29 やたら俺に構ってくるS級美少女とサマーバケーションも一緒にいることになった件~一回だけは一回だけじゃない~
シャルロリアと屋上で昼食をとるのも、当たり前のようになっていた。最初は「一回だけ」と言っていたはずなのに、いつの間にか毎日こうして二人で過ごすのが日常になっている。
クラスメイトたちからは相変わらず、嫉妬と羨望が入り混じった眼差しを向けられるが、誰もついてこようとはしないのはシャルロリアが持つ、どこか浮世離れした透明感のあるオーラが、自然と周囲を跳ね除けているのだろう。
快晴過ぎる空の下、日陰に座っていてもじっとりと汗が滲み出す。
コンクリートは熱を帯び、座っているだけで太ももが熱い。希亞樹は制服のシャツの第三ボタンまで外し、ため息を吐いた。
「あっちいな…」
ハンディファンの風だけでは、この熱気を凌ぎきるのは不可能だろう。
「きあきくんは今日はお弁当なんだね」
シャルロリアが身を乗り出して、希亞樹のお弁当を覗き込む。淡い金色の髪が肩からこぼれ、フローラルな香りが舞う。
「ああ」
適当な相槌を返し、ミニトマトで口の中を潤していく。
あと少しで、夏休みだ。
そう思えば、少しだけ肩の力が抜ける。
夏休みに入れば、この距離感バグりの天然お嬢ドイツ娘と、毎日顔を合わせる必要もなくなる。あと少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせる。
「きあきくん、暑くない? 顔が赤いよ?」
隣でシャルロリアが、大きな双眸をこちらに向けて首を傾げた。シャルロリアはまるで暑さなど感じていないかのように、涼しげな表情を浮かべている。
「暑いに決まってんだろ……お前は平気なのかよ」
「ボクは暑いのも嫌いじゃないよ。だって太陽の光、気持ちいいもん」
シャルロリアは、目を細めて空を見上げた。淡い金色の髪が陽光に照らされ、まるで天使の輪っかのように輝いている。
「ねえ、きあきくん。きあきくんにはきょうだいはいるの?」
ふと思い立ったように、シャルロリアがこちらに視線を戻す。
「んー姉貴がいるよ一つ上の…」
「へえ! お姉さんっ!」
「同じ学校だし生徒会だからお前も顔くらいは見たことあんじゃねえか」
「そうなんだっ! どんなお姉さん? 仲いい?」
「普通」
「そっかあ。ボクきょうだいいないから羨ましいなあ」
「羨ましいか…」
実際、シャルロリアに「羨ましい」と言われても、希亞樹にはその感情がよくわからなかった。
姉がいることが、当たり前すぎる。
物心ついた頃から、いつも隣に美亞未がいた。朝起きて最初に見る顔、夜眠る前に聞く声、怒ったときの眉の寄せ方、笑ったときの目尻の皺。全部が、希亞樹の日常の基準になっていた。
美亞未がいない世界など、想像したことがない。
「……まあ、面倒くさいときもあるけどな」
希亞樹は、わざと素っ気なく言った。
シャルロリアには本音を全部見せたくなかったのだ。
「へえ、どんな風に面倒くさいの?」
だが、シャルロリアが興味津々で身を乗り出してくる。金色の髪が肩から滑り落ち、希亞樹の腕に軽く触れた。
「いろいろだよ。……でも、結局、姉貴がいないと落ち着かねえんだよな」
最後の方は、ほとんど独り言のように小さくなった。美亞未は自分の一部だ。
血が繋がっているとか、家族だとか、そういう言葉では足りない。もっと根源的なところで、希亞樹という人間の形を決めている存在。それが美亞未だった。
だからこそ、最近の姉の微妙な変化が、希亞樹を苛立たせる。
何よりリックスという男の名前が、時折姉の口から零れること。
希亞樹は無意識に箸を強く握りしめていた。
「きあきくん?」
シャルロリアが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「……なんでもねえよ」
希亞樹は残りのご飯を掻き込んでいく。
「ねえねえ、きあきくん」
「なんだよ」
「もうすぐ夏休みでしょ」
「……あ、ああ。そうだな」
嫌な予感がして、希亞樹の警戒センサーが再び最大まで跳ね上がる。
「ボクね、日本の夏休みって初めてだから、すっごく楽しみにしてるんだっ! お祭りとか、花火とか、海とか、アニメで見たやついっぱい行きたいの!」
最高の笑顔で、シャルロリアは希亞樹の袖をきゅっと掴んだ。
「…なんだよ、この手は……」
「だからさ、夏休みに入ったら、ボクと一緒にたくさん遊びに行こうねっ!」
「……は?」
希亞樹の頭の中の「夏休み快適引きこもり計画」が、ガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散った。
「いや、待て。お前、夏休みだぞ? 実家に帰るとか、どっか海外のリゾートに行くとかないのかよ」
「ううん、パパもママも忙しいから、ボクは日本でお留守番。メイドはいるけど、お出かけはきあきくんと一緒がいいな!」
翡翠色の瞳が、一点の曇りもない期待を込めて希亞樹を見つめている。
断る理由を必死に探そうとする希亞樹の脳裏に、ふと、先日の自分の決意がよぎってしまった。
自分の甘さを呪いながらも、真っ直ぐに自分だけを見つめてくる少女の視線を、希亞樹はついに跳ねのけることができなかった。
「……一回、だけだからな」
「一回だけ」の約束。
「うんっ! やったぁ!」
満面の笑みではしゃぐシャルロリアを見ながら、今年の夏がこれまで生きてきた中で一番、肉体的にも精神的にも暑い夏になりそうだ、と思う希亞樹であった。




