。


 夜。


 アレンは深宇宙ラジオに向かった。


「ミラさん。今日は、うちのスーパーで小麦粉が値上がりしました」


 少し苦笑する。


「お好み焼きリベンジが遠のきました。これは重大事件です」


 すぐに声が静かになる。


「でも、ほんまは笑いごとやないです。少しずつ、生活に影が出てます。戦争って、撃ち合いが始まる前から人の暮らしを削るんやなって思いました」


 アレンは窓の外のリングを見た。


「ノクティアの人たちにも苦しさがあるんやと思います。でも、その苦しさをこっちに押しつけんといてほしい」


 送信。


 その声は、また遠い宇宙へ出ていった。


 惑星ルミナスでは、ユウが歌詞ノートを開いていた。


「寒い星の熱い嘘……」


 ミラが横に座る。


「書けそう?」


「少しだけ」


 ユウはペンを走らせた。


寒い星で

本当に凍えている人がいる

でもその寒さを

誰かの空へ投げないで


 ヒカリがそれを見て、静かに言った。


「今日はボケ入れにくいね」


 ミラは首を振った。


「でも、入れていいと思う」


「え?」


「笑いって、全部を軽くするためやなかやろ。重いものを、持ち続けるためにもあるっちゃない?」


 ヒカリは少し驚いた顔をした。


 それから、にっと笑った。


「ミラ姉ちゃん、ええこと言うやん。完熟トマトから詩人に進化した?」


「そこは黙って」


 その夜のラジオ。


 三姉妹は、ノクティアの市民にも呼びかけた。


 ミラが言う。


「ノクティアで暮らす皆さん。寒さも、不安も、燃料不足も、本当に苦しいと思います」


 ユウが続ける。


「でも、苦しさを誰かから奪う理由に変えないでほしいです」


 ヒカリはマイクに近づいた。


「寒い日は、鍋を囲むべきです。艦隊を出す日やありません」


 ミラが小さく笑ってツッコむ。


「鍋で外交できたら理想やね」


「できるたい。少なくとも、鍋の前でミサイル撃とうとは思わんやろ」


 スタジオに小さな笑いが起きた。


 そして、ユウが歌った。


「寒い星の熱い嘘

 誰かを憎めば暖かいなんて

 そんな火はすぐ消える

 本当に灯すべき火は

 食卓の真ん中にある」


 その歌は、ルミナスから発信された。


 アステリアへ。


 ノクティアへ。


 そして、銀河中へ。


 ノクティア政府は聞き入れなかった。


 公式発表では、ルミナスの放送を「感傷的な干渉」と非難した。


 だが、ノクティアの小さな食堂で、店主の女性はその歌を聞いていた。


 彼女は黙って、鍋の火を弱めた。


「……ほんまやな」


 誰にも聞こえない声で、そうつぶやいた。


 嘘は熱を持つ。


 人を集める。


 怒りを燃やす。


 けれど、その火は人を温めない。


 寒い星に必要なのは、誰かの空を奪う艦隊ではなく、同じテーブルに座る勇気だった。


次回予告


 ノクティア国内にも、戦争を望まない小さな声が生まれ始める。


 しかし政府はそれを「裏切り」と断じ、言論統制を強めていく。


 アステリアでは物流遅延がさらに深刻化し、アレンの家族にも不安が広がる。


 そんな中、ルミナス首相・大倉真帆は、ノクティア市民へ向けた異例の直接メッセージを決断する。


 次回、


第16話


「凍える食卓へ」


 敵ではなく、人として呼びかけることから、対話は始まる。

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