新しい仲間
「ピーーーッ!!」
俺はリーダー格の男の背後から跳ねた。青い半透明の体が放物線を描き、男の顔面にべたりと張り付く。
「ぐっ! なんだ!?」
男が慌てて俺を引き剥がそうとするが、スライムの粘着力は生半な力じゃ剥がれない。俺は鼻と口を塞ぎ、息を出来なくしてやる。
「ぐあっ、げほっ、お、おい! なんだこれ! とれねぇ!」
男が暴れる。周りの男たちが気づいた。
「なんだ!? スライムかよ!? やべぇ、圭ちゃんが死んじまうぞ!」
「どけ! バットで叩き落としてやる!」
一人がバットを振りかぶった。俺は即座に男の顔から飛び退いた。
「ガッ!」
遅れて振り下ろされたバットは、避けた俺の代わりに圭ちゃんの顔面を直撃した。歯が飛び、男は血を吐き出して崩れ落ちる。
(自業自得だ)
俺はすぐに次の男の顔に張り付いた。男は悲鳴を上げてのたうち回る。
「どうすんだよ! おい!」
「お前の怪力でこのスライム剥がせよ!」
男が、壁に追い詰められていた女の子に怒鳴った。怯えていた女の子が、無理やり手を伸ばして俺に触れようとする。俺はすかさずその女の子の腕に張り付いた。
その隙を見て、男たちは「逃げろー!」と叫びながら一斉に逃げ出した。
あいつら、この子と圭ちゃんを見捨てやがった。
俺は女の子の首のところに張り付いたままだった。首を絞めるつもりはないが、女の子にはそう見えたらしい。
「死にたくない! いやぁーーっ!」
女の子は泣き叫び、恐怖のあまり失禁していた。俺はすぐに彼女から離れ、地面に着地した。
(悪い、怖がらせちゃったな)
俺は異空間から替えの下着とスカートを取り出して、彼女の前に置いた。女の子は「えっ?」という顔をして俺を見る。話が通じないから伝わらないか。俺は美穂を呼んでこようとポヨンポヨンと跳ねて、路地の入り口へ戻った。
美穂と奈々を連れて戻ると、女の子はすでに着替えた後だった。ただ、道着の下にスカートというなんとも奇妙な格好だ。
奈々が真っ先に駆け寄る。
「大丈夫?」
女の子が俺を見て再び悲鳴を上げた。
「来たぁ! 逃げてっ! 後ろにスライムが!」
美穂が慌てて俺を抱き上げて声を上げた。
「大丈夫だよ! この子はピーちゃんって言って、私がテイムしているスライムなの!」
「え…テイム?」
女の子が泣き止んで、俺をじっと見つめた。
「じゃあ…私を助けてくれたの?」
俺は力強く肯定の「ピーー!」と鳴いた。
「そっか…助けてくれたんだ…」
女の子がへたり込む。
美穂と奈々が自己紹介を始めた。
「私は田口美穂。高校3年生だよ」
「平田奈々。同じく3年生」
女の子も震える声で答える。
「私は、望月愛。同じく、高校3年生です」
俺は視線を送り、血だらけで倒れている圭ちゃんの姿が目に入らないよう、適当な建物の影に男を隠しておくことにした。美穂が俺の行動を見て小声で聞いてきた。
「ねえ、ピーちゃんがやったの?」
俺は首を横に振るように体を左右に揺らし、「ピーピー!」と否定した。愛が察してくれた。
「違います。男の子たちの同士討ちです。ピーちゃんは何も…何もしてない事はないけど、怪我をさせたのはピーちゃんじゃないです」
「そうなんだ。よかった」
美穂が安堵する。
その後、俺たちは駅前のビジネスホテルに移動した。慣れた手つきで俺が隙間から鍵を開け、美穂と奈々が続いて入る。後ろから愛が「いいのかな…」と恐る恐る中に足を踏み入れた。
「愛ちゃん、ここなら安心だよ」
美穂が微笑み、愛を手招きする。
「ピーちゃん、すごいでしょ」
美穂が俺を自慢げに掲げた。俺も「ピー!」と鳴いてプルプルと体を震わせる。
それを見て、愛がようやく少しだけ笑った。
「可愛い…スライムなんて初めて見ました」
(この子も可愛いな。いや、美穂が一番だけどね)
だが、愛の顔はすぐに再び暗くなった。
「私、柔道部で…部活の途中でモンスターが現れて、必死に逃げたんです」
ぽつりと、語り始める。
「家に帰ったら、大きな犬がお母さんを食べてて…」
俺の体が強張った。同じだ。美穂も奈々も、同じ経験をしている。
「何も出来ずに、また逃げちゃって。学校に戻ったら、クラスの男の子たちが一緒に行こうって言ってくれて…」
愛の声が震え始める。
「私、怪力ってスキルがあるんですけど、力が強くなるだけで、戦うの怖くて…。だんだん男の子たちに雑に扱われるようになって…」
「夜に、俺たちが戦ってやるからって、服を脱がされて…」
愛の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
美穂が「酷い…」と呟き、奈々が「男ってなんで!」と怒りの声を漏らす。
「昼は荷物持ちをして、夜は全員の相手をして…3日間、そうやって生きてきたんです」
重い沈黙が部屋を支配した。俺は腹立たしさで体が震えた。山本たちと同じだ。この崩壊した世界で、弱い立場の女の子が食い物にされる。絶対に許せない。
俺は異空間からコンビニの弁当とお茶を取り出し、愛の前に置いた。
愛はそれを見つめて、涙を拭いながら聞いた。
「食べて…いいの?」
俺は「ピー」と短く答えた。今日は何も食べていなかったのだろう。愛は弁当を開け、美味しそうに頬張り始めた。俺は美穂と奈々にも弁当を配る。
3人が食べている間、俺は少し落ち着いて今後のことを考えた。美穂がお茶を飲みながら、愛に切り出した。
「愛ちゃん、一緒に富士山行かない?」
(いきなりすぎるだろ。もっと他に言い方があるだろうに)
俺は呆れながら愛の反応を見た。
愛が箸を止めて、「富士山って、あのラスボスですか?」と聞き返す。
「うん。私の好きな人を生き返らすために、富士山に向かってたんだ。一緒に行こう」
美穂が真剣な眼差しで誘う。
愛は俯いて、箸を置いた。
「けど…私、戦うの怖くて…」
(怪力スキルがあるなら、美穂と奈々を守ってくれるだけでいいんだ。前線で戦う必要はない)
俺はそれを伝えたかった。だが言葉は出ない。
「ピーーー!」
俺は叫んで、体を四角い長方形の形に変形させた。そして美穂の前に直立して、まるで壁になるようなポーズをとる。
美穂が首を傾げた。
「ピーちゃん、何か言いたそう。私を隠す?」
俺は「ピー」と肯定する。
奈々がパンと手を打った。
「あっ、盾を持って隠れてろってこと?」
俺はまた「ピー」と肯定する。
愛がふと顔を上げた。
「あっ、私が盾で、お二人を守るんですね?」
そうだ! 俺は「ピーーー!」と鳴いて飛び跳ねた。
愛の目に、少しずつ光が戻っていく。
「それなら…出来そうです。私の怪力で、どんな衝撃も防いでみせます」
「ほんと!? よかった! これで4人だね!」
美穂が嬉しそうに叫ぶ。奈々も「よろしくね愛ちゃん!」と手を差し出す。愛がその手を握り返した。
新しい仲間が増えた。
だが、愛を盾にするには物理的な盾が必要だ。素手でモンスターの攻撃を受けるのは危険すぎる。
(明日は、盾の調達をしないと。どこかでポリスの盾や金属板を探すか)
俺は窓の外を見た。夜の街は静まり返っているが、遠くで咆哮が聞こえる。
「ねえ、ピーちゃん。明日はどうするの?」
美穂が俺を撫でながら聞く。
俺は長方形の体から元の丸い形に戻り、一つ「ピー」と鳴いて、彼女の肩に乗った。
(明日は装備を整えて、西へ。富士山への道のりは長い。でも、仲間が増えた。守るべき仲間が)
ポヨン。
ポヨン。
俺は今日も、彼女たちのそばで跳ねている。
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