レベルアップ、そして学校に
ポヨン、ポヨン。
俺は美穂の膝の上で揺られながら、ぼんやりと考えていた。スライムの体になってから、どれくらい時間が経ったのだろう。空腹の感覚は不思議とないけれど、美穂の顔色はどんどん悪くなっている。
(何か食べるものを探さなきゃ)
そう思った瞬間、目の前に半透明な画面がフッと浮かび上がった。
「えっ?」
マジか。この世界、本当にゲームのように作り替えられているのか。
画面に書かれている文字を眺める。
名前:ピー
種族:スライム
レベル:1
スキル:捕食 異空間
(捕食? 食べるってことか。そして異空間…これ、アイテムボックスみたいなやつだろ)
俺は試したかった。美穂の膝からそっと飛び降りる。
「あっ、ピーちゃん、どこ行くの?」
美穂が心配そうな声を上げる。
「ピー!」
短く鳴いて、廃墟のコンビニへ向かって跳ねた。シャッターは歪んでいて、わずかに隙間が空いている。そこから体を滑り込ませ、中から鍵を開けて美穂を招き入れた。
「え、いいの? ちゃんとお金、置いておかないと…」
美穂は恐る恐る店内に入り、棚からパンとジュースを取ると、レジカウンターの上に小銭を並べ始めた。
(こんな状況で真面目だな、美穂は)
俺は彼女の足元で小さく揺れながら、スキル『異空間』のイメージを膨らませる。水や食料の棚に体を滑り込ませると、商品がふわりと俺の体内に吸い込まれていった。
「わっ、ピーちゃん、それすごい! まるで魔法だね」
美穂が目を丸くして驚いている。
「ピー!」
(全部君のために決まってるだろ)
言いたいことが伝わらなくても、こうして役に立てるならいい。コンビニを出て、再び建物の裏に隠れると、美穂はパンをかじり始めた。俺にも一欠片分けてくれた。体内に溶け込む甘さが、少しだけ心を落ち着かせる。
「ねえ、ピーちゃん」
不意に、美穂がぽつりと切り出した。
「昨日、家に帰ったら、ママがいなくて…家の中が血まみれになってたんだ」
俺の体が、プルンと強張った。
「パパもどこにいるかわからないし、私、どうしたらいいのかわからなくて…」
彼女の声が震えている。俺は言葉を失ったスライムの体を悔やみながら、精一杯彼女の足元にすり寄った。
(かなりの人数がモンスターに殺されている。俺みたいに)
「でも、ピーちゃんがいてくれてよかった。一人だったら、きっと発狂してた」
美穂は無理に笑おうとして、俺を優しく撫でてくれた。
「ねえ、学校に行ってみようか?」
「ピー?」
「先生がいるかもしれないし、友達も来てるかも。クラスのみんな、無事だといいな」
彼女の瞳に少しだけ希望の光が宿る。俺はすぐに肯定の意味で「ピーーッ!」と鳴いた。
「そうだよね。行こう、ピーちゃん」
二人は慎重に学校までの道を歩き始めた。
途中、街道沿いの公園に差し掛かった時だった。
「ピーちゃん、あれ……」
美穂が息を呑んで足を止める。
そこにいたのは、緑色の肌をした子供ほどの身長のモンスター。手には粗末なナイフのようなものを持っている。
(ゴブリンだ)
スライムと同じく、最弱と言われることの多いモンスター。だが、3体もいる。しかも、武器を持っている。
俺は美穂の制服の裾を体で引っ張った。
「え? どうしたの?」
(逃げるか、戦うか。いや、このまま逃げても、いつか追いつかれる。ここでコイツらを倒して、俺自身のレベルを上げるしかない)
俺は決断して、美穂の手から飛び出した。
「えっ、ピーちゃん!? だめ、危ないよ!」
美穂の叫び声が響く。だが、その声が逆に仇となった。ゴブリンたちが、ギャッと牙を剥いてこちらを向いたのだ。
「ピーちゃん、逃げて!」
美穂が必死に叫ぶ。だが、ゴブリンたちは俺のことなど眼中にないようで、俺の背後にいる美穂を見てニヤリと下品に笑った。
(美穂に近づかせるか!)
俺は走ろうとしたが、スライムに足はない。跳ねるしかない。
(体を好きな形に変えられるんじゃなかったか?)
俺は強く念じた。俺の青い半透明な体がぐにゃりと歪み、先端が鋭く尖った針のような形へと変化していく。
「ギャ?」
先頭のゴブリンが戸惑った隙に、俺は地面を強く蹴り、ゴブリンの眉間めがけて体ごと突き刺さった。
「ギャッ!」
スライムの体は衝撃吸収材のようになっており、ゴブリンの牙も爪も俺には通じない。俺はそのまま勢いを殺さず、残る二体のゴブリンの眉間にも次々と突き刺さっていった。
ドサッ、ドサッ。
三体のゴブリンが音を立てて倒れる。
「ピーちゃん…すごい…」
美穂が呆然と呟いた。
俺は元の丸い形に戻り、ふうっと一息つく。さて、ステータスは上がったかなと確認するが、レベルはまだ1のままだった。
(え? コイツらじゃ弱すぎて経験値に入らないのか?)
そう思っていると、倒れたゴブリンの死体がふわりと黒い煙になって消え始めた。煙が晴れると、そこには小さな緑色の石が落ちていた。
「あれは?」
美穂が石を拾おうと手を伸ばす。だが、俺はその石を見ているだけで無性に食べたくなった。体の奥から激しい渇望感が湧き上がる。
(俺のものだ!)
俺は美穂より先に石に飛びつき、体内に取り込んだ。
【レベルが2に上がりました】
脳内に響く無機質な声。
(なるほど。モンスター同士は、この石を食べてレベルを上げるのか。人間が倒して使うのか、俺たちが食うのかはわからないけど、今はこれだ)
「ピーちゃん、それ食べちゃったの? 大丈夫?」
美穂が心配そうに俺を覗き込む。
「ピー!」
(元気になったよ。ありがとう)
俺は元気よく跳ねて見せた。
「よかった。じゃあ、学校まであと少し頑張ろうね」
美穂が微笑み、再び歩き出す。俺ももっと強くなって、彼女を守らなきゃいけない。そう強く心に誓った。
学校が見えてきた。
だが、いつもの賑やかな校門はなかった。代わりに、机や椅子を積み重ねた粗末なバリケードが築かれている。
「誰かいるんだ!」
美穂が顔を輝かせた。
(ちょっと待って! 美穂、危ないよ!)
俺は心の中で叫んだが、声にはならない。
「もしもし! 誰かいますか! 3年3組の田口美穂です!」
美穂がバリケードに向かって叫ぶ。
「おい! 誰かいるのか!」
中から男の声がした。
「はい! 中に入れてください!」
美穂がバリケードに駆け寄ろうとする。
「待て! そこのモンスターはなんだ!攻撃してこないか!」
男の声が警戒を含む。
「え? あ、この子は大丈夫です。私のテイムしたスライムです。襲ったりしません!」
「テイムしただと? ほんとかよ」
バリケードの隙間から、制服を着た男子生徒が顔を出した。髪は乱れ、頬に切り傷がある。
「あ、お前、田口さんか。無事だったのか」
「はい。あなたは…山本君?」
「ああ。クラスのやつ何人かここにいるんだ。入れよ」
山本君が机を少し退かして隙間を作る。
「よかった、ピーちゃん。みんな無事だったみたい」
美穂が安堵して振り返る。
「ピー!」
俺も安堵した。これで美穂は少しは安全になる。
「さあ、入ろう」
美穂が俺を抱き上げてバリケードの隙間へと入っていく。




