パーティ編成
ホテルを出ると朝日が眩しかった。
(童貞を捨てた朝ってこんな感じなのかな。いや、まだ童貞だけど。スライムだし。でも昨夜のあれは…いや、忘れよう。俺はスライムだ。何も知らないスライムだ)
美穂の肩に乗って歩き出す。美穂は昨夜の事は何も言わなかった。いつも通りに俺を肩に乗せて、前を向いて歩いている。ただ、少しだけ顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
奈々がジッと俺を見ている。
(なんだろう。なんか見てるんだけど)
「ピーちゃん、なんか昨日と雰囲気が違わない?」
奈々が首を傾げて言う。
「えっ、そう? 変わってないよぉ」
美穂が慌てて顔を背ける。奈々は不思議そうに俺と美穂を交互に見ていたが、まあいいかと言ってまた前を向いた。
俺たちは西に向かって歩いていく。大きな町で仲間を探しながら。ゲームマスターの声は生き残っている全員が聞いたはずだ。富士山に向かって行けば、同じ目的の人が向かっているはずだ。女の人がいればいいな。
歩きながら、美穂が奈々に聞いた。
「ねえ奈々って好きな人いないの? 今まで聞いたことなかったけど」
奈々が少し考えてから答える。
「好きな人かぁ。多分いないんだと思う。こんな世界になって会いたいと思う人がパパとママだけだもん」
「そっか…」
美穂が暗い顔をする。奈々が続けた。
「でも、好みのタイプは最近わかったんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん。ピーちゃんみたいな人」
「ピーちゃん?」
美穂が目を丸くする。俺もびっくりして体がプルンと揺れた。
「うん、ピーちゃんってすごく優しくて、美穂のこと絶対に守ってくれるじゃん。そんな感じの人。私もテイムスキルが欲しかったなー」
奈々が羨ましそうに俺を見る。
(いやいや、俺はスライムだよ。人間の男じゃないよ。中身は高校生の男だけどさ)
美穂が頷いて、顔を赤くしながら俺を見る。
「わかる。ピーちゃんっていいよね。絶対に守ってくれるって安心感があるし」
(美穂まで顔赤くしてどうした。昨夜の事を思い出してるのか? いやいや、まさかね)
「ピーちゃん、顔赤くない?」
奈々が俺を覗き込む。
「ピーちゃんスライムだから顔は赤くならないんじゃない?」
美穂が誤魔化すように笑った。
その時だった。気配察知に反応があった。モンスターが二体近づいてくる。
「待って。気配がある。二体」
奈々が即座に反応して、美穂の腕を引いて物陰に隠れた。俺も美穂の肩から飛び降りて戦闘態勢をとる。
現れたのは二足歩行の豚の顔をしたモンスター。手には粗末な棍棒を持っている。
(オークだ。ゴブリンより格上のモンスター。ゲームマスターがどんどんモンスターは強くなるって言ってたからな)
俺は美穂たちが隠れているのを確認してから、オークの一匹に飛びついた。そのまま体を広げて包み込んでいく。『捕食』を発動する。
もう一匹が棍棒で俺を引き剥がそうとしてきた。ドスッという衝撃が体に伝わるが、スライムの体は衝撃を吸収する。ダメージはない。もう遅い。一匹目の捕食が完了する。
俺はすぐに残りの一匹に飛びついた。オークは棍棒を振り上げようとしたが、俺の体が顔面を覆い尽くす前に何も出来なかった。数秒で二匹目も青い石に変わる。
(楽勝だ。レベルが上がってきたおかげか)
石を捕食する。
【レベルが9に上がりました】
【スキル『怪力』を奪いました】
【捕食スキルがレベル2になりました】
【スキル『擬態』を習得しました】
(やった! スキルが増えたぞ)
(怪力? 力が強くなるのか。スライムに関係あるのか? まあいいか。それより擬態だ。今まで捕食したモンスターに変身出来るみたいだな)
俺は試してみた。擬態を発動して、オークの姿をイメージする。体がぐにゃりと変形し、青い半透明な体が緑色の肌に変わっていく。
二足歩行の豚の顔をしたオークが出来上がった。ただし色が半透明で、スライムの質感が残っている、しかも身長は美穂の膝くらいだ。
「ピーちゃん?」
物陰から美穂が顔を出す。
「えー! 嫌だ! スライムに戻って!」
美穂が全力で拒絶してきた。奈々も後ろから顔を出す。
「可愛くない」
容赦ない。俺は即座に擬態を解除してスライムに戻った。美穂の肩に飛び乗る。
「うん。こっちの方がいいよ」
美穂が安堵したように俺を撫でてくれる。
(まああの身長のオークなんて弱そうだしな。また強そうなモンスターを捕食したら変身してみよう。美穂に嫌がられる姿になっても仕方ないし)
ふと、俺は気になった。美穂は俺のステータスが見えるのだろうか。俺はステータス画面を表示してみた。
名前:ピー
種族:スライム
LV9
スキル:捕食LV2 異空間LV2 体当たり 気配察知 水魔法 怪力 擬態
美穂が俺の前に表示された画面を覗き込んでいる。
「あっ、ピーちゃんのステータス見えるよ。すごいスキルいっぱいあるんだねー」
「本当? 見せて見せて」
奈々も覗き込んでくる。
「捕食LV2に異空間LV2に体当たり気配察知水魔法怪力擬態……ピーちゃんもう完全に最弱じゃないね」
奈々が目を丸くする。
(そうだよ。誰が最弱スライムだって言ったんだよ)
「そういえば私もしばらくステータス見てないな」
美穂が自分のステータスを表示した。
名前:田口美穂
種族:人間
LV9
スキル:テイム
従魔:ピー
パーティ:平田奈々
「あっ! レベルが上がってる! ピーちゃんと同じだ。それに奈々とパーティを組んだようになってるよ」
美穂が驚いて声を上げる。
「えっ、本当?」
奈々も自分のステータスを表示する。
名前:平田奈々
種族:人間
LV9
スキル:気配察知
パーティ:田口美穂
「本当だ。私もレベルが9になってるよ。パーティだからかな」
奈々が不思議そうに画面を眺める。
「ピーちゃんがモンスターを倒した時に、パーティの全員に経験値が入るってことかな」
美穂が推測する。
「それってすごい有利じゃん。ピーちゃんが戦ってくれるだけで私たちも強くなれるんだ」
奈々が目を輝かせる。
「でも私たち自身は戦えないから、レベルが上がっても何か変わるのかな」
美穂が不安そうに言う。
「ステータスはちょこちょこ見ないといけないな。何か変化があるかもしれないし」
(確かに。美穂のテイムスキルも、レベルが上がればもっとテイム出来るようになるかもしれない。奈々の気配察知も範囲が広がるかもしれない。それにパーティの経験値配分は、俺たちが強くなるための重要な手がかりだ)
「ピー」
俺は頷くように体を震わせた。
「さあ、歩こう。大きい町までまだまだ距離がある」
美穂が歩き出す。奈々も隣に並ぶ。
途中、何度かゴブリンや犬型モンスターに出くわしたが、俺が次々と捕食していく。レベルは順調に上がっていった。石も忘れずに食べる。ゴブリンにはスキルがないみたいだが、経験値としては十分だ。
「ねえ美穂、この先の町ってどのくらいで着くの?」
奈々が地図を見ながら聞く。
「うーん、歩きだと今日の夕方くらいかな。途中で休憩しながら行こう」
「ねえ、町に着いたら何をする?」
「まずは仲間を探そうと思うの。ピーちゃん一人で戦ってるけど、私たちも戦えるようになりたいし。戦闘スキルを持ってる女の子がいるといいんだけど」
美穂が言う。
「女の子限定?」
奈々が首を傾げる。美穂が少し言い淀んでから答える。
「うん。今は…男の人はちょっと怖いでしょ」
奈々の顔が暗くなる。山本たちの件がある。無理もない。
「うん。わかる。戦闘スキルを持ってる子だと嬉しいね」
奈々が頷いてくれた。
(美穂も奈々も気を使い合ってる。この二人なら大丈夫だ。俺が守るから)
「ピーちゃん、聞こえる?」
美穂が俺を肩から下ろして目線の高さに持ち上げる。
「もし町で戦闘スキルを持ってる女の子を見つけたら、ピーちゃんから声かけてみようか。いや、ピーちゃんは喋られないんだった」
美穂が苦笑いする。
「でもピーちゃんが懐いてるみたいに見せれば、話しかけるきっかけになるかも」
奈々が提案する。
「それいいかも。可愛いスライムが寄ってきたって言えば、話しやすいもんね」
(俺を道具に使うなよ。まあ美穂のためにやるけどさ)
「ピー」
「よし、じゃあ頑張って町まで歩こう!」
美穂が俺を肩に乗せて歩き出す。
夕方近くになって、大きな町が見えてきた。駅前の商店街が並ぶ活気のあった町だ。今は廃墟になっているが、建物は比較的無事だ。
だが、気配察知に反応がある。モンスターだけじゃない。人間の気配も感じる。かなりの人数だ。
「美穂待って。気配がある。人間だ。かなり多い」
奈々が足を止める。
「どこ?」
「商店街の中の方。十人…いやもっといるかも」
俺も同じ反応を感じていた。商店街の奥に人間が集まっている。それもかなりの人数だ。
(前のショッピングモールと同じように、人が集まってるのか。でもモンスターに囲まれてるんじゃなくて、今のところ安全そうだ)
「行ってみようか」
美穂が緊張した顔で言う。
「うん。でも気をつけてね」
奈々が美穂の手を握る。俺も気配察知を全力で発動したまま、周囲を警戒する。
商店街の入り口に近づくと、声が聞こえてきた。叫び声じゃない。怒鳴り声だ。
「おい! 何やってんだ! もっとしっかり歩け!」
男の声だ。複数の男の声が聞こえる。
「やめて! お願い!」
女の子の声。泣き声混じりだ。
美穂と奈々の顔が同時に強張った。
「あの声…」
奈々が呟く。
「どうしよう美穂。また…」
美穂が唇を噛む。俺は即座に判断した。美穂の肩から飛び降りて、音を立てずに地面に着地する。
「ピーちゃん?」
「ピー」
(行くぞ。様子を見てくる。美穂と奈々はここで待っててくれ)
俺は音もなく跳ねて商店街の中に入っていった。スライムの体は音を立てない。壁に張り付いて移動することも出来る。俺は壁を這って、声のする方へ向かった。
路地の奥に、男子生徒が10人いた。制服を着てバットや竹刀を持っている。俺たちの学校じゃない。別の学校のやつらだ。その前に、女子生徒が一人。壁に追い詰められている。茶髪のポニーテールで道着を着ている。武道着か? 柔道着みたいだ。
「おい、お前のスキル使えよ。怪力だろ? 俺たちの荷物持ちくらいできるだろ」
「やめて。私は…」
「黙れよ。お前みたいなのが生き残れてるのは俺たちが守ってるからだろ。感謝しろ」
(またか。また同じパターンだ。男が女を脅して無理やり言うことを聞かせている。許せない)
俺は壁から音もなく降りて、リーダー格の男の背後に近づいた。俺は判断した。こいつらを懲らしめて、その女の子を助ける。そして、もしその子が戦闘スキルを持っているなら、美穂に紹介する。
俺の体が静かに膨らんだ。
「ピーーーッ!!」




