現れたゲームマスター
俺の家に向かいながら途中のコンビニや小さなスーパーで食料を確保していった。ホームセンターにも寄って、鍋やフライパンガスコンロなんかも異空間に入れていく。これがあれば野宿でも温かい飯が食えるだろう。
道中、ゴブリンや犬のモンスター、それに青いネズミなんかにも出くわした。俺は淡々と捕食していく。青いネズミからは『水魔法』のスキルを奪った。試しに使ってみると、水の弾を飛ばすことが出来る。だが威力はかなり弱い。レベルが足りないのか、それとも元のモンスターが弱すぎたのか。
【レベルが7に上がりました】
気づけば俺の体はさらに大きくなっていた。最初は手のひらサイズだったのが、今ではサッカーボールくらいにはなっている。美穂も「ピーちゃん、また大きくなったね」と驚いていた。
全国チェーンの服屋に入って、美穂と奈々は動きやすい服に着替えた。
俺は、異空間に予備の服や下着をどんどん入れていく。これで裸で寝るのは避けられるだろう。あんなの見せられたら眠れないよ。睡眠は必要ないんだけど、心の平穏のために。
夕方になって、やっと俺の家の近くに着いた。
その角を曲がれば俺が殺された場所だ。
心臓があるわけじゃないのに、体の芯がぎゅっと縮むような感覚がした。
角を曲がると、そこには—俺の自転車と鞄がそのまま落ちていた。自転車は無残に倒れ、鞄は投げ出されたまま。アスファルトには黒く変色した血痕が広がっている。
美穂が自転車を見つけて駆け寄った。
「これ…秀治君の自転車だ」
彼女はそう言って落ちている鞄を拾い上げた。俺の鞄だ。中には教科書と、昼休みに読んでいた漫画
美穂が鞄を胸に抱きしめて、泣き出した。
「秀治君…どこに行っちゃったの…」
奈々が静かに美穂の背中を撫でる。
「まだ走って逃げたかもしれないよ。家に行ってみよう」
美穂は涙を拭いて頷いた。俺の家に向かう。
玄関のドアは開けっ放しだった。中に入ると、誰もいない。親父もお袋も…いない。
美穂が恐る恐る中に入っていく。家の中は意外なほど綺麗だった。荒らされた形跡も、血痕もない。ただ誰もいないだけ。それが逆に不気味だった。
「秀治君の部屋はどこ?」
美穂が聞いてくる。俺は階段を跳ねて二階に上がった。美穂と奈々がついてくる。
俺の部屋のドアを体で押し開ける。中はそのままだった。
ベッド、机、本棚。壁にはバスケのポスター。机の上には…文化祭の時に撮った、俺と美穂のツーショット写真が置いてある。クラスの出し物で、たまたま二人で写真を撮ることになっただけの、何の変哲もない写真。でも俺はそれを額に入れて机に飾っていた。
美穂がその写真を見つけた。
「これ…」
彼女は写真を手に取る。俺と美穂が並んで笑っている。俺の顔は、今の俺とはまるで違う。生きていた頃の人間だった頃の俺の顔。
「秀治君…」
美穂の目から涙が溢れ出した。写真を胸に抱きしめて、声を上げて泣く。
「秀治君…秀治君…」
(美穂、俺はここにいるよ。すぐそこにいるんだよ)
「ピー…」
俺は小さく鳴いた。美穂の足元にすり寄る。
美穂はしばらく泣き続けた。奈々は何も言わずに、ただそばに立っていた。慰めの言葉が見つからなかったのだろう。
やがて美穂が顔を上げた。涙を拭いて、写真を大切に鞄にしまう。
「行こう」
それだけ言って、美穂は部屋を出た。
ふいに空が光った。
俺たちは外に出て空を見上げた。雲の切れ間から、巨大な顔のようなものが浮かんでいる。いや、顔だけじゃない。それは人間の形をしていた。性別も年齢もわからない、のっぺりとした白い巨人。それが空から俺たちを見下ろしている。
頭の中に声が響いた。直接、脳に語りかけるような声。
『私の作ったゲームは楽しんでくれているかな?』
俺たちは息を呑んだ。
『私はこの世界を創造したゲームマスター。ただ世界を創って観測していたんだけど、君たちが作った「ゲーム」と言うのが面白そうだったから真似してみたんだ』
(ゲーム? ふざけるな。俺たちの命で?)
『ラスボスは富士山の頂上にいるからね。倒してゲームをクリアしたら、報酬として、時間を戻して世界を元に戻してあげるよ。死んだ人も元通りだよ』
美穂が息を呑んだ。
『どんどんモンスターは強くなっていくから、頑張ってクリアしてねー』
そう言って、巨人の顔は消えていった。空には亀裂だけが残されている。
俺は怒りで体が震えた。
(なんだよ、あれ。ゲーム? 俺たちの命で? ふざけるな! 勝手に世界を壊しておいて、クリアしたら元に戻してやる? そんなのあまりにも身勝手すぎる!)
美穂と奈々も呆然としている。意味がわからなかったのだろう。突然現れた自称ゲームマスター。
世界を滅茶苦茶にしておいて、ゲームをクリアしろと。
でも、美穂が口を開いた。
「秀治君が生き返る…」
彼女は鞄から写真を取り出して、じっと見つめている。
「私、富士山に行く」
その声は震えていたけど、決意に満ちていた。
「美穂…」
奈々が心配そうに美穂を見る。
「行くよ。秀治君が生き返るなら、どんな場所だって行く」
美穂の目には、もう涙はなかった。あるのは決意だけ。
奈々が少し迷って、それから頷いた。
「私も行くよ。戦えないけど、何か役に立つかもしれないし」
美穂が奈々の手を握る。
「ありがとう奈々」
そして俺を見る。
「ピーちゃんも、一緒に来てくれるよね?」
(当たり前だろ。美穂が決めたなら俺も行く。俺を生き返らすためじゃない、美穂を守るために戦うんだ。あのゲームマスターは、クリア出来なかったら人類を滅ぼすくらいしそうだからな。挑戦するしかない)
「ピー!」
俺は力強く鳴いて、美穂の肩に飛び乗った。
美穂が笑った。涙の跡が残る顔で、それでも笑った。
「よし、じゃあまずは装備を整えよう。富士山まで遠いからね」
奈々が頷く。
「うん。食料もっと集めないと。あと、防寒具も必要だよね。富士山は寒いから」
「そうだね。ピーちゃん、異空間にまだ入れられる?」
「ピー!」
(任せろ。今の容量ならかなりの量が入る)
美穂が俺を抱き上げて、ぎゅっと抱きしめた。
「ピーちゃん、ありがとう。あなたがいてくれて本当によかった」
(俺の方こそ。美穂が生きていてくれてよかった。俺はもう死んだけど、美穂が生きている限り俺は戦える)
夕日が沈んでいく。空の亀裂が赤く染まっている。その向こうに、富士山の頂上があるはずだ。
ゲームをクリアすれば世界は元に戻る。俺も生き返る。美穂と、本当の意味でまた会える。
でも、その前にやることがある。
まずは、俺の家を出て装備を整えて、そして…強くなることだ。このゲームをクリアするために。美穂を守るために。
「ピーちゃん、行こう!」
美穂が歩き出す。奈々が隣に並ぶ。俺は美穂の肩の上で、前を見据える。
ポヨン。
ポヨン。
俺は今日も跳ねている。最弱のスライムとして生まれ変わった俺の、2度目の人生…いやスライム生の、本当の冒険が始まった。
富士山の頂上には、ラスボスがいる。世界を壊したふざけたゲームマスターの作った、最強の敵が。
でも、俺は負けない。美穂が生き返らせたいと思っている、小野秀治本人がここにいるんだ。俺が俺を生き返らせる。そのために、俺は戦う。
「ピーーーッ!!」
俺は空に向かって、精一杯の咆哮を上げた。
それは、この壊れた世界への宣戦布告だった。




