笑いは停戦信号
第10話
「笑いは停戦信号」
ルミナス星系外交局の会議室には、重たい空気が漂っていた。
ノクティア共和国だけではなかった。
セレスティア鉱業圏。
ミラージュ砂漠惑星連合。
ヴェルナ商業同盟。
各地で、採掘権、通商利権、既得権益をめぐる対立が表面化し始めていた。
会議室の中央で、ルミナス星系首相――
大倉真帆が腕を組んでいた。
「利権、利権、利権……宇宙まで広がっても、人間の揉め方はあんまり進化しとらんね」
外交官セリナ・香月が資料を置く。
「武力衝突に発展する前に、緊張を下げる必要があります」
真帆はうなずいた。
「なら、こっちもルミナスらしく行こう」
「ルミナスらしく、ですか」
「笑いで空気をほどく」
会議室が静まり返った。
セリナが慎重に聞いた。
「首相、本気ですか」
「本気よ。笑いは相手を倒す武器やない。相手がまだ人間やと確認する信号たい」
その頃、星野家。
ヒカリはラジオ局のスタジオで、ホワイトボードに大きく書いていた。
《銀河緊張緩和スペシャル
笑いは停戦信号》
ミラが頭を抱える。
「タイトルが重いのか軽いのかわからん」
ユウは苦笑した。
「でも、ヒカリ姉ちゃんらしい」
ヒカリは胸を張った。
「政治家が難しい言葉で揉めるなら、うちらは笑いで割って入るたい」
ミラは静かに言った。
「でも、茶化したらだめよ」
「わかっとる。笑いは、バカにするためやなか。怖がっとる人の肩を少し下ろすためたい」
その夜、特別放送が始まった。
ヒカリがマイクに向かう。
「こんばんは。惑星ルミナスから、今夜は銀河中へ届けます。採掘権で揉めとる皆さん、まず深呼吸してください」
ミラが続ける。
「資源も大事です。航路も大事です。でも、その前に、そこに暮らしている人たちの朝ごはん、学校、病院、台所があります」
ユウが静かに言った。
「戦争になったら、お好み焼きも焼けません」
ヒカリが即座に乗る。
「そして水を入れすぎたら、そもそも焼けません」
スタジオに笑いが起きる。
けれど、その笑いは逃げではなかった。
遠い星に暮らす誰かの生活を、思い出すための笑いだった。
放送の最後、ルミナス首相・大倉真帆が緊急出演した。
「銀河各星系の皆さん。私たちは、対立を否定しません。利害がぶつかることもあります。でも、艦隊を動かす前に、話し合う場を作りましょう」
真帆は少し笑った。
「まずは、同じテーブルでご飯を食べましょう。焦げたカレーでも、失敗したお好み焼きでもよかです。食卓につけば、相手にも家族がいることを思い出せます」
ヒカリが横から小声で言う。
「焦げたカレーはアレンさん担当です」
「言わんでよか!」
ミラのツッコミが入り、首相まで笑ってしまった。
その映像は、銀河中に配信された。
もちろん、それだけで艦隊が止まるほど宇宙は甘くない。
ノクティア共和国は反発した。
他の星系でも、冷笑する者はいた。
だが一方で、民間船団、医療団体、学校、労働者組合、宇宙港の整備士たちから、次々と声が上がり始めた。
「戦争より交渉を」
「採掘権より命を」
「台所を燃やすな」
ヒカリは放送後、スタジオの窓から三つの月を見上げた。
「笑いで全部解決できるとは思わん」
ミラが隣に立つ。
「うん」
ユウも続ける。
「でも、誰かが一瞬でも怒りを止めてくれたら」
ヒカリはうなずいた。
「それだけで、停戦信号たい」
遠いアステリアでは、まだこの放送は届いていない。
アレンも、ミラたちの声をまだ知らない。
それでも放送は宇宙へ出ていった。
冗談のような声に、まじめな祈りを乗せて。
光年越しのラジオは、恋の物語から、少しずつ銀河全体の希望へ変わり始めていた。
次回予告
ルミナス発の特別放送は、銀河中に波紋を広げる。
だが、ノクティア共和国は艦隊を退かず、境界宙域では小さな衝突が発生する。
アステリアの観測局では、アレンが異常な航路データを検出。
一方ミラは、自分たちの声が本当に届くのか、不安を抱き始める。
次回、
第11話
「届かない声、届いてほしい声」
祈りは遅れて届く。だからこそ、今送らなければならない。




