好きな子とお風呂
うーーーん。
美穂が寝返りを打った。バスローブの前がはだけて、中が丸見えになる。
(コイツ、下着もつけてないじゃないか!)
俺は咄嗟に視線を逸らした。スライムに目があるのかどうかわからないが、意識しないように必死に窓の外を眺める。
(ダメだ。勝手に見るなんて絶対にダメだ。俺はスライムだし、美穂にテイムされているし、ペットみたいなもんだろ。ペットが飼い主の裸を見てドキドキするとかあり得ないだろ)
でも、俺の中身は高校生の男だ。
(いや、ダメだ。人間としての理性を保て、小野秀治!)
俺は一晩中葛藤した。チラッと見ただけで、すぐに視線を戻した。
(美穂、結構大きいんだな…)
いや、忘れろ。今すぐ忘れろ。
窓の外の廃墟を眺めながら、長い夜が明けるのを待った。
やっと朝が来た。
美穂が伸びをして起きてくる。バスローブがはだけたままになっている。
「わっ、はだけちゃってる。まあいっか。シャワーしてこよう」
美穂は何気なく言ってバスローブを脱ぎ出した。
(おいおい、脱ぐなよ! まだ俺ここにいるんだけど!)
美穂が裸のまま俺の方を見た。
「ピーちゃん、そういえば昨日犬やゴブリンを取り込んでたよね。洗わないと汚いよ」
言いながら俺を裸で抱き上げた。
( 自分で洗うから! せっかく一晩中我慢してたのに!)
「ピーーー!」
美穂の柔らかい肌に直接触れられて、俺の体が勝手にプルプル震える。
「あはは、ピーちゃん恥ずかしがってるの? かわいい」
美穂が笑いながらシャワールームに向かう。
その時、奈々も起きてきた。
「あ、おはよ。私もシャワー入るね」
奈々もバスローブを脱ぎ始めた。
(おい!)
全裸の同級生二人に挟まれて、俺の体はシャワーのお湯でゴシゴシと洗われている。
(絶対に俺が秀治だってバレないようにしないと。もしバレたら、そんなことになったら…いや、考えるな)
「ピーちゃん、体拭いてあげるね」
美穂がタオルで俺を優しく包んでくれる。
「ありがとう美穂。私の服、昨日洗って干といたから乾いてると思う」
奈々が窓際に干していた制服を手に取る。俺も美穂の洗濯物を確認する。制服のブラウスとスカートがハンガーにかかっている。
(下着も干してある…。見るな。見るな小野秀治)
二人が身支度を終えた。美穂が窓の外を眺めながら言った。
「ねえ、今日はどうしようか。このホテルにずっと居てもいいけど、食料も減ってくるし…」
俺は伝えたかった。着替えとか物資を調達に行こう、と。
窓から見えるショッピングモールの方へ体を向け、ピーピーと鳴き続けた。
「ピーちゃんどうしたの?」
美穂が窓際まで来て俺の視線を追う。
「あっ、ショッピングモールだねえ」
奈々も隣から覗き込む。
「いいね。動きやすい服も欲しかったし。行ってみようか」
(良かった、伝わったよ)
「じゃあ出発だね。ピーちゃん、行くよ」
美穂が俺を肩に乗せて部屋を出る。カードキーは異空間にしまっておいた。また戻ってくるかもしれないしな。
ホテルを出てショッピングモールに向かって歩き始める。朝の空気が冷たい。廃墟の街を三人で歩く。いや、二人と一匹か。
ショッピングモールが見えてきた。大きい建物だ。駐車場には何台か車が放置されている。
俺は気配察知を発動した。
(…反応がある)
ショッピングモールの中に、多数の気配。人間だ。それもかなりの人数。
だが、それだけじゃない。建物の周囲にモンスターの気配が集まっている。ゴブリンや大型犬だけじゃない。もっと大きな気配も混じっている。
まるで、中に人間がいることを知って待ち構えているような配置だ。
俺は美穂の肩の上で激しく震えた。
「ピーちゃん? どうしたの?」
美穂が足を止める。
「ピーピーピー!」
(危ない。中に人がいるけど、周りをモンスターに囲まれてる)
奈々も顔を険しくした。
「美穂、待って。気配察知に反応がある。ショッピングモールの中に…人の反応が多数。でも、外にモンスターが集まってる」
「えっ…」
美穂がショッピングモールを見つめる。
「まるで中に人間がいる事を知ってるみたいに集まってる」
奈々が唇を噛む。
「モンスターって、獲物の匂いで集まるのかな…」
美穂が下を向いて考え込む。
「そうか…物資がある所に人は集まっているのか。じゃあモンスターもそこに集まるのか…」
「ピーちゃん一人じゃ無理だよね。どうしようか」
美穂が俺を見て困った顔をする。
(近づいて欲しくない。美穂を守るのが一番だから。でも、あの中にいる人たちも助けたい。いや、今の俺の実力じゃ無理だ。外のモンスターの数が多すぎる)
奈々がぽつりと言った。
「モンスターも怖いけど…今は、ちょっと人も怖いんだ」
奈々の顔が暗くなる。山本たちのことを思い出しているのだろう。
美穂が「あっ」という顔をした。
「だよね。ごめん奈々、無理させちゃうね」
「他の店に行こうか。人が集まってる所は避けた方がいいよ」
奈々が小さく頷く。
「ごめんね美穂。せっかくピーちゃんが案内してくれたのに」
「謝ることじゃないよ。ピーちゃん一人じゃ無理だしねー」
美穂が明るく言ってくれる。俺も「ピー」と肯定しておいた。
(無理しなくていい。俺がついてる。別の場所を探そう)
「ねえ、小野君の家の方に歩きながら店を探そうよ」
奈々がふと言った。
「小野君の家? どうして?」
美穂が首を傾げる。
「だって、美穂は小野君に会いたいんでしょ? だったら小野君の家に行けば、もしかしたら会えるかもしれないし、無事かも確認できるよ」
奈々が美穂の顔を見る。
美穂の頬が少し赤くなった。
「そ、そうだね。秀治君の家、わかればいいんだけど…」
「小野君の家ってどこなの?」
奈々が聞く。
美穂が困った顔をする。
「わからない。学校でしか話したことなかったから…住所知らないんだよね」
「じゃあ、学校で調べようか。職員室に名簿があるはずだし」
奈々が提案する。
「そうだね。学校に戻ってみよう」
美穂が頷いて歩き出す。
(俺の家か。俺の家には親父とお袋がいるはずだ。無事だといいけど。いや、あの状況で家にいたら…いや、考えるな。とりあえず美穂と奈々を連れて行くしかない)
学校に戻る途中、何体かのゴブリンに出くわした。俺は美穂の肩から飛び降りて次々と仕留めた。レベルはもう5だ。ゴブリン程度なら苦戦しない。石も忘れずに捕食する。
学校が見えてきた。
だが、門の前に作られていたバリケードが壊されている。机や椅子が散乱している。
「嘘…」
美穂が足を止める。
「バリケードが壊されてる。学校も荒らされてる」
奈々が顔を青くする。
「昨日の夜にモンスターの襲撃を受けたんだ。昨日もここで寝ていたら、私たちもやばかった」
美穂がぼそりと言う。
「うん…ピーちゃんが連れ出してくれてよかった」
奈々も頷く。
俺は気配察知を発動する。学校の中にはモンスターの気配も山本たちの気配もない。
(山本たちはどうなったんだ。逃げたのか、それとも…)
「ピー」
(大丈夫だ)
「ピーちゃんがいるから大丈夫だよね」
美穂が俺を拾い上げて強く抱きしめる。
「じゃあ、入ろう。気をつけて」
二人は恐る恐る学校の中に入っていく。俺はいつでも戦えるように体を膨らませて警戒する。
廊下は荒れている。ガラスが割られ、ロッカーが倒されている。壁に血痕が残っている。俺は美穂に見せないように体で視線を遮った。
「山本君たちは…いないね」
美穂が周囲を見回す。
「モンスターも…見当たらないけど」
奈々が気配察知を発動する。
「職員室は一階だよね」
職員室に入った。中は散らかっているが、机の上に書類が残っている。美穂が名簿を探し始める。
「3年3組…3年3組…あった!」
美穂が名簿を開いて指を走らせる。
「小野…小野…ここだ! 小野秀治。住所は…」
美穂が住所を読み上げる。
(俺の家だ。住所を聞いて、なんか変な気分だな)
「えっと、ここからだと…電車で三つ目の駅の近くだね」
奈々が地図を確認する。
「結構遠いな。でも歩けば行ける距離だ」
美穂が名簿をコピーして持ち帰る。
「よし、わかったよ。秀治君の家に行こう」
美穂が決意した顔で言う。
「うん。小野君の家に向かおう」
奈々も頷く。
二人は急いで学校を後にする。学校を出る時、美穂が一度振り返った。
「学校も…もう安全じゃないんだね」
「うん。でも大丈夫。ピーちゃんがいるし、私たちもスキルを持ってるし」
奈々が美穂の手を握る。
「そうだね。三人で頑張ろう」
美穂が俺を肩に乗せて歩き出す。
(俺の家に向かって歩いている。俺の家に美穂が来る。何か不思議な気分だ。生きていたら絶対にあり得なかった状況だ。好きな子を俺の家に連れて行くなんて。でも俺はスライムだ。ただのペットだ。情けないけど、でも、美穂を守れるならそれでいい)
ポヨン。
ポヨン。
俺は美穂の肩で揺られながら、廃墟の街を歩いていく。
遠くで獣の咆哮が聞こえる。空の亀裂はまだ塞がっていない。
この世界がどうなるのかわからない。でも、美穂と奈々と一緒に歩いている限り、俺は諦めない。
俺は最弱スライムじゃない。美穂のスライムだ。そして、最強の護衛になる。
「ねえピーちゃん、秀治君の家に着いたら、何て言おうか」
美穂がぽつりと言う。
「秀治君のお母さんに、秀治君は無事ですかって…本当に無事だといいな」
「大丈夫だよ美穂。小野君は絶対生きてるって」
奈々が励ます。
「そうだよね。うん、そうだよね」
美穂が前を向く。
(……俺はここにいるよ美穂。俺はここにいるんだけどな)
「ピー」
小さく鳴いて、俺は美穂の肩で揺られた。




