24 ちいさくて可愛いS級美少女がやっぱり俺にだけしつように構ってくる件
「ねえねえ、これボクのSNS! きあきくんフォローしてねっ!」
今日も隣には見慣れないブロンドの髪がある。
シャルロリアの机は、希亞樹の机にぴったりとくっついていた。
朝のホームルームが終わるなり、シャルロリアは上半身をぐいっと希亞樹の方へ乗り出させ、キラキラしたピンクのスマホを彼の目の前に突きつけた。
淡いブロンドの髪が、希亞樹の肩のすぐ横で揺れる。
「ほらほら、早く見て!」
嗅いだことのない甘く、柔らかな香りが鼻先をくすぐる。
「へー……すごいな、フォロワー万超えてるじゃん」
とりあえず目に付いた数字の感想を伝えた。
「うんっ。ドイツにいた頃からやってるんだっ! きあきくんのアカウント教えてよっ!」
彼女の翡翠色の瞳が期待でキラキラと輝いていた。
あちこちから突き刺さる、嫉妬の視線にはもう慣れてしまった。
「俺そういうのやってないからさ……」
乗り出してきた華奢な肩を、そっと押し戻す。
「えーそうなんだあ…残念……」
「シャルちゃん! オレがフォローするからアカウント教えてよっ!」
「私も知りたい~っ!」
「うん、いいよっ!」
あっという間にシャルロリアの周囲には、人だかりができていく。
――うるせえ……。
希亞樹は机に突っ伏したくなった。隣でシャルロリアが楽しそうにクスクスと笑っているのが、視界の端に映る。
机が密着しているせいで、彼女の小さな動き一つ一つが伝わってくる。
スカートの裾が希亞樹の膝に軽く触れるたび、昨日と同じように心臓がうるさく鳴った。
――これから毎日、こんな距離で過ごすのかよ……。
チャイムが鳴ると、シャルロリアを囲っていたクラスメイトたちが自分たちの席へと戻っていく。
「そうだ! きあきくん! 今日お昼一緒に食べようよっ!」
思い出したように、シャルロリアがまた目をキラキラさせてこちら側に身を乗り出した瞬間、希亞樹の警戒センサーが最大まで跳ね上がった。
「ね? この間みたいに二人でおく――」
「――っ!!」
即座に希亞樹は左手を伸ばし、シャルロリアの口をぴったりと塞いでいた。
「むぐっ……?」
柔らかくて小さい。
想像以上に、信じられないほど柔らかい感触が手のひら全体に広がった。小さな唇が、まるで薄い花びらのように手のひらに触れている。体温が直接伝わってきて、ほんのり湿った吐息が指の間から漏れる。
希亞樹は自分の手とシャルロリアの顔の大きさの違いに、思わず息を飲んだ。
「……小さっ!」
素直な声が漏れた。本当に小さい。手のひらにすっぽりと収まってしまうような、文字通り人形のような顔のサイズだ。
大きな瞳が驚いたように揺れて、長いまつ毛が震えるように瞬いた。鼻先も唇も、すべてが完璧にコンパクトにまとまっていてる。
シャルロリアは手のひらの中で、くすぐったそうに目を細めながら「むぐむぐ……?」と小さく首を傾げた。
文句を言っている風でもなく、むしろ楽しげに微笑もうとする。
唇が手のひらの上で動く感触に、希亞樹は慌てて手を離した。
離した瞬間、シャルロリアは小さく息を吸い、にこっと笑った。
「あれ、どうしたの?」
「お前なあっ! あの場所のことは言うなよっ!」
教師に聞こえないように、希亞樹は声を潜めた。こういう時、机がくっついているのは便利であると思える。
「分かった! じゃああの場所でお昼食べようよっ!」
シャルロリアもこちらに合わせて、声を小さくした。
「……」
希亞樹は渋い顔のまま、シャルロリアを一瞥する。
「ふふっ、きあきくんの手、大きかったね。あったかいし……」
断る理由を探してみるが、特に思い浮かばない。
「……お前、友達とかいないのかよ」
「きあきくんがいるよ?」
「俺は友達認定されてる自覚はないが……」
「あれ、違うの? ボクたちもう友達でしょ?」
翡翠の瞳がぱちくりと瞬く。本気で不思議そうにしていた。
「……」
はぁ、とため息を一つ。
ああだこうだと理由をつけて断ったところで、この少女は折れないだろう。
「…分かったよ。一回だけな」
「やったっ」
「一回だけって言ったからな」
「うん」
満面の笑みで頷くシャルロリアを見て、希亞樹は何故か嫌な予感しかしなかった。
この「一回だけ」が、明日以降も続くことになると、この時の希亞樹はまだ知らない。
屋上は今日も二人だけだった。
「きあきくんはお弁当じゃないんだね」
屋上のフェンスに背を預け、コンクリートの床に直に座り込んだシャルロリアが、不思議そうにこちらを見つめてくる。
希亞樹の手には、コンビニで買ってきた焼きそばパンとメロンパン。そしてペットボトルの緑茶だ。
「半々って感じだな。弁当の時もあるし、コンビニで済ます時もあるし……」
言いながら、ビニールを無造作に破いて焼きそばパンへとかぶりつく。
お世辞にも上品とは言えないその食べ方を、シャルロリアは瞳を丸くして、まるで未知の生き物でも観察するかのようにじっと見つめていた。
「おいしそうだねっ! はいっ、ボクのはこれ!」
シャルロリアが掲げたのは、丁寧にワックスペーパーで包まれたサンドイッチだった。
薄く切られた食パンの間に、彩り豊かな野菜と、絶妙な厚みのローストビーフが美しく挟まれている。どこからどう見ても、コンビニのそれとは一線を画す、高級カフェかホテルの軽食のような佇まいだ。
「……それ、自分で作ったのか?」
「ううんっ! 朝、メイドが車に乗るときに持たせてくれたんだっ!」
「……メイド?」
お嬢様――という単語が、希亞樹の脳裏を過った。
「車って……学校まで送り迎えされてるのか?」
「うん。朝も帰りもいつも車で来てるよ? きあきくん、気づかなかった?」
「……いや、気づくわけねーだろ。俺いつもギリギリに来てんだから…」
「あ、そうなんだっ! じゃあ、今度迎えに行ってあげようか?」
「いらねえよっ!」
シャルロリアは確かに、他の者にはないオーラのようなものがある。淡いブロンドの髪の艶、制服の着こなしの完璧さ、指先一つ取っても整った爪、真っ直ぐに伸びた背筋、一つ一つの仕草が不思議と絵になる。
隣にいるのはただの留学生美少女ではない。住む世界が違う人、希亞樹はなんとなくそんなことを思っていた。
「きあきくんも食べてみる?」
シャルロリアの手がサンドイッチを一つ取り、躊躇なく希亞樹の口元へと差し出してきた。
「っ、おい!」
「おいしいよ? はい、あーん」
またこれだ。距離感が近いというか、バグっている。
差し出されたサンドイッチからは、ほんのりと柑橘系のドレッシングの良い香りが漂って、希亞樹の食欲を刺激してくる。
あっ、と口を開けて、サンドイッチを一口囓った。
貰えるものは貰っておく――希亞樹のスタイルだ。
と、同時になぜこんなにも自分に懐いてくるのか、不思議でしょうがなかった。
「なあ」
口をもごもごと動かしながら、シャルロリアへと声を掛ける。
「なに?」
「俺のことそんなに構う理由、なんかあるのか。お前モテモテなんだし、こんな冴えない陰キャなんて構ってないで、お前をチヤホヤしくれる奴なんていっぱいいるだろ」
サンドイッチは初めての味がした。
「んー? だってきあきくん一生懸命だから」
「……は?」
「ほら、雨の日。一生懸命走ってたじゃん」
「はぁ? それだけかよ……」
よく分からない理由である。
「そうかなぁ? ボクにはきあきくんが特別に見えたなあ。目的地に向かって一生懸命で…」
「そりゃ、誰だってずぶ濡れはイヤだろ……」
そんな理由で懐かれていたとは思いもしなかった。ただパンを死守するために急いでいただけなのだが、美少女のフィルターを通すとどうしてそんなドラマチックなものになるのか、凡人の希亞樹には到底理解できなかった。
「ね、きあきくん」
「なんだよ」
「また明日もここで一緒にお昼食べようね」
「一回だけって言っただろ」
「うん、だから今日が一回目だよ?」
「…あのなあ」
希亞樹は心の中で深い、深いため息をついた。
隣で嬉しそうにハミングしているこのドイツ生まれのお嬢様が、明日も、明後日も、当然のように自分の隣に割り込んでくるであろう未来が、嫌というほど簡単に想像できてしまったからだ。
――さすがに、これが普通になっていくのは阻止しないとな……。




