主権という名の影
第14話
「主権という名の影」
ノクティア共和国は、寒い星だった。
厚い雲。
長い冬。
凍った海。
雪に覆われた都市。
水産資源と寒冷地農産物には恵まれていたが、鉱物資源と燃料資源は慢性的に不足していた。
だから、ノクティア政府はずっと探していた。
自分たちの未来を支える鉱脈を。
だが、その目が向いた先は、自国星系の外だった。
惑星アステリア。
リングの空を持つ、美しい星。
その周辺には、希少鉱物と高密度燃料鉱石を含む小惑星帯が広がっていた。
問題は、その小惑星帯が明らかにアステリア側の経済圏に属していることだった。
それでもノクティア政府は言った。
「歴史的に、我が国にはこの宙域への主権がある」
その言葉が、すべての始まりだった。
惑星ルミナス。
星野家のリビングでは、三姉妹がニュースを見ていた。
『ノクティア共和国政府は本日、アステリア周辺鉱物帯に対する主権を改めて主張しました』
ミラは眉を寄せた。
「明らかに範囲外なのに?」
ヒカリが腕を組む。
「隣の家の冷蔵庫に、昔うちの気配があったけん、これはうちのプリンですって言いよるようなもんたい」
ユウが真顔でうなずいた。
「しかも勝手にスプーン持ってきとる」
美咲が静かに言った。
「でも、国が追い詰められている時、指導者は外に敵や利益を作りたがることがあるわ」
航平は苦い顔をした。
「燃料が足りん。鉱物が足りん。国民に不満がたまる。そこで外の資源を取りに行く。古いやり方たい」
ノクティア国内では、政府の支持率が下がっていた。
燃料価格の高騰。
鉱業政策の失敗。
都市部と寒冷農業地帯の格差。
政府批判の高まり。
その不満をそらすように、政権はアステリア周辺宙域への権利を強く主張し始めていた。
そして、ついに決定的な発表が行われた。
『ノクティア共和国は、星間連盟の偏向した判断を受け入れない。よって本日をもって、星間連盟からの脱退手続きに入る』
ルミナス外交局。
会議室が凍りついた。
セリナ・香月外交官が、低い声で言った。
「最悪の一歩です」
大倉真帆首相は目を閉じた。
「話し合いの場から出ていくということは、都合の悪いルールを捨てるということたい」
「はい。これで条約による拘束力を軽視する姿勢が、より明確になりました」
真帆は机に置かれた資料を見つめた。
「主権という言葉が、侵略の影になり始めとる」
一方、アステリア。
中央広場では、市民たちの怒りがさらに強まっていた。
「主権やない、強奪や!」
「うちらの空と資源を勝手に語るな!」
「星間連盟から逃げるな!」
アレンは観測局の窓から、その声を聞いていた。
マルコが隣でつぶやく。
「脱退か。これで向こうは、もっと強引に出るかもしれん」
アレンは拳を握った。
「なんで、こっちの暮らしが向こうの政権の都合で脅かされなあかんのですか」
誰も答えられなかった。
その夜。
アレンは深宇宙ラジオに向かった。
「ミラさん。ノクティアが星間連盟を抜けるそうです」
声は静かだった。
だが、その奥には怒りがあった。
「自分らの星に資源が足りへんからって、こっちの空に手を伸ばしてくる。しかも、主権や言うて。こっちから見たら、ただの影です。暮らしの上に落ちてくる、黒い影です」
少し間を置く。
「でも、俺らはここにいます。母さんも、父さんも、リリィも、観測局の仲間も。リングの空の下で生きてます」
アレンは、窓の外を見た。
「主権という名で、その暮らしを消されたくない」
送信。
その声は、また宇宙へ旅立った。
届くのは、ずっと先。
けれど、その言葉は記録として残る。
惑星ルミナスでは、三姉妹がそのニュースを受けて、ラジオ番組の内容を急きょ変更した。
ミラがマイクに向かう。
「主権という言葉は、本来、人々の暮らしを守るためにあるはずです」
ヒカリが続く。
「でも、その言葉を使って、よその空に艦隊を近づけるなら、それは守る言葉やなくて、脅す言葉たい」
ユウが静かに言った。
「寒い星で生きる人たちにも、生活があります。苦しさもあると思います。でも、その苦しさを、別の星の人たちに押しつけていい理由にはなりません」
ミラは深くうなずいた。
「足りないものがあるなら、奪うのではなく、交渉するべきです。分け合う道を探すべきです。戦争の準備ではなく、話し合いを」
ヒカリは少しだけ笑いを混ぜた。
「冷蔵庫のプリンも、勝手に食べたら戦争になります。まず『一口ちょうだい』から始めんと」
ミラがツッコむ。
「例えが家庭内すぎる」
でも、そのたとえはわかりやすかった。
リスナーから次々と反応が届く。
「プリン主権は笑ったけど、本質はその通り」
「奪うな、話せ」
「寒い星の苦しさもわかる。でも艦隊は違う」
「主権を侵略の言い訳にするな」
放送の最後。
ユウは、新しく書き足した歌詞を歌った。
「正義の名前で
誰かの窓を暗くしないで
足りないものがあるなら
声を出して、手を伸ばして
奪う手じゃなく
結ぶ手で」
その歌は、静かに流れた。
銀河は揺れていた。
ノクティアは星間連盟から離れた。
対話の場は、ひとつ失われた。
だが、ルミナスもアステリアも、まだ声を失ってはいなかった。
主権という名の影が広がる中で、人々はその影の下にある暮らしを、言葉で照らそうとしていた。
次回予告
星間連盟からの脱退を宣言したノクティア共和国。
各星系は一斉に非難するが、ノクティア国内では政府支持派による大規模集会が開かれる。
一方で、ノクティア市民の中にも戦争を望まない声があった。
ルミナス外交局は、連盟外でも対話の窓口を残そうと奔走する。
そしてアステリアでは、物流遅延がいよいよ市民生活に影を落とし始める。
次回、
第15話
「寒い星の熱い嘘」
国の苦しさを、誰かを奪う理由にしてはならない。




