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34/60

34 狡猾

 図書館の窓から差し込む正午の陽射しが、机の上に淡い影を落としている。リックスは開いた本の上に視線を落としたまま、美亞未が来るのを待っていた。こうして、彼女とプライベートで会うことも珍しいことではなくなっていた。

 進路の相談という名目で始まった関係は、いつの間にか曖昧な境界線を越えつつあった。 

 リックスはページをめくる指を止め、窓の外に目をやる。

 強い日差しの中、木々の葉が微かに揺れている。

 頭の中では、美亞未の顔が浮かんでいた。

 最初はただの好奇心だった。

 禁忌を抱えた姉と弟。

 それを外から観察し、分析し、理解したいという、冷めた欲望に過ぎなかった。 

 なのに今は違う。

 その関係を肯定してやりたいと思う気持ちと、その関係を壊して自分のものにしたいという気持ちが同時に存在している。 

 これは、狡さだ。 

 他人の弱さを、迷いを、罪悪感を、全部知っている。

 それを理解者として利用して、距離を縮めている。

 これが愛か。

 それとも、ただの征服欲か。

 あるいは、禁忌そのものを味わいたいという、歪んだ好奇心の延長か――。 

 愛とは何か。

 家族の愛と、男女の愛はどこで分かれるのか。

 血という外的な条件が、愛の本質を変えるのか——ただそれを知りたかった。 

 しかし今、リックスは自分がその線に、ゆっくりと近づいていることを自覚していた。美亞未へ「君の全部を知りたい」と言った言葉は紛れもない本心だ。

 哲学は常に美しい。

 愛を論じ、タブーを分析し、無から有を生む力について語ることは、極めて崇高だ。その哲学を、己の欲望を正当化するための道具にしている時点で、すでに偽善者だとも、リックスは自嘲する。 

 本を閉じる。

 かつてプラトンは語った。

 愛とは、相手の魂の美しさを愛することだと。

 今、美亞未の魂の奥底にあるのは、暗く甘い禁忌への渇望と、弟への愛着と罪の意識だ。

 美しい魂とは言えない。

 それを、自分は貪婪に味わおうとしている。珍しい蝶の標本を針で刺し、ガラスケースに閉じ込めようとする収集家のように。

 ――歪もまたイデアか……。 

「……リックスくん?」 

 美亞未の声に、リックスの思考が深いところから浮上していく。

「ごめん、待った?」

 リックスはゆっくりと微笑みを浮かべ、首を横に振った。

「大丈夫だ。考え事をしていたからな」

 美亞未が特に警戒する様子もなく、隣に座った。

 動きやすそうなデニムのショートパンツに、涼しげなオフショルダーのトップスだ。

「あはは、リックスくんっていつもそれだよね」

 美亞未は小さく笑いながら続けた。

「母さんとさ、留学の話したよ。意外と、応援してくれるっぽい……。お金のこととかも、なんとかできるかもって」

「そうか」

 リックスは青い瞳を細め、彼女の顔をまっすぐに見つめた。

 こうして、『現実的』なことを考えられる美亞未には、正しく生きてもらいたいと思うのだ。



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