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22/23

22 感触

 朝、夢精の感覚でリックスは目を覚ました。

「……」

 リックスにとって、最悪な目覚めであった。

 夢精の原因など考えなくとも分かる。

 美亞未だ。

『その子をデートに誘おうとか…そういうのじゃない』

 スチュワートには、気障なことを言った割には、頭の中は美亞未のことでいっぱいになっている。

 日付が変わるまで続いたトーク画面には、『また明日ね』と何気ない美亞未のメッセージが残っている。

 生臭さと白い体液が吐き出された事実に、嫌悪感を抱く。

 ――汚れている。

 あの少女は、そういう子だ。

 タブーを犯す、穢らわしい者だ。

 けれども――……。

 スカートから伸びる肉感的な足に、

 唇から奏でられる愛らしい声音。膨らみを感じさせる柔らかな胸元が、その下の身体のラインを想像させる。

 何度も言葉を交わし、リックスは美亞未に知性を感じていた。

 それらすべてが、魅力的に映り、恋をしてもいいと思ったのだろう。

 リックスはさっとシャワーを浴びて、軽く身だしなみを整えてからバスルームを後にした。

「一目惚れ、か…。いや、違う……」

 これまで恋をしたこともないのに、一目惚れだと決めつけるのは早計だ。

『そういうのを好きって言うんじゃないか』

 スチュワートの声が、リックスの頭の中で反芻していく。

 美亞未のことが気に掛かるのは、希亞樹の存在があるからだ。

 ただ純粋な子どもの希亞樹と比べて、美亞未には隠しきれない色香があることを、リックスは見抜いていた。

 美亞未は、清らかな少女ではない。

 少女でありながら、誘惑してくる大人のような表情もする。

 子どもでもいられず、大人にもなれないアンバランス差が、美亞未をより引き立てている。

 リックスの周囲には、美亞未のような女はいなかった。だからこそ惑わされてしまう。

 美亞未の背徳的な感覚が、リックスの奥底にしまい込んでいた欲望を刺激してくる。

 しかし、希亞樹と関わりがある以上、心を許すことは出来ない。

「……本当にそれでいいのか?」

 喉に手を当て、リックスは自問した。

 これでは、ミイラ取りがミイラになりかねない。

「……恋、か」

 リックスは、窓に映る自分の姿を見て、呟いた。


 美亞未の姿を、電車の中で見るのは久しぶりのことであった。

「あ、リックスくんおはよう」

「…おはよう。今日はまたいつも通りなんだな」

「うん。早く着きすぎても眠いし暇だし、やっぱこの時間がちょうどいいかなって……」

 あははと笑う美亞未。

 この少女で、夢精したことが今でも信じられなかった。

 つり革を持つ美亞未の手の甲に、絆創膏が貼ってあることに、リックスの意識が向く。

 昨日、図書室で話した時にはなかったはずだ。

 ――タブーか……。

 その言葉に、聖なるものの意味もあることを思い出していた。

 禁忌。

 神聖を犯すこと。

 その矛盾が、胸をざわつかせる。

「どうしたの? リックスくん、珍しくぼーっとしてるね?」 

 美亞未が少し首を傾げて、こちらを覗き込む。つり革に掴まったままの彼女の指先が、わずかに揺れる。

 絆創膏の下に隠された傷が、何を物語っているのか。リックスは一瞬、絆創膏を剥がしてみたい衝動に駆られる。

 彼女の表情は無邪気だった。

 けれど、その瞳の奥にチラリと覗く妖しい光は、リックスの夢の残滓を刺激する。

 電車の窓ガラスに映る二人の姿は、まるで恋人同士のように近く見えた。 

 いや、違う。

 これはただの通学路だ。

「……いや、怪我でもしたのか?」

「え、ああ……ちょっとぶつけちゃってさ……アザ出来ちゃったから……」

 照れくさそうに笑う。

 その仕草が、妙に大人びていて、リックスはまた胸の奥が熱くなるのを感じた。

 清らかではない。

 けれども、だからこそ惹かれる。子どもっぽい無防備さと、女の匂いが同居するアンバランスが、たまらないのだろう。 

「そうか。羽衣も意外と抜けてるところがあるよな」

 電車が駅に近づき、車内が少しずつ混み始める。自然と二人の距離が縮まり、美亞未の肩がリックスの腕に触れた。柔らかな夢の中で感じた感触が、脳裏に蘇る。

「んっ……」

 美亞未の息遣いが聞こえる。

 その音が、リックスを妙な気分にさせる。

「っ」

 小さな音であるけれど、吐息が耳朶を打つ度に、身体が熱くなっていく。

 こんな感覚は初めてだ。

 リックスも邪念を振り払うように、ふぅっと深く息を吐き出す。

「あ、そうだ」

「……どうした?」

 不意に美亞未に声を掛けられるが、リックスが動揺を見せることはなかった。

「次の土曜日時間ある? ちょっと進路とかで相談したいことあってさ……」

「ああ。別に構わないさ」

 タブー、それは伝染だろうとリックスは思った。



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