22 感触
朝、夢精の感覚でリックスは目を覚ました。
「……」
リックスにとって、最悪な目覚めであった。
夢精の原因など考えなくとも分かる。
美亞未だ。
『その子をデートに誘おうとか…そういうのじゃない』
スチュワートには、気障なことを言った割には、頭の中は美亞未のことでいっぱいになっている。
日付が変わるまで続いたトーク画面には、『また明日ね』と何気ない美亞未のメッセージが残っている。
生臭さと白い体液が吐き出された事実に、嫌悪感を抱く。
――汚れている。
あの少女は、そういう子だ。
タブーを犯す、穢らわしい者だ。
けれども――……。
スカートから伸びる肉感的な足に、
唇から奏でられる愛らしい声音。膨らみを感じさせる柔らかな胸元が、その下の身体のラインを想像させる。
何度も言葉を交わし、リックスは美亞未に知性を感じていた。
それらすべてが、魅力的に映り、恋をしてもいいと思ったのだろう。
リックスはさっとシャワーを浴びて、軽く身だしなみを整えてからバスルームを後にした。
「一目惚れ、か…。いや、違う……」
これまで恋をしたこともないのに、一目惚れだと決めつけるのは早計だ。
『そういうのを好きって言うんじゃないか』
スチュワートの声が、リックスの頭の中で反芻していく。
美亞未のことが気に掛かるのは、希亞樹の存在があるからだ。
ただ純粋な子どもの希亞樹と比べて、美亞未には隠しきれない色香があることを、リックスは見抜いていた。
美亞未は、清らかな少女ではない。
少女でありながら、誘惑してくる大人のような表情もする。
子どもでもいられず、大人にもなれないアンバランス差が、美亞未をより引き立てている。
リックスの周囲には、美亞未のような女はいなかった。だからこそ惑わされてしまう。
美亞未の背徳的な感覚が、リックスの奥底にしまい込んでいた欲望を刺激してくる。
しかし、希亞樹と関わりがある以上、心を許すことは出来ない。
「……本当にそれでいいのか?」
喉に手を当て、リックスは自問した。
これでは、ミイラ取りがミイラになりかねない。
「……恋、か」
リックスは、窓に映る自分の姿を見て、呟いた。
美亞未の姿を、電車の中で見るのは久しぶりのことであった。
「あ、リックスくんおはよう」
「…おはよう。今日はまたいつも通りなんだな」
「うん。早く着きすぎても眠いし暇だし、やっぱこの時間がちょうどいいかなって……」
あははと笑う美亞未。
この少女で、夢精したことが今でも信じられなかった。
つり革を持つ美亞未の手の甲に、絆創膏が貼ってあることに、リックスの意識が向く。
昨日、図書室で話した時にはなかったはずだ。
――タブーか……。
その言葉に、聖なるものの意味もあることを思い出していた。
禁忌。
神聖を犯すこと。
その矛盾が、胸をざわつかせる。
「どうしたの? リックスくん、珍しくぼーっとしてるね?」
美亞未が少し首を傾げて、こちらを覗き込む。つり革に掴まったままの彼女の指先が、わずかに揺れる。
絆創膏の下に隠された傷が、何を物語っているのか。リックスは一瞬、絆創膏を剥がしてみたい衝動に駆られる。
彼女の表情は無邪気だった。
けれど、その瞳の奥にチラリと覗く妖しい光は、リックスの夢の残滓を刺激する。
電車の窓ガラスに映る二人の姿は、まるで恋人同士のように近く見えた。
いや、違う。
これはただの通学路だ。
「……いや、怪我でもしたのか?」
「え、ああ……ちょっとぶつけちゃってさ……アザ出来ちゃったから……」
照れくさそうに笑う。
その仕草が、妙に大人びていて、リックスはまた胸の奥が熱くなるのを感じた。
清らかではない。
けれども、だからこそ惹かれる。子どもっぽい無防備さと、女の匂いが同居するアンバランスが、たまらないのだろう。
「そうか。羽衣も意外と抜けてるところがあるよな」
電車が駅に近づき、車内が少しずつ混み始める。自然と二人の距離が縮まり、美亞未の肩がリックスの腕に触れた。柔らかな夢の中で感じた感触が、脳裏に蘇る。
「んっ……」
美亞未の息遣いが聞こえる。
その音が、リックスを妙な気分にさせる。
「っ」
小さな音であるけれど、吐息が耳朶を打つ度に、身体が熱くなっていく。
こんな感覚は初めてだ。
リックスも邪念を振り払うように、ふぅっと深く息を吐き出す。
「あ、そうだ」
「……どうした?」
不意に美亞未に声を掛けられるが、リックスが動揺を見せることはなかった。
「次の土曜日時間ある? ちょっと進路とかで相談したいことあってさ……」
「ああ。別に構わないさ」
タブー、それは伝染だろうとリックスは思った。




