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5 再会

「羽衣」

「あ、ティルミくん。おはよう」

 いつもの朝のラッシュ時。

 いつもとは違う低い声に呼ばれて、美亞未は窓から視線を外した。

 リックスは軽く会釈をして、美亞未の隣に立った。

「そういえば、同じ電車なんだね」

「向かう場所は同じだからな。被ることもあるだろう」

 気難しい言い回しに、美亞未は苦笑する。

「…あれからどうだ?」

「え、あー…平気平気っ! さすがに毎日じゃないよ! 私も初めてだったし…」

「そうか」

 短い返事だった。

 だが、美亞未にはそちらの方が良かった。変に気遣いされるのも居心地が悪く、何事もなく日常を振る舞ってくれる方が安心する。

 美亞未はリックスの横顔をちらりと見上げ、ふと違和感を覚えた。

 朝の混雑した車内でも、彼の存在は妙にゆったりと周囲に溶け込んでいる。背の高さだけじゃない。落ち着いた物腰や、視線の高さ……。

「ティルミくんって……どこのクラスだっけ?」 

 電車がカーブに差し掛かり、身体が軽く揺れた拍子に、美亞未は自然にそう尋ねていた。

 リックスは少し驚いたように眉を上げ、すぐにいつもの淡々とした表情に戻った。

「三年だ。だから、君とは廊下ですれ違うのも稀だな」 

 三年。

 美亞未の頭の中で、何かがカチリと音を立てて繋がった。

「え……!? 先輩、だったの…!?」 

 思わず声が上擦ってしまう。留学生で、言葉もまだ少しぎこちない印象があったから、てっきり同級生か一つ下くらいだと思い込んでいた。

 生徒会で顔を合わせた時も、ただの「留学生のリックス・ティルミ」として記憶に留めていただけで、学年までは確認していなかった。 

 リックスは小さく頷いた。

「そうなる。気付いていなかったか?」「

「ぜ、全然……! というか、ごめんなさい。てっきり同い年かと思ってて……」 

 美亞未は慌てて頭を下げそうになり、満員電車の中でどうにか堪えた。改めて隣に立つリックスを見上げる。金色の短髪に、整った顔立ち、そしてどこか大人びた眼差し。

 確かに、ただの同級生という雰囲気ではなかった。落ち着きが違う。

「謝る必要はないよ。オレは気にしない」

 リックスの淡い微笑に、美亞未は少しだけ緊張が解けるのを感じた。

「あはは、そうですか。良かった」

「それ。敬語も使わなくていい」

「え、そうですか…?」

「ああ。息苦しいからな」

 即答だった。美亞未がぽかんとする横で、リックスは淡々と続ける。

「満員電車は……オレも苦手だ」 

 最後の言葉に、少し自嘲めいた響きがあった。美亞未は思わずくすりと笑ってしまう。

「得意な人なんていないよ」

「ああ。人が多すぎると、思考が散漫になる」 

 短い返事の後、二人の間に少しだけ沈黙が落ちた。電車が次の駅に近づき、乗客が動き出す気配がする。

「君は…弟と仲がいいんだな」

「そうかなぁ…? 普通だよ」

 突然の質問に、美亞未はびくりと肩を震わせた。

 リックスの青い瞳が、じっとこちらを見つめている。穏やかだが、どこか探るような深さ感じられたからだ。

 言葉を濁すのが精一杯だった。リックスはそれ以上追及せず、ただ「そうか」と小さく頷いた。

「双子なのか?」

「ううん。一個下だよ。名前でよくそう思われるけど、私は亞って書いてう、でアキは普通にあって読むの。めんどくさいよねー」

「日本語は面白いんだな。…所で羽衣」

「なに?」

「…ついてるぞ」

「えっ!? 嘘ッ…!?」

 リックスが口元を指さしたので、美亞未は慌てて唇をごしっと拭った。

「ふっ、冗談だ」

 リックスは口元を緩めると、くつくつと笑った。

「へっ…」

 美亞未は驚いた様子で目を見開いたのち、揶揄われたのだと気付く。

「…ティルミくんって思いのほかイヤな奴だよね」

 美亞未はむっと唇を尖らせる。

「ああ、そうだな」

 リックスは悪びれもなく肯定した。

「羽衣」

「…な、なに」

「リックスでいい。その呼び方は慣れないからむずがゆい」

「んーそう…? じゃあ、リックスくん…?」

 呼んでみて少しだけ照れくさくなる。

 ――あーあ…。アキが知ったら不機嫌になるかなあ…。

 自然と弟の姿を思い浮かべてしまう。

『次は――学園前。次は――学園前。降り口は……』

「ああ。羽衣……仲良くするのは程ほどにしとけよ」

「え――……」

 電車のアナウンスとリックスの声が重なり合う。

 美亞未が聞き返す前に、リックスは降りる人の波に流されてあっという間に姿が見えなくなってしまった。

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