ゲームマスター
「なぜわかったのだ? 完璧に人間に化けていたはずなのに」
ソラが俺を見下ろしながら聞いてくる。
「ピーー!」
(わかるわけないだろ! なんでここにゲームマスターがいるんだよ!)
俺は混乱して跳ね回った。どうしよう。人形のように綺麗なソラが喘いでいる所が見たかっただけなのに。なんでこうなったぁーーー。
ソラがじっと俺を見つめて、ふうと息を吐いた。
「声帯がないんだな。作ってやろう」
ソラが俺に手をかざす。俺の体が淡い光に包まれた。
体の奥が熱くなる。何かが形作られていく感覚。
「これで喋れるだろう」
俺は試しに声を出してみた。
「あー…あー…あ、喋れる!」
死んで以来の声だ。自分の声に感動している間もなく、ソラが畳みかけてくる。
「お前は何だ? 私が作ったスライムじゃないな」
「俺は…人の心を持ったスライムだ。どうしてかはわからないけど、人間として死んだら、スライムになってこの世界にいたんだ」
俺は正直に答えた。もう隠す意味もなさそうだ。
「ふむ。私の世界に干渉した奴がいるのか。スライムに知能なんて付けてないはずなのに。お前が不思議な行動を取っていたから見にきたのだ」
(そういうことか。あの気配。ずっと見られてたあの視線の正体はこれか)
「お前こそ、何者なんだ。なんでこんな事するんだよ」
俺は声を振り絞って問い詰めた。
「私はこの世界を作って、138億年前より世界を観測する者。このゲームは、ただの暇つぶしだ」
ソラは何の感情も込めずに言った。
「なんだと! 暇つぶしで俺たちは殺されたのか! ふざけるなっ!」
俺の体が怒りで震えた。美穂の家族。奈々の家族。愛の母親。俺自身の命。全部がこいつの暇つぶしだったのか。
「何を怒っている。お前たちだって、自分で作った世界をボタン一つで消したりするだろう」
「何のことだ? 俺たちはそんな事しないぞ」
「このゲームはお前たちの真似をして作ったんだ。お前たちもゲームの中にいる生き物のことなんて気にせずに、その世界を消したり、作り直したりしただろう。それと同じだ」
ソラの目はどこまでも平坦だった。
「別に恐竜の時代みたいに隕石を落として絶滅させてもよかったんだぞ。それよりはマシな遊び方をしているつもりだ」
俺は何も言えなくなった。
こいつはこの世界をプログラムしたゲームマスターだ。こいつの匙加減で俺たちは消されるんだ。俺が今まで夢中で遊んできたゲームの中のキャラクターたちは、俺にとってそういう存在だったのか。反論できなかった。
「…だけど、俺はゲームの中のキャラが死ぬのは嫌いだったぜ。仲間が死ぬゲームはやらなかった」
「ほう」
ソラが初めて少し目を細めた。
「お前は人間の魂だけがスライムに入っているのか。面白い。いい暇つぶしになりそうだ」
「暇つぶしなら他を当たってくれよ」
「そのままゲームを続けていけ。クリアしたら世界を元に戻す。だけじゃなく、お前の寿命が終わるまでは、この星に干渉しないと約束してやる」
「…本当だろうな」
「私が嘘をついたためしはない」
ソラがそう言った瞬間、その体からふっと力が抜けた。
そのまま動かなくなった。ただの人形になったみたいだ。
「おい、ソラ? おーい」
返事がない。俺は恐る恐る体を伸ばして、ソラの体に触れた。
…動かない。ゲームマスターとしての機能が抜けた、ただの精巧な人形だ。
俺はしばらく考え込んだ。
この人形をここに残しておくわけにはいかない。美穂たちが見つけたら驚くし、何よりこの人形には色々と秘密が詰まっている。
(…頂くか)
俺は『捕食』を発動した。ソラの人形を丸ごと取り込んでいく。
人形は俺の体内で溶けていき、青白い石に変わった。
【スキル『剣術』を獲得しました】
【スキル『高速移動』を獲得しました】
(うわ、強いスキルだ。さすがゲームマスターだっただけある)
俺は試しに『擬態』を発動してみた。ソラの姿をイメージする。
体がぐにゃりと変形し、黒髪の長いストレートの髪の女の子になった。ただし身長は俺の体格のままなので、かなり小さいソラだ。
(おお、声も出るようになったし、これで喋れる擬態もできるな)
元のスライムに戻る。
さて、問題はこれからだ。
美穂たちになんて言おうか。ソラを食べたなんて言ったら嫌われるかな。
いや待て。そもそも「ソラがゲームマスターだった」なんて言ったら美穂たちが動揺するに決まっている。今夜はもう寝る時間だ。明朝、皆が揃っている時に話そう。
俺は部屋を出て、廊下を渡って美穂の部屋に戻った。
美穂はすやすや眠っている。俺は枕元で丸くなり、声が出るようになった喉の感触を確かめながら、明日の説明を考えた。
(「ソラは用事が出来て旅立った」と言うか。「ソラは正体を現して消えた」と言うか…。いや、正直に言うか。俺の声、美穂に聞かせたらどうなるかな)
「ピー…」
俺は小さく鳴いて、朝を待った。
朝が来た。
俺はみんなにパンとジュースを配った。全員で一つの部屋に集まっている。
「ねえ、ソラちゃんは?」
奈々が周りを見回す。
俺は意を決して、声を出した。
「実は、話がある」
三人が固まった。
「ひっ…ピーちゃんが喋った!?」
美穂が目を丸くして俺を見つめる。
「喋れるようになったんだ。色々あってな」
「えっ、えっ、どういうこと!?」
「落ち着いて聞いてくれ。ソラは…もういない。彼女は、ゲームマスターだったんだ」
三人が唖然とした顔をした。
「ソラちゃんが? あの空に現れた?」
「ああ。人間に化けて、俺たちを観察していた。俺がスライムなのに人間みたいな行動をとるから、気になって見に来たらしい」
「じゃあ、昨日の夜に何があったの?」
俺は正直に話した。ソラの正体。俺が触れてバレたこと。ソラが俺に声を与えたこと。そして、ソラの体が人形になって動かなくなったこと。
「それで…俺は、その人形を捕食した」
沈黙が降りた。
「…ソラちゃんを、食べちゃったの?」
美穂が恐る恐る聞く。
「ああ。剣術と高速移動のスキルをもらった。ほら」
俺は擬態を発動して、小さなソラの姿になった。
「わっ、ソラちゃん!?」
「声もそのまま出せる。ほら」
「…ふむ。私の姿はこんなものか」
俺はソラの声真似をして、すぐにスライムに戻った。
三人がぽかーんとしている。
「すごい…なんか、悲しいような、不思議なような…」
美穂が俺を抱き上げた。
「でも、よかった。ピーちゃんが喋れるようになって」
「ピーちゃんの声、初めて聞いた。男の子みたいな声だね」
奈々が目を輝かせる。
「私は…なんだか、夢を見ている気分です」
愛が呆然と言う。
「なあ、俺の正体だけど、まだわかってないよな?」
「えっ、何かあるの?」
美穂が首を傾げる。俺は覚悟を決めた。声が出せるなら、言える。
俺は深呼吸…をしないで、口を開いた。
「俺は小野秀治。3年3組。美穂、お前が探してた秀治は、ここにいる」
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