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40/60

40 拒絶

 夏の強い朝の光を浴びながら美亞未は、足早に自宅へと向かっていた。

「ただ、いまー…っと…」

 そっと玄関のドアを開けて声を掛けるが、「おかえり」という返事はない。  

 たたきに目を落とすと、そこには希亞樹の靴しかなかった。

 ――なんだ母さん……いないんだ。

 これならもう少しゆっくりしておけば良かったかもしれないと、美亞未は小さくため息をついた。

 ――アキと二人きりかあ……。

 居心地が悪いわけではないが、昨日のこともあり、今はあまり顔を合わせたくないのも本音である。

「……」

 靴を脱いで、足音を立てないように忍び足でキッチンへと向かう。

 冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注ぎ、それを一気に飲み干して、ふぅっと一息ついた。

 ――そういえば、アイス買ってあるって母さん言ってったっけ……。

 コップをシンクに置き、冷凍庫を開けたのと同時のこと。

「姉貴」

「わっ、ぁッ!?」

 背後からいきなり声を掛けられ、大袈裟な声と共に肩が跳ねる。

「……帰ってたのかよ」

「う、うん。ついさっきね。母さんは…買い物?」

 美亞未は振り返ることはしないで、カップアイスを手に取り、バタンと冷凍庫を閉める。

「…友達と会ってくるんだってよ。帰ってくんのは夕方って言ってたけど」

「そう」

 素っ気ない返事をする。

「なあ、姉貴」

 また呼ばれたかと思えば、そのまま後ろから抱きしめられた。

「な、なに…アキっ…! 暑いって……!」

「姉貴、俺とキスしてよ」

「え、あ……へっ?」

 希亞樹の唇が、首筋へと触れた。

「ちょっ…っ…」

 くすぐったさと恥ずかしさに手を滑らせてしまい、持っていたアイスを落としてしまう。

 ゴっと鈍い音が鳴った。

 幸いまだ蓋は開けていなかったので、中身は零れてはいない。

「…俺、丸一日姉貴と離れてすげー寂しかったんだけど……」

「アキ……」

「姉貴は…俺と離れて寂しくなかったか?」

 かぷっと耳たぶ噛まれて、声が漏れてしまう。

「ぁっ…」

 希亞樹の熱に、美亞未は身体がじんっと熱くなっていくのを感じていた。

「だ、ダメだ、ってアキ……っ」

 希亞樹の手のひらが、服の上から両胸を掬い上げるように揉みしだく。

「あぁう……」

「キスしたい」

「だ、だめ…っだ、てば…! 母さんが、帰ってくるよッ…っ!」

「夕方まで帰ってこねえって! キスしてくれるまで、俺は離れないからなっ!」

「っ、アキ…っ、ァ…っ! だ、ダメだってば…ほら、離す…アイス溶けちゃうから…っ!」

 双乳を揉みこまれていく刺激に、思わず膝から崩れ落ちそうになってしまう。

「キスしてくれたら離すってばっ! な、簡単だろう?」

 ついに希亞樹の手が、服の中に入りこみ、直に美亞未の腹部を撫でてきた。

「うわ、ちょっ……!?」

 ヘソの上を撫でられてしまうと、下腹部が勝手に疼いていき、内腿をすり合わせるようにもじもじと動いてしまう。

 そんな美亞未に、希亞樹は耳元で囁く。

「姉貴の肌……すべすべしてて気持ちいい」

「あ、アキっ……汗かいてるし……」

「…姉貴だって最初はノリ気だったじゃん。俺とキスするのイヤになったのかよ?」

 するすると、希亞樹の指が腹部から上がっていき、下着越しに乳房へと触れてくる。

「そういう、ことじゃなくて……っ」

「じゃあいいだろ……っ!」

 苛立った希亞樹の声と共に、強く胸を揉まれた。

「あっ、!? ンっ、いた、いたいって…アキッ…!」

「あ、ごめん…」

 希亞樹が慌てて手を離すと、解放された胸がたゆんと揺れた。

 背中に感じていた温もりも離れていく。

「はぁっ…ビックリしたあ……」

 鼓動がうるさいくらいに鳴っているのは、ドキドキしているせいか、痛みからなのか――。

「あっ――」

 ぽろっと、不意に目尻から涙が零れ落ちてきた。

 ――わたし、なんでアキを拒絶しようとしているんだろう…。

 愛しているのに、いや、愛しているからこそ、触れ合うことを拒否している。

 その事実が、美亞未の胸を締め付けていく。

 ぎゅ、っと美亞未は自分の胸元を押さえていた。

「あ、ごめん姉貴……だ、大丈夫か……?」

 今は希亞樹から逃れたい、だが、希亞樹を拒絶する自分が許せなかった。

「あ、姉貴…? そんなに痛かったのかよ? ごめん…俺、そんなつもりはなかったんだ。ただ……」

 涙に気付いた希亞樹が、悲しげな表情を浮かべた。

「ごめん、アキ…っ」

「なんで姉貴が謝るんだよ? イヤがってたのに…俺が…悪いんだろう? だから、俺のこと嫌いにならないで…っ!」

 縋るように伸ばされた希亞樹の手を、美亞未は取ることが出来ない。

「姉貴…」

「ご、ごめん…今は、アキとキスは出来ない……かな…」

「なんで…?」

 鳶色の瞳が不安げに、美亞未を見つめた。まるで、幼い時のような目だった。

「だ、だって…」

 美亞未はもう、希亞樹のことを見ることが出来なかった。

 希亞樹を傷付けてしまったからではない。

「…やっぱり、もうこんなことやめようよ」

「えっ――」

「やっぱりさ、きょうだいでこんなことするのおかしいよ」

「…お、おかしくないっ! 俺は、姉貴のことが好きなんだっ! 好きな子に好きって言って、触れ合うのは何もおかしくないだろっ!!」

「アキ……」

「俺はもっと姉貴に触りたいしキスもしたい。でもそれってさ、俺が姉貴のこと好きだからだぜ? 姉貴のことこんなに好きなのに、なんで、どうして…否定されなきゃいけないんだよっ…!」

 希亞樹の声は、今にも泣き出しそうな弱々しいものである。その声音に、美亞未の胸がぎゅうっと締め付けられる。

「あのね、好きとか…気持ちの問題じゃなくて…家族で、姉弟でこんなことするのがおかしいんだってば…っ!」

 小さな子どもを諭すように美亞未は優しい声音で、告げた。

「なんだよ……それ……」

「……アキがわたしのことを想ってくれているのは嬉しいし、わたしもアキのことは大好き」

 だが美亞未も譲らない。言葉を選びながら、続ける。

「だけどわたしとアキは血の繋がった正真正銘の姉弟なんだし、家族でしょ……? だからその、こういうことをするっていうのは間違ってると思うの……。『普通』じゃないよ」

 そう、普通ではない。

 美亞未ははっきりと、自分の口から告げていた。

「ッ!!」

 抱きしめてあげたい衝動に駆られるが、今、希亞樹の気持ちを受け止めてしまったら、きっとまた溺れてしまうだろう。

 だから、突き放す。これがきっと正しい選択だと信じて――。

「…っ、姉貴までそんなこと言わないでくれよッ! 俺は、誰になんと言われようと諦めないっ…! 諦めないからなッ……!!」

 希亞樹の悲痛な叫びが、心を抉る。

 ――ごめんっ……。

 希亞樹は、そのまま玄関へと走り、外へと飛び出して行ってしまった。

 そして、静寂が訪れた。

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