日常と少し先の未来
魔物騒ぎの後、俺たちの日常は一見、何も変わらなかった。
相変わらず朝は早く、倉庫での荷物運び。
「ほら、さっさと動けー」
「はいはい……」
年上の少年に急かされながら、今日も木箱を運ぶ。
「(俺も随分慣れてきたな……)」
最初は持つだけで精一杯だったそれも、今ではなんとか運べるようになっていた。
理由は分かっている。
「……ふっ」
軽く意識を集中させると、体が少し軽くなる。
「(これが聖剣の身体強化か)」
あれから何度か試してみて分かった。
この聖剣、地味だが確実に効果はある。
ただし――
「やっぱ地味だな……」
「何が?」
隣で桜が聞いてくる。
「いや、なんでもない」
桜の方を見る。
こっちは相変わらず規格外だ。
軽々と木箱を運びながら、時々こっそり魔法の練習もしている。
小さな火を出したり、光を灯したり。
魔導書はまだ買えないため、ほかの魔法は覚えられないが、それでも着実に強くなっている
「(無限魔力、便利すぎだろ……)」
通常なら魔力は消費されればそれに伴い疲れるものだ。
だか桜の場合は疲れる様子が一切ない。
完全にチートだ。
羨ましいぞ!
⸻
そんな日々が、しばらく続いた。
数日。数週間。
そして――数ヶ月。
「(……だいぶ慣れたな、この生活)」
気づけば、この世界での暮らしにも違和感はなくなっていた。
言葉にも困らない、食事も数ヶ月も暮らせば慣れる。
体も、この年齢なりの感覚に馴染んできている。
「おにーちゃん」
「ん?」
「今日さ、帰りにちょっと寄り道しない?」
「寄り道?」
「本屋っぽいとこ見つけた」
「……マジか」
それはちょっと興味がある。
「魔導書とかあるかも」
「行く」
即答だった。
連れて行かれたのは、小さな店だった。
看板は読めないが、中には本らしきものが並んでいる。
「(それっぽいな……)」
店内に入ると、独特の匂いが鼻をつく。
紙とインク、それに少しの埃。
「お、子供か。何か探してるのか?」
店主らしき男が声をかけてくる。
「えっと……」
桜が少し考えてから言う。
「魔法の本ってありますか?」
「……ほう」
男は少し意外そうな顔をした。
「あるにはあるが、安くはねえぞ?」
「いくらですか?」
値段を聞いた瞬間、二人で黙った。
「(高っ)」
今の俺たちの稼ぎでは、手が出せる額じゃない。
「……また来ます」
桜がそう言って店を出る。
帰り道。
「高かったね」
「だな……」
しばらく沈黙。
だが、桜はすぐに笑った。
「でもさ」
「ん?」
「これで目標できたね」
「……ああ」
確かに。
ただ働くだけの日々とは違う。
せっかくの異世界転生だ、なにか目標があればそれだけでやる気にもなる。
「(魔導書、か……)」
あれを手に入れれば、桜はもっと強くなる。
そして――
「おにーちゃんも、剣強くならないとね」
「……分かってる」
聖剣を見る。
まだ力は戻らない。
未だに身体強化ぐらいしか使い道がない。
でも、神は言っていた。
“徐々に力は戻る”と。
「(やるしかないか……)」
「(この聖剣を取り返しに襲われることもありそうだしな……)」
その日を境に、俺たちの行動は少しずつ変わっていった。
仕事の合間に体を鍛え。
剣を振り、剣を使うことに慣れるようにした。
桜は空いた時間で魔法の練習を続けた。
そして――
季節がいくつか過ぎた頃。
⸻
「……なんか、でかくなったな俺ら」
水に映る自分の姿を見て呟く。
子供だった体は、すでに少年と呼べるくらいには成長していた。
「ほんとだね」
桜も少し背が伸びている。
「(時間、結構経ったな……)」
この世界に来てから、数年。
前世での中学生と呼ばれる年齢にまで成長した。
⸻
その日の帰り道。
街の中心で、一枚の掲示板が目に入る。
「……なんだこれ」
人が集まっている。
近づいてみると、そこには紙がいくつも貼られていた。
「依頼……?」
「冒険者ギルドだって」
桜が読んでいる。
「(ギルド……)」
その言葉に、心が少しだけ高鳴る。
異世界といえば、やっぱりこれだ。
鍛える中でこの世界のことを調べていた。
その中で冒険者として働ける仕組みがあることは知っている。
「なあ、桜」
「ん?」
「……そろそろ、いいんじゃないか?」
「うん、私も思ってた」
顔を見合わせる。
言わなくても分かる。
荷物運びの生活。
それはそれで悪くなかった。
何年もやれば自然と慣れ、職場のみんなとも仲良くなった。
でも――
「せっかく異世界に来たんだし冒険者に!」
桜がそう言う。
「ああ」
俺も同じ気持ちだ。
剣を握る。
少しだけ、力を込める。
「(せっかく聖剣を貰ったんだ、だったら冒険者として強くなってみせる!)」




