空を飛ぶ敵は攻撃不可? ならば土台ごと叩き落とすまで
第一騎士団の衝撃透過による一瞬の壊滅劇は、聖王国の高官たちに致命的な恐怖を植え付けた。
「あの男……レオン・ヴァルハイトは危険すぎる! 物理の常識どころか、世界の判定システムそのものを歪めているぞ!」
王宮の最高評議会室。蒼白な顔の枢機卿が悲鳴のような声を上げる。
だが、その輪の中で冷ややかな笑みを浮かべる男がいた。魔導師団長・ジルヴェスターである。
「取り乱すな、愚か者め。奴の異常な拳とて、攻撃が『届く』距離にいればの話だ」
ジルヴェスターは漆黒の杖を弄びながら、不敵に言い放った。
「次の舞台は王都の上空。我が率いる『空天魔導隊』が誇る、飛行特権の前では、どれほど絶大な威力の拳もただ空を切るのみ。地面を這うだけの脳筋重戦士など、上空から一方的に焼き尽くせば終わる」
数日後。王都の広大な中央広場。
レオン、エレナ、そして聖女リアの前に、突如として激しい風が吹き荒れた。
「ハハハ! 歓迎するぞ、無知なる重戦士よ!」
見上げれば、上空数百メートルの高空に、数十名の魔導師を引き連れたジルヴェスターが滞空していた。
彼らの周囲には強力な風の結界が張り巡らされ、世界の判定システムが保障する「完全飛行・近接攻撃無効」のステータスが与えられている。
ゲーム『アルカディア・ストーリー』において、中盤以降にプレイヤーを最も苛立たせる仕様――「滞空敵(近接攻撃届かない)」の存在だ。物理アタッカーは攻撃手段を奪われ、ただ魔法職が敵を撃ち落とすのを指をくわえて見るしかない不遇の象徴である。
「見よ、この絶対の高度を! 近接攻撃しか持たぬ貴様には、届くことも、触れることも叶わん!」
ジルヴェスターが杖を掲げると、空中に無数の巨大な火炎陣が展開された。
「レオン、だめよ! 危険すぎるわ!」
エレナが青ざめて叫び、杖を構える。
「あの高度は魔法の最大射程のギリギリよ! あなたの大剣だって、どれだけ投げたって届く距離じゃないわ!」
「なるほど。高空飛行か」
レオンは大剣を背負ったまま、ゆっくりと空を見上げた。
「要するに、世界の判定システムが『地に足がついている者の近接攻撃は、一定の高度以上に届かない』という距離制限の計算を行っているわけだな」
「ハッ! 理解したなら上空からの焦土と化す火炎に怯えるがいい!」
ジルヴェスターの嘲笑が空から響く。だが、レオンはどこまでも冷静だった。
「なら、わざわざお前のいる高度まで飛ぶ必要も、大剣を投げる必要もない」
「なに……?」
「お前が立っているその『空中』も、何もない真空ではない。気体という物質が満ちている。なら、足元の地面を叩いて生み出した超高圧の爆風を『階段』にし、大気を物理的に圧縮して押し上げれば、お前たちの足場ごと叩き落とせる」
レオンが右脚を引いた。
その瞬間、彼の周囲の空気が出力に耐えかねて歪み、バリバリと放電のような衝撃音を立て始める。
「空気は気体だが、超高圧で圧縮されれば一時的に固形物と同等の密度を持つ。それが物理だ」
「な……何を言っている!? 大気を固形化して押し上げるだと!? そんな出たら目な空間干渉が――」
「見せてやる。これが――【物理(空気階段破砕)】だ!!」
レオンの足が、大地を踏み抜いた。
――ドドォォォォォォンッ!!
広場の石畳が半径数十メートルにわたって一瞬で粉砕され、陥没する。
地面を叩いた凄まじい脚力と運動エネルギーが、そのまま真上の大気へと伝死。レオンの頭上にあった空気が、目に見えるほどの「超高密度の白い圧縮空気の柱」となって、一直線に空へ向かって噴出した。
それは、まるで大地が空に向かって突き立てた巨大な拳。
「な……なにッ!? 空気が……物理的な質量を持って押し寄せて――ひぃぁぁぁっ!?」
上空数百メートルにいた空天魔導師たちが、真下から突き上げられた超高圧の気流の柱に飲み込まれた。
「完全飛行」のシステム判定など関係ない。彼らが浮遊していた「大気そのもの」が超質量となって下から暴風の鈍器として殴りかかってきたのだから。
「飛行特性が……風の結界が……大気の圧力に押し潰されるぅぅぅっ!?」
バリバリバリッ! と、空中でシステムが保障していた飛行のルールが物理的な圧力によって過負荷を起こし、破砕する音が響く。
「浮いていられるのは、支える空気があるからだ。その空気を丸ごと押し上げられたら、ただの落とし穴と変わらん」
圧縮空気の柱が弾け飛ぶと同時に、滞空権を奪われたジルヴェスターと魔導師たちは、強烈な叩きつけの衝撃とともに一斉に地面へと落下。豪快な音を立てて広場の石畳に激突した。
……
静まり返る広場。
地面に埋まったジルヴェスターは、全身の骨をきしませながら、見下ろしてくるレオンを恐怖の目で見つめていた。
「ば……化け物め……。空中攻撃無効のルールを……空気の質量で踏み倒すなど……」
「怪我はないか? 空気のクッションを噛ませておいたから、命に別状はないはずだ」
親切そうに手を差しのべるレオン。だが、ジルヴェスターはその手に怯え、そのまま白目を剥いて気絶した。
「……ねえ、レオン」
エレナが半開きの口を抑えながら、ポツリと呟く。
「なんだ、エレナ」
「あなた、次あたり『重力』とか『時間』とかも物理で殴り始めないわよね……?」
「重力も時間も、空間の歪みや粒子の運動に過ぎないからな。伝達エネルギーさえ計算できれば、殴れない理由はない」
「やっぱり殴る気じゃないのよーーーっ!!」
広場に響き渡るエレナの絶叫。
こうして、物理アタッカーにとって最大の障害であった「飛行敵」の特権すらも、レオンの常識を置き去りにした純粋物理によって虚しく打ち砕かれたのだった。




