53 花と
チェックインは十五時からだったので、先に荷物だけをホテルに預けて、希亞樹は時間まで街をふらつくことにした。
行き場所なんてなかった。
ゲームセンターに行っても、無意味に百円玉が消えていくだけで、心が満たされることもなく、かといってファミリーレストランで食事をしても、味を感じることが出来なかった。
今日だけは、やけに時間の流れが遅く感じた。
虚しさだけが孤独に寄り添ってくれる。そんな希亞樹の足を止めたのは、花屋の色とりどりの花々であった。
希亞樹はぼんやりと、それを見つめていた。
――今、渡したらどう思うかな。
希亞樹は、店先のバケツに活けられた花に近づいた。
指先で一輪の白い花弁に触れる。
小さい頃に渡した花が、なんという花なのか希亞樹は知らない。
柔らかくて、少し冷たい。
この花を美亞未に渡したら、どんな顔をするだろう。あの夜、「つまらない」と言ってしまったことをちゃんと謝らなければ、そう今更ながら思う。
花を渡せば、また喜んでくれるだろうか。笑ってくれるだろうか。それとも、泣いてしまうだろうか。
花は美亞未に恋をした時のことを思い出させる――。
「いらっしゃいませ。どんな花をお探しですか?」
店主の女性が明るい声で声をかけてきた。
希亞樹は慌てて花に触れていた手を引っ込め、首を横に振る。
「あ、いや……ちょっと見てただけです」
「あら、そうなのですか?」
「ま、まあちょっと見舞いみたいな花ってどんなのがいいのかなーって……」
しまったと思いながらも、捕まってしまった以上逃げたところで暇つぶしもないのだから、と希亞樹は会話を続けることにした。
「お見舞いなら明るい色がいいですよ。黄色やオレンジのガーベラとか。どなたに送るものですか?」
「え、っと家族…姉に…。ちょっと元気がなくて……」
そう言うと、店主の女性は「まあ」と優しく微笑んだ。
――見舞いか……。
店主の言葉に、曖昧に頷きながら見舞いという単語にふいにシャルロリアの顔が浮かんだ。
あの翡翠色の瞳。いつも無邪気に笑っていた顔。最後に見た時の、冷たい拒絶の表情。
――なんで今、あいつのこと思い出すんだよ。
希亞樹は小さく舌打ちした。
シャルロリアはもう関係ない。
彼女は自分を「汚らわしい」と拒絶した。それなのに、なぜか花束を持った今、彼女の笑顔がチラついてしまう。
――あいつも昔はこういうの誰かからもらってたのかな…。
夏休みの思い出が、急に鮮明になる。
一緒に釣りと縁日に行き、アルバムを見ながら笑っていた時間。作ってくれたおにぎり。あの頃は、まだ何も壊れていなかった。
「はあ……」
希亞樹はため息をつき、花束をもう一度見下ろした。
黄色のガーベラが、陽射しに眩しく輝いていた。
ホテルに着くまでの道中、希亞樹の頭の中は姉とシャルロリアでいっぱいだった。
二人の顔が重なり合い、離れ、また重なる。
結局、どちらも自分から離れていったような気がして、また胸がざわついた。
チェックインを済ませ、部屋に入ると、希亞樹は机に花束をそっと置いた。
まだ渡せていない花。
この花を、誰に渡すべきなのか。
ベッドに寝転がり、天井を見つめながら、ぼんやりと考え続けた。
『俺が側にいてやるから――』
かっこつけた言葉も、朝には嘘になってしまった。希亞樹は自分の不甲斐なさに、嫌気がさす。
――俺って、ほんとかっこ悪いよな…。
今頃、美亞未は何をしているだろうか? そんなことばかり考えてしまう。
もっと自分がしっかりしていればと、後悔ばかりしてしまう。
だが、いくら後悔したところで、時間は巻き戻せない。
とにかく今は、時間が淡々と過ぎるのを待つしかないのだ。




