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27 前夜

 美亞未は悩んでいた。

 クローゼットから取り出した数々の服が、ベッドの上に並べられている。

 あと数時間後には、リックスとデートではなく、会う約束がある。

 美亞未はうーんと唸りながら、頭を抱えた。

「やっぱりデニム……ああでも無難にワンピかな?」

 ああでもない。こうでもないと美亞未は勉強する時以上に頭を使っていた。

「リックスくん、スタイルいいし……どんな服着てくるんだろう。やっぱ海外っぽいおしゃれな感じなのかな……」 

 私服になったらどれだけ印象が変わるのか。

 自分はただの日本人の学生。

 隣に並んで変に浮いたらと考えてしまう。 

 美亞未は立ち上がり、姿見の前に移動した。 

 まずは試しに淡いブルーのワンピースを肩に当ててみる。膝上丈のシンプルなものだ。

「これだと……なんか、頑張りすぎてるみたいに思われそうだし……」 

 デートじゃない。

 こんなに気合を入れるのはおかしい。 

 次に、ライトグレーのジーパンと、白のブラウスを合わせてみた。

 カジュアルで無難。 

「うーん……無難すぎるのもやっぱりリックスくんと一緒だと浮くかなあ……?」

 白ブラウスにフレアスカートを合わせてみる。

『付き合ってるの?』

 友達の言葉が、ぐるぐると頭の中で巡っていく。

 すぐに否定をし、誤解を解いたが、他人から見たらそう見えていることに、美亞未は驚いた。

 ベッドの上は服の山だ。

 希亞樹に見られたら絶対に怪しまれるだろう。

 ――アキに知られたら、どうしよう。

 その考えが頭をよぎった瞬間、胸がずしりと重くなった。

 優しくて、ちょっと強引で、でも自分だけを真っ直ぐに見てくれる希亞樹。 

 なのにリックスと二人で会う。これは、希亞樹に対する裏切りだろうか。

 朝の通学時間とは違う、完全なプライベート――。

「ただの相談……。変なことじゃないよ」 

 自分に言い聞かせるように、同じ言葉を呪文のように何度も繰り返していく。

 だが、リックスと話している時のあの不思議な感覚——青い瞳に見つめられると、胸がざわついて、希亞樹の時とは違う緊張と高揚がある。 希亞樹にはないものが、リックスにはある。

 その矛盾が、自分でも嫌になる。

「はあ……」

 着ていく服を決め、クローゼットへ服を戻していく。ハンガーが小さく鳴る音が部屋に響いた。

 壁一枚隔てた隣の部屋から、微かに音楽が漏れてきていた。

 ゲームのスティックを叩く乾いた音も、時折混じって聞こえる。

 ――音漏れしてるし…。 

 美亞未は手を止めて、壁にそっと掌を当てた。冷たい壁の感触が、指先から伝わってくる。 

 隣の部屋で、希亞樹は今何を考えているのだろうか。

 時々「姉貴ー」と甘えた声で部屋にやってきては、唇を求めてくるあの顔が浮かぶ。 

「アキ……」 

 小さな声で名前を呼んでみる。

 壁越しだから、もちろん届かない。 

 こうして呼ぶだけで、希亞樹の体温や、キスをした時の少し荒い息遣い、胸に顔を埋めてきた時の柔らかい髪の感触まで、全部思い出してしまう。  

 ――ごめんね。 

 心の中で謝る。

 美亞未はベッドに寝転がると、そっと枕に顔を埋めた。

 シーツの冷たさが肌に触れるのに、胸の奥は熱くて、息が少し乱れていた。

「アキ……」 

 小さな声で名前を呼ぶと、壁の向こうから聞こえる微かな音が、まるで希亞樹の心臓の鼓動のようにも思えた。

 身体の奥が、じんわりと切なく疼いていた。 

 指先を自分の下腹に滑らせて、優しく布越しに押してみる。

 それだけで、吐息が漏れた。 

 目を閉じると、希亞樹の顔が浮かぶ。

 優しく唇を重ねてくる感触、耳元で囁く声、胸に顔を埋めてくる時の柔らかい髪の匂い……。

 全部、思い出してしまう。

「ん……」 

 もう片方の手で胸をまさぐりながら、ゆっくりと腰をくねらせる。

 リックスと会う罪悪感が、逆にこの疼きを大きくしている気がした。 

 声を殺しながら小さく身をよじった。

 甘い波がゆっくりと全身を包み、指先まで震える。

 激しいものではなく、ただ優しく、ゆったりと、長い余韻が続いた。 

 やがて、ぱたりと動きを止めて、手足を大きく投げ出した。

 頰はまだ熱いままで、目尻は少し潤んでいた。

「……あつい」 

 小さく息を吐きながら、美亞未は仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめる。

「アキ……わたし、ちょっとだけ……他の人のこと、考えてるよ」 

 小さな声で呟く。 

 罪悪感が、じわじわと胸に広がっていく。美亞未の心だけまだ静かになることを許してはくれない。



 

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