あらゆる攻撃を100%反射? ならば逆位相で相殺して打ち砕くまで
時間停止すらも細胞の熱運動で強行突破したレオンの存在は、ついに聖王国の最高権力層、そして陰で糸を引いていた黒幕を完全に追い詰めた。
「時間を止められても動き、熱で時空を融解させただと……? 馬鹿な、そんな生物が存在して溜まるか!」
王宮の最深部、玉座の間の陰から現れたのは、聖王国の国師にして魔王軍の陰謀を指揮していた男――鏡影将ベルゼノフであった。
彼の手には、古代の神々が創り上げたとされる伝説の宝具《鏡界の盾》が握られている。
「だが、奴の破滅は決まった。この《鏡界の盾》が展開する《絶対反射》は、受けたあらゆる衝撃、熱、魔力、概念エネルギーを、100%そのまま攻撃者へ反転させて跳ね返す!」
ベルゼノフは邪悪な笑みを浮かべ、盾を構えた。
「奴が殴れば殴るほど、その異常な威力がすべて自分自身に襲いかかり、自滅する! 己の誇る最強の物理によって砕け散るがいい!」
翌日。王宮の大庭園。
レオン、エレナ、聖女リアの前に、黒いオーラを纏ったベルゼノフが立ち塞がった。
「来たな、不遇職の面汚しめ! ここがお前の終着駅だ!」
ベルゼノフが《鏡界の盾》を掲げると、彼の全身を透明な鏡面状の結界が覆った。
ゲーム『アルカディア・ストーリー』において、終盤の隠しボスなどが所持する最悪の仕様――「全自動ダメージ100%反射」。
どれほど強力な攻撃を叩き込んでも、その威力がそのまま自分に跳ね返ってくるため、正面から殴ることは絶対に不可能な初見殺しの罠だ。
「レオン、ダメよ! 攻撃しちゃダメ!」
エレナが悲鳴を上げ、レオンの服の裾を引っ張る。
「あの結界は世界のルールで『受けたエネルギーのベクトルを完全に反転させる』絶対反射よ! あなたの拳が強ければ強いほど、あなたが死ぬわ!」
「なるほど。100%反射か」
レオンは大剣を背負ったまま、じっと相手の結界を観察した。
「要するに、入力された物理エネルギーの波形を検知し、瞬時に180度反対のベクトルに変換して押し戻す計算処理を行っているわけだな」
「ハッハッハ! その通りだ! 物理法則の基本『作用・反作用』をシステムレベルで増幅・固定した絶対の壁! 触れることすら死を意味するぞ!」
ベルゼノフが勝ち誇って叫ぶ。だが、レオンは不敵に口元を緩めた。
「なら、反転して戻ってくる波を、届く前に消せばいい」
「……なに?」
「物理学において、波には『位相』が存在する。山と谷が反転した波に対して、まったく同じ振幅で『逆位相』の波を重ね合わせれば、波同士が打ち消し合って干渉し、エネルギーは相殺されてゼロになる」
レオンが右拳を構え、全身の筋肉をかつてない精度でミクロ単位に制御し始めた。
「100%跳ね返ってくるというなら、拳を叩き込む瞬間に、反射波の周期と完全に重なる『逆位相の超微振動』を拳の表面で発生させればいい。そうすれば跳ね返りのベクトルは相殺されて相殺・消滅する。あとに残るのは、俺の拳が持っている前進のエネルギーだけだ」
「な……何を言っている!? 跳ね返る衝撃波の波形を瞬時に解析して、逆位相の振動で相殺するだと!? そんな人間コンピューターみたいな真似が――」
「できるさ。筋肉の細胞一つひとつを個別に収縮させればな」
レオンの右腕が、目視不可能なほどの超高周波でブ、と羽虫のはばたきのような音を立てて震え始めた。
世界のシステムが「反射の計算」を開始するより早く、レオンの細胞が精密な物理計算を物理現象として実行する。
「見せてやる。これが――【物理(波形相殺・共振破砕)】だ!!」
レオンの右拳が放たれた。
――ズドドォォォォォォンッ!!
レオンの拳が《鏡界の盾》の表面に激突した瞬間。
バリバリバリッ! と、激しい空間の軋み音が上がった。
システムの計算通り、レオンの絶大な衝撃エネルギーが180度反転し、レオンの腕を破壊しようと跳ね返ってくる。
しかし、その跳ね返りの波がレオンの肉体に触れる直前――レオンの拳から放たれていた「逆位相の超振動」と完璧に衝突した。
プラスとマイナスが組み合わさり、跳ね返りの衝撃波が何もない虚空へとしゅんと霧散する。
「な……跳ね返りの衝撃が……消えた……!? 100%反射の計算が……波の干渉で無効化されただと……!?」
ベルゼノフの顔が恐怖で引きつる。
「反射の設定がある? 跳ね返りで自滅する? 笑わせるな」
反射波を完璧に相殺し、そのまま突き進んだレオンの拳の「残りの純粋な物理エネルギー」が、無防備になった《鏡界の盾》を直接捉えた。
――パリリーンッ!!
神々が創ったとされる絶対の宝具が、ただの脆いガラスのように砕け散る。
「ひぎゃあああああああっ!?」
そのまま突き抜けた拳の風圧だけで、ベルゼノフは王宮の天井を突き破り、遥か上空へと打ち上げられて消えていった。
……
静まり返る大庭園。
崩れ落ちた盾の破片が転がる中、レオンは静かに拳の振動を止め、ふぅと息を吐いた。
「ふむ……筋肉で逆位相を作るのは、少し周波数の調整が難しかったな」
満足そうに自分の手を見るレオン。
「………………」
エレナは開いた口が塞がらないまま、膝から崩れ落ちた。
「ねえ、リア……」
「……はい、エレナさん」
「あの人、もう人間の形をした『物理法則そのもの』なんじゃないかしら……」
「わたくしも……そう思い始めておりますわ……」
「筋肉でノイズキャンセリングみたいなことしないでよぉぉぉぉーーーっ!!」
王宮の庭園に、本日一番の悲鳴がこだました。
こうして、攻撃者を確実に自滅させるはずだった「100%絶対反射」のシステムすらも、レオンの極限まで高められた筋肉による波形相殺の前に、呆気なく粉砕されたのであった。




