(゜゜なにやってんの?
こんにちは、一葉楓です。タイトルを長くするのは流行でしょうか?
電気もつけず、テレビの光と音だけが俺の部屋を満たす。薄暗い部屋に一人。母親が作ってくれた料理は冷凍庫に保存してあるが、今は食べる気にはなれない。
俺の座っているベッドの隅にはヘッドギア型の装置……ジョクラトルオンラインに入るための唯一の手段がそこにあった。けれど、今はログインする気にはなれない。やらなければならない。攻略しなければいけない。けど……なぜかそんな気が起きない。レベルを上げて、スキルを取得して、それからボス攻略して、このゲームをクリアしなければならない。
テレビではもうジョクラトルオンラインの話題が飽きたのか、別のニュースをやっている。交通事故が起きたらしい。俺の住んでいる街から遠く離れた高速道路で。死亡者はいないようだが、重傷者が二名、軽症者が三名。
……どうでもいいや。
脇にあったリモコンでテレビのスイッチを消すと、唯一の光源がなくなり、部屋がいっそう暗くなる。
夕暮れ時。街灯はまだ付かない。窓の外はまだ明るいが、そのうち真っ暗になるだろう。
ベッドに仰向けに倒れ、ヴァルヴァディアとの決闘を思い出す。
頭に浮かべた自分の動きや、ヴァルヴァディア避け方なんかは唯一つの事実で塗りつぶされる。
とても弱かった。自分が想像してたよりもずっと……俺は弱かった。
ヴァルヴァディアの動きには本気の強さがあった。失敗は許されない戦いの動きがあった。
やられたらそこで終わり、そんな戦い方。
俺が勝てるはずがなかったんだ。生きるために本気になっている奴に、俺が勝てるわけがなかったんだ。
自分では本気にゲームを挑んでいるはずだった。けれど、戦いのどこかに『やられても、俺は死なない』という“余裕”があった。そのせいで俺は負けた。
俺のログアウトできるバグはある意味最強だ。でも、そのせいで俺は弱くなる。剣筋が鈍る。動きに隙ができる。本当の本気になれない。
《カット》、《断空剣》、《ファイア》、《多刀流》、《月影切り》……これが俺のスキル。足りないわけじゃない。いや、十分だ。今の俺のレベルには十分すぎる。けど……使いこなせてはいない。
特に《多刀流》がその証拠だ。自分の力をありのまま見せるスキルだ。同時に三つの剣を操ることができるようになったが、それだけだ。操ることはできるが、本気戦うことはできてない。
どうすればいい? 今ここでベッドに横たわっているだけじゃ何も解決しないことは分かっている。けれど、ヘッドギア型の装置に手が伸びない。
レベル上げ……レベルを上げないと何もできない……強くならないと……。
そう思ったところで、ある考えが頭によぎった。
本当に俺にできることは強くなることだけなのか?
このバグを利用して……何かできること?
俺は飛び起きて、冷凍庫を開けた。中に入っていたタッパーを電子レンジにぶち込んでしばし待つ。温め完了の合図とともに俺はふたを開け、中に入っていた餃子を口に放り込んだ。母さん特性の餃子。まだタッパー三つ分ほど冷凍庫にある。うん、うまい。
腹を満たしたところで俺はヘッドギアを装着した。
ログイン。
俺にできることは……情報集めだ! このジョクラトルオンラインのフィールド情報を他のユーザーに提供すればスムーズに攻略が進むかもしれない! その過程でモンスターを倒していけば、俺のレベルアップにもつながる。
いつもの路地裏から抜け、俺は街の外のもんを目指して歩き始める。途中でHP、MPポーションや、スタミナ回復のための食糧を買った。
そうだ、フィールド開拓をしよう。うんそうしよう。
どこからやるか……ここら辺は大体攻略した後だから、他の町に行くか……。
ということで、俺は始まりの街を出て、イシスへやってきた。途中であったモンスターは全部適当にあしらった。取るに足らない敵。これじゃあだめだ、ぜんぜんだめ。本気になることはできない。
俺はともかく、イシスの酒場にやってきた。中はさまざまなプレイヤーたちであふれている。パーティーメンバーを募集しているものや、雑談をしているもの、上機嫌に杯を交わすものなど。
こんなにプレイヤーが集まっているのならここらのフィールド情報が聞けるだろう。
俺は手始めに、居る愚痴近くのテーブルでステーキを食べている一人のプレイヤーに声をかけてみた。
「ちょっといいか?」
「ん、なんだ? ステーキはやらんぞ?」
「このあたりのフィールド情報を聞きたくてね、まだ開拓されていないフィールドってあるか?」
「……いや、ないと思うぞ。あるとしたら《女帝》のいる離れ小島くらいじゃないか? NPCに頼めば船であそこまでいけるが、まだ《女帝》の攻略はしていないから開拓されていないといやぁあれくらいじゃないか?」
「そうか、ありがとう」
俺はステーキプレイヤーに礼を言ってほかのプレイヤーを探す。カウンターに座っている女性プレイヤーにも話してみた。
「開拓されていないフィールド? 《女帝》の島くらいじゃないの? このあたりではそのくらいしかないよ」
「他にはないのか?」
「あるだろうけど、今のレベルの奴らが行ったら普通に死ぬフィールドだろうね。歩き続ければそんなフィールドにもたどり着くとは思うけどね」
「わかった、ありがとう」
他のプレイヤーにも聞いてみたが、結果は似たようなものだった。イシスの近くでは《女帝》の島。それ以外ではどこかかなり歩いたところにはあるだろうとのこと。
《女帝》のフィールドに行こうか? それとも歩き続けるか? フィールドの開拓なら歩き続けるだろうが、すぐに役立ちそうな情報がありそうなのは《女帝》の島だ。
この酒場のプレイヤーには一通り聞いてみたので他の店に行こう。
店のドアを押し、外の光に目を細めたとき――
ポーン
《ミックスベジタブル》により《女教皇》が攻略されました。
……突然の攻略を知らせるメッセージ音。しばし固まっていた俺の後ろから、酒場にいるプレイヤーの声が聞こえてきた。
『おい、《ミックスベジタブル》って、殺人ギルドじゃなかったのか?』
『それは結構有名な噂だよな? でも、何であいつらが攻略を?』
『前回の攻略から間がぜんぜん空いていないのに、もう攻略か?』
『ボス攻略もするギルドなのか?』
いったい高麗人参さんたちの目的はなんなんだ? 何で攻略? しかも情報が全然なかった《女教皇》を? 単独で攻略したのか? それとも複数……いや、それ以前に殺人ギルドの噂も怪しくなってくる。じゃあ……、
「本当に殺人ギルドなのか?」
じゃあヴァルヴァディアは勘違いしてレイカさんを……? いや、そもそも二人はいったい何をしようって言うんだ? でも、レイカさんの口ぶりでは《ミックスベジタブル》は本当に殺人ギルドみたいだったし……、
「あーッ!! もうわかんねーーッ!!」
空に向かって思いっきり叫ぶ。周りのプレイヤーが変な目で見てくるが、気にしてられっか! ちくしょう、もう頭が割れそうだ……。夜桜いないし、レイカさんとヴァルヴァディアはなんか変だし、《ミックスベジタブル》はいろんな事やってるし……。
……なんだかむかついてきた。ちくしょう! 俺だってやってやる! 《女帝》の攻略は一人じゃ無理っぽいけど、フィールド開拓なら……。
けどどこをやる? 歩き回るか? 知らない土地が出てくるまで歩き続けるか? ……無理、非効率的過ぎる。他には何かないのか?
街を歩き続けて、目に飛び込んだのは《女帝》のいる島。そして静かに波を運ぶ海。……海?
俺は駆け足で海岸へ向かった。透き通った青い海に小さな桟橋が一つ。その脇には木造の茶色い小さな家。これが《女帝》の島まで送ってくれるというNPCがいる店だろう。パンやHPポーションの他に、『渡し舟』という項目があった。
だが用があるのはその店じゃない。俺は波打ち際まで走っていき、そっと片足を海に入れてみた。
……普通にはいれた。普通の海だ。ちょっとした冷たさが、夏の日にはちょうどいい。くらげも浮いてない……ってゲームなんだから当たり前か。
驚くことに、靴を履いているにもかかわらず、ぬれた布の気持ち悪い感覚もないということだ。試しにと思い、腰まである深さのところまで行ってみる。確かに水に浸かっている感覚はあるが、服の気持ち悪さはない。無駄な抵抗もない。
そのまま泳いで見る。クロールをすれば、現実世界とは明らかに違ったスピードで泳げた。重たい水の感覚はなく、すいすいとオリンピック選手のそれ以上の速さで泳げる。人魚になった気分というか、魚になった気分というかゲームの中だけの特権。ゴーグルがなくても目は痛まない。深くもぐっても、耳抜きする必要もない。
無条件に心が弾む。現実ではありえないゲームの中だけの感覚。超人にでもなった気分だ。
「よし、決めた。これは面白すぎる」
俺は海から上がり、桟橋の近くの店に入った。海から上がると、服もいつもどおり程よく乾いている。本と……つくづく便利な世界だ。
NPCに話しかけ、さっき見かけた変なアイテムを購入する。
『はいよ、海では気を付けなさいよ』
NPCのメッセージを無視して俺は海に飛び込んだ。しばらく自由に泳ぎまわってから、アイテムボックスから先ほど買ったアイテムを出す。
現実でもおなじみ泳ぎに必需品、浮き輪! これがないと泳げないというわけではないが、あったら泳いでいる途中で休めるし、メニュー画面の確認もできる。マップの確認もできる。
ちなみに、さっき海中でメニュー画面を開いたら、おぼれそうになった。メニュー画面を開いている間、泳ぐのサボっていたらどんどん沈んでいったのだ。
水中だと、スタミナバーの隣に新しいバー……酸素バーが表示され、一定時間しかもぐれないような設定になっていた。酸素バーはもぐっているとだんだんとなくなり、ゼロになるとHPがなくなっていくという仕組みだった。顔を水から出すと酸素バーは全回復する。
だが、それも浮き輪があれば解決。何かと便利な浮き輪です。
さて……先まで思っていたフィールド開拓……どうでも良くなってきちゃったな……
「後回しにしようかな?」
『そんなのはだめじゃ!』
「な――ッ!?」
声のした方を見ると、妙なおっさんが立っていた。おそらく……NPCかな? なんでNPCがおれに話しかけて……いや、ただ叫んでいるだけか?
『フィールド開拓、後回しにするのか?』
「あ、あぁ……」
なんとなく返事をしてしまうおれ。いや、このNPCなによ?
『じゃあいつやるの?』
「今でしょ!」
って、乗せられたぁあああ!?
『じゃあ行って来い』
さわやかな笑みを浮かべるNPC。だからなんなんだよ、こいつ……。でもまぁ……言っちまったもんはしょうがないか。
じゃあいっちょ、フィールド開拓しますか! この海を!
妙なNPCのことはすべて忘れて、おれはフィールド開拓するために、大海原をクロールで泳ぎだした。
いつかは出会う、未知なるフィールドにたどり着くまで。おれは泳ぐ!
スキル『水泳』を取得しました。
はい、次は彩菜さんですね。なんだか一人で暴走しちゃったかな? まーいっかw では、がんばってくださーい。




