5.京の五条の橋の上
《秋》
電車に揺られる感覚というのは心地よいものだと思っていたが、人混みの中つま先立ちになりながら、多くの外国人とトランクケースの間に挟まれると酸欠になりそうだ。
大きな車窓があるにも関わらず、目に映るのは汗をかいた背中とはち切れんばかりのジーンズ。
地元の路線でここまで混むことは滅多になく、通学のときでも座れなくてもつり革を掴むくらいは余裕だった。
あまり背の高くない私は小野先輩の腕をつり革代わりにしながら東福寺を目指す。
「お、小野先輩、地元の電車の百倍すごいじゃんね……」
「んん? まあ、通勤電車よりちょっと苦しいなあ。まあ、一駅やし、ちょっと間我慢しいや」
小野先輩は人混みに押しつぶされつつも涼しい顔をして軟体動物のように身体を反らせながら、つり革を掴む。私はその腕を掴むのに必死だ。
京都駅からわずか一駅なのに、私は電車を降りるときにヘトヘトで、げっそりしていた。
「アンタ山登るときは元気やのに満員電車はアカンねんなあ」
「ありゃ、ひどいじゃん。外国人さんばっかで大変ですよぉ」
駅の改札を出ながら、私は祖父のフィルムカメラをカバンから取り出す。あとフィルムの枚数は十八枚だ。それにしても、やはりここでも大勢の人が降りてみな同じ方向へと向っていく。目的地は同じなのだろう。
首からカメラをぶら下げ、まだまだ綺麗な発色をしている緑と赤のチェック柄のバッグをかけなおす。
「おお……東福寺ってJRだけでないんですねぇ~」
「そうやね、私もあんまり来たことないけど京阪かな。同じ駅使ってるみたいやね」
案内看板を見て、東福寺方面へと向かう。マップアプリによるとルートは細い路地を示していた。
「てっ! 狭い住宅地に長蛇の列……」
「おお……確かにめっちゃおるなあ。まあ、これなら道には迷わんか」
紺のロングTシャツに飾り気のない黒いジャンパーの小野先輩は小銭を出して近くの自販機に入れ、ためらうことなくボタンを二度押す。
がこん、がこん。と二本のペットボトルが落ちてきた。小野先輩は片手で自販機の取り口のカバーをあげ、片腕を突っ込みそのまま器用にその二本をつかみ取る。
「ほれ、甲斐の分」
「あ。ありがとうございます」
私は手渡されたペットボトルの緑茶の蓋をあけ、口をつける。秋も深まっているのだが、電車の込み具合と暖房によってすっかり身体が火照ってしまっていた。
「あ~、おいしい」
同じように小野先輩もペットボトルのお茶を一口飲む。
「うん。冷えとっておいしいな。よし、ほな行こか」
「はい」
住宅地をぞろぞろと歩く足取りは遅い。狭い生活道路をひたすらに観光客たちは東福寺を目指す。東福寺まであと少しだ。
「えっと……通天橋ってところからが一番、紅葉がきれいに見えるんですねぇ」
「らしいなあ。私も行ったことないから、どこから行けばいいんかな……ああ、この仁王門ってところからは入れんのか。とりあえず、通天橋目指してみよか」
「まあ、他の人ついていったらわかるじゃんねぇ」
「ま、それもそうやね」
二人で笑いながらなんとか拝観料を収めることができ、私たちはその通天橋にたどり着いた。
「こ、ここも人多い……」
「甲斐、ここ立ち止まってカメラ使われんで」
「え? そうじゃんね?……って、う、後ろから押されるじゃんねぇ〜」
背の低い私は通天橋からの景色を肉眼で見ることに成功したが、決してカメラを構える暇などなかった。長身の小野先輩がスマホカメラで何度かシャッターを切っている。
「け、結局、ここからは撮れなかった……」
「まあ、準備不足やったなあ。でも、偃月橋からは撮れるみたいやで? 行ってみよか」
言われるがまま私と小野先輩は偃月橋へと向かう。
「こっちの偃月橋ってのは割と人少ないらしいから、写真も撮りやすいみたいやで」
「確かにネットでもそう書いてますけどぉ、考えることは多分一緒ですよぉ……」
私は半ばあきらめ気味に境内の道を歩く。どこを歩いても人しか見えない。少しばかり秋の京都というのをなめていたらしい。人が多いことを考慮してスカートではなくパンツで来たことに間違いはなかったけど。
木製の橋が見えてくると同時に通天橋よりも人は確かに少なく、同じように紅葉も少し控えめに見えるが、十一月の高い空にその真っ赤な楓が紅色に色づいていた。
秋風がささやくようにその楓の葉を一枚、また一枚と散らしていく。小野先輩が欄干に太ももを預け、スマホでパシャリと私よりも先に撮影を始める。
「さっきより人少ないなあ。甲斐、撮るなら今のうちやで」
私も促されてカメラを構える。ゆっくりとピントリングを回して四角い枠の中に先輩の背中と紅葉を捉える。真っ赤な紅葉を背中に黒い背中の先輩をフレームにおさめていく。
カシャリ。ミラーが跳ね上がり一瞬だけ真っ暗になる。
「……アンタ、ウチ撮るの好きやなあ」
振り向きながら小野先輩は笑いながら、腕を組む。
「え? あははは。まあ、記念に一枚撮ってますよぉ」
「まあ、別にええけど。私撮っても面白くないやろ?」
「記念ですよ、記念。焼いたら一緒に見るら!」
そう。私の二つある目的のうち一つだ。四季折々の写真を撮ることと、一枚は必ず先輩の後ろ姿や横顔を撮る。現像してピンボケしていないことを祈りながら毎回シャッターチャンスを逃さないようにしていた。
「よし、ほな下の洗玉澗にも行ってみて、京都駅でお昼食べて帰ろうか」
「はい!」
小野先輩はグッと背伸びして元来た道を歩き出す。私もそのあとを小走りに追う。京都の空はどこまでも青く高かった。
「京の五条の橋の上」いかがだったでしょうか。
大の男の弁慶は〜と続きます。最近の若い方はご存知でしょうか?




