届かない声、届いてほしい声
第11話
「届かない声、届いてほしい声」
境界宙域で、小さな衝突が起きた。
公式発表では、まだ「事故」だった。
ノクティア共和国の無人哨戒艇と、アステリア周辺自治圏の航路監視艇が接触。
双方に死者はなし。
しかし、銀河中の誰もがわかっていた。
これは、事故という名を借りた警告だった。
ノクティア側は言った。
「我が国の艦隊行動は通常訓練である」
「資源採掘権の正当な保護である」
「境界宙域の安全確保である」
理由はいくらでも並べられた。
採掘権。
航路安全。
歴史的権益。
民間船保護。
だが、アステリア星系の住民たちは、それを信じなかった。
惑星アステリアの首都リングポート。
中央広場には、多くの市民が集まっていた。
掲げられたプラカードには、はっきりと書かれている。
「帰れ」
「うちらの空域に艦隊を近づけるな」
「採掘権より生活を守れ」
「リングの空に軍艦はいらん」
その中継を、アレンは観測局の休憩室で見ていた。
隣には先輩観測士のマルコ。
画面の中では、大阪弁が飛び交っている。
『通常訓練や言うなら、自分とこの空でやれや!』
『うちらの航路に近づくな!』
『採掘権か利権か知らんけど、こっちには学校も病院も台所もあるんや!』
アレンは小さく息を吐いた。
「みんな、怒ってますね」
マルコは腕を組んだ。
「怒って当然や。軍艦が近づいてきて、笑って歓迎する市民なんかおらん」
その時、観測端末が警告音を鳴らした。
アレンは画面に駆け寄る。
「境界宙域、また通信ノイズ増加」
マルコの表情が険しくなる。
「ノクティア側の電子妨害か?」
「断定はできません。でも、自然ノイズではないです」
アレンはデータを拡大した。
不規則な通信遮断。
航路標識の遅延。
民間貨物船が三隻、予定航路から迂回。
まだ戦争ではない。
けれど、日常を削るには十分だった。
「……嫌な感じやな」
アレンの声は、いつもの軽さを失っていた。
その頃、惑星ルミナス。
星野家の三姉妹は、自分たちのラジオ番組の準備をしていた。
だが、ミラの表情は晴れなかった。
「うちらの声、ほんとに届くんかな」
ヒカリがマイクチェックの手を止める。
「届くよ」
「でも、アステリアに届くのはずっと先たい。今すぐ不安な人には、間に合わんかもしれん」
ユウが静かに言う。
「それでも、送らんよりいい」
ミラはうつむいた。
「わかっとる。でも……」
ヒカリは珍しく、すぐには茶化さなかった。
少し黙ってから、言った。
「ミラ姉ちゃん。ラジオって、届いた瞬間だけが意味やなかと思う」
「え?」
「誰かがどこかで、今、自分たちのことを心配しとる。そういう声が宇宙のどこかを進んどるってだけで、少し救われることもあるっちゃない?」
ユウがうなずいた。
「祈りは遅れて届く。でも、遅れて届いた時に、その人を支えることもある」
ミラは、二人を見た。
いつも騒がしい妹たち。
けれど、こういう時、ちゃんと横にいてくれる。
ミラは深く息を吸った。
「……うん。送ろう」
その日の『三姉妹の月あかりラジオ』は、いつもより静かに始まった。
ミラがマイクに向かう。
「こんばんは。惑星ルミナスから、星野ミラです」
ヒカリが続く。
「ヒカリです。今日は、いつもよりちょっと真面目に始めます」
ユウがやさしく言う。
「ユウです」
ミラは一拍置いた。
「アステリア星系で、不安な動きが続いています。艦隊を展開する側は、通常訓練、航路安全、資源保護、いろんな理由を並べています。でも、そこに暮らしている人たちからすれば、軍艦が近づいてくること自体が怖いことです」
ヒカリの声は、少し震えていた。
「帰れ、って叫びたくなる気持ち、わかります。うちらの空に近づくな、って言いたくなる気持ちも」
ユウが続ける。
「空は、誰かを脅すためにあるんじゃないと思います。朝を迎えるためにある。星を見上げるためにある。大事な人を思い出すためにある」
ミラは端末に保存されたアレンの映像を見つめた。
「リングの空に、艦隊の影が落ちないことを願っています」
少し間が空いた。
ヒカリが、あえて明るく言った。
「それから、アレンさん。これが届く頃には、たぶん何年も経っとるけど……お好み焼きは水を測ってください」
スタジオの空気が少し緩む。
ミラも微笑んだ。
「そこは大事やね」
ユウが言う。
「平和な台所で、ちゃんと焼けますように」
そして、ユウは未完成だった歌を初めて放送で歌った。
「六年遅れのこんにちは
それでも今、あなたへ向かう
返事が遠くても
声は迷子じゃない」
その歌は、ルミナスの夜に流れた。
そして、通信波となって宇宙へ出ていった。
すぐには届かない。
けれど、送らなければ永遠に届かない。
一方、アステリア。
中央広場の抗議集会は夜まで続いていた。
アレンの妹リリィも、学校の友人たちと一緒に広場の端に立っていた。
「怖いな」
友人がつぶやく。
リリィは空を見上げた。
リングが銀色に光っている。
「怖い。でも、黙っとったらもっと怖い」
その頃、アレンは観測局の屋上にいた。
遠くの空に、防衛衛星の光が見える。
彼は深宇宙ラジオ端末を起動した。
「ミラさん。たぶん、そっちにはずっと遅れて届くと思います」
アレンは少し笑おうとした。
「こっちは、なんやきな臭いです。採掘権や利権や安全保障や、偉い人らはいろいろ言うてます。でも、こっちからしたら単純です」
彼は空を見上げた。
「うちらの空に、艦隊は近づくな」
声が、少しだけ強くなった。
「ここには、母さんの台所があります。妹の学校があります。父さんの仕事場があります。俺の観測局があります。リングの空があります」
そして、少し間を置いて言った。
「守りたいもんがある人間の声は、ちゃんと残したいんです」
録音を止める前に、彼は小さく笑った。
「それから、お好み焼きは再挑戦します。今度はちゃんと水、測ります。たぶん」
送信。
彼の声もまた、宇宙へ旅立った。
届かない声。
届いてほしい声。
遅れて届く祈り。
それでも人は、声を送る。
沈黙が一番怖いから。
夜のルミナス。
ミラはまだ知らない。
アレンが同じように空を見上げ、同じように誰かへ声を送っていたことを。
けれど、どこかで確かに、二つの声は宇宙の中を進んでいた。
互いの星へ向かって。
次回予告
アステリアの市民たちは、艦隊の接近に対して抗議の声を上げる。
しかしノクティア共和国は、さらに強硬な声明を発表。
ルミナス外交局は緊急和平会議の開催を呼びかけるが、各星系の利害は複雑に絡み合っていた。
一方、ミラはラジオで声を送り続けることに迷いながらも、アレンの星をもっと知ろうとする。
次回、
第12話
「リングの空に艦影は似合わない」
守りたい空がある。だから、人は声を上げる。




