18 こんにちは!
どんよりとした雨続きの予報はどこへやら、その日の空は雲一つない快晴だった。
あまりの天気の良さに教室にいるのがバカバカしくなった希亞樹は、三限目のチャイムを聞き流しながら、迷わず校舎の最上階へと向かっていた。
目指すは屋上だ。
本来、生徒の立ち入りは固く禁じられており、重い鉄扉には頑丈な南京錠がかけられているのだが、希亞樹は知っている。
単なる経年劣化なのか、鍵の噛み合わせが完全に壊れていて、少しコツを掴んで力を込めれば簡単に外れてしまうことを。
「ん、っと……よし」
ガタリと小さな金属音を立てて外れた錠をポケットに放り込み、扉を押し開ける。
途端に、遮るもののない少し強い風が、希亞樹の前髪を乱暴に揺らした。
誰もいない、広いコンクリートの空間。
希亞樹はフェンスから少し離れた、日陰になっているコンクリートの床に、カーディガンを敷きその上に寝転がった。
見上げる空は抜けるように青く雲一つない快晴だ。
ゆっくりと目を閉じる。
あの日、雨の中を必死で持ち帰ったメロンパンを差し出した時の、美亞未の弾けたような笑顔を思い出す。怒っていたことなんてすっかり忘れて、喜んでくれた姿を見れば、苦労して走った甲斐があったと心の底から思ったものだ。
そんな他愛のない思考は、温かい日光に溶かされるようにして次第に薄れていく。
遠くから聞こえる体育の授業のホイッスルや、かすかな風の音を子守唄代わりに、希亞樹は深い微睡みへと落ちていく。
「ねえ」
どのくらい眠っていたのだろうか。
一つの声が、希亞樹の耳朶を震わせていく。
「ねえ、ってば…」
頬を撫でる風が、先ほどよりも少し冷たく感じられて、希亞樹の意識がゆっくりと浮上してくる。
うっすらと目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、さっきまで見ていたはずの真っ青な空ではなかった。
白い――。
雲一つなかったはずなのに、柔らかく、わずかに影を落とすその白。
希亞樹の脳が、眠気でぼんやりしたままその事実に到達したのは、数秒後のことだった。
「うわっ…!? ぉっ、おまえっ…!」
慌てて飛び起きて、勢いのままにドンっと壁に背中をぶつけてしまった。
「どうしたの?」
少女が不思議そうにこちらを見つめる。
光の輪郭の中に、キラキラと輝く淡いブロンドの長い髪に翡翠の瞳――。
希亞樹が見た白色の正体。それは上から覗き込むようにして立っている人物のスカートの中――パンツだった。
「どうしたこうしたも、ぉま…パン…下着見えたぞ…」
「うん? これ?」
少女は下着を見られたことを特に気に留めることもなく、ピラっとスカートの裾を摘まみ上げてみせる。
「おいッ…!」
咄嗟に目を瞑り、見ないようにした。
「ボクは気にしないからいいよ」
「…俺は気にするんだよっ! ったく、そんな短くするなら下にスパッツでもなんでも履いとけよ……」
見てしまった白色は網膜に焼き付いていた。
「そっか。ごめんね」
ドキマギする希亞樹とは正反対に、少女は雨上がりの空のようにカラっと
「きみあの時の子だよね。お互い風邪引かなくて良かったね」
微笑と共に、吸い込まれそうな緑色の瞳をこちらに向けた。
制服の胸元には、希亞樹と同じ色のタイが結ばれている。
「…ど、同学年かよ。というかなんで、ここに…」
希亞樹は、同学年にこのような子がいることに驚いた。
留学生を積極的に受け入れているとは聞いているが、同学年に留学時がいるとは聞いたことがなかったからだ。
これほどの子なら、噂の一つや二つあってもおかしくはない。
「ん~職員室の場所忘れちゃって…うろうろしてたら扉がちょっと開いてたから」
少女は声を立てて笑った。その澄んだ声は、あの雨の日と同じように、驚くほどまっすぐに希亞樹の耳に届く。
「…職員室?」
「うん。転校してきたばかりだから、まだどこになにがあるのか覚えてたくて」
「ああ…」
納得したように、希亞樹は相槌を打った。
「名前。なんて言うの? ボクは、シャルロリアだよ。シャルロリア・フォン・フリードリヒだよ」
「シャル…なげえ名前だな…。俺は希亞樹だよ」
「きあきくん? ふふ、よろしくねっ」
「え、あ、ああ……」
微笑んだシャルロリアの姿は、希亞樹には不思議と大人びて見えた。
美亞未とは違う、どこか掴み所がなさそうな雰囲気。
姉と比べれば、胸元の膨らみは無い。
風が吹く度、揺れる金の髪に希亞樹の興味は惹きつけられていく。
「ねえ」
距離がまた縮まる。息がかかりそうな近さだ。
「おい、近いって……」
「あれ、きあきくん、顔赤いよ?」
「うるせえ。普通、こんな近くで顔近づけたら誰だって……」
「あは、面白いね。ね、きあきくん。職員室まで案内してくれないかな?」
その微笑は、先ほどの大人びた表情とは違う無邪気さを纏っているように、希亞樹には見えた。
大人のように見えて、子ども。子どものように見えて、大人。
「まあ、いいけど…」
「ありがとうっ!」
また風が吹いて、金の髪が揺れた。希亞樹はそれを、なぜか目で追っていた。




