日本刀を持った少女
山の中の舗装された道を俺たちは歩いていく。木々の間から差し込む陽光が道に斑模様を作っている。
空気は澄んでいて、都市部とは全然違う。もしこの世界が壊れていなければ、ハイキング気分で楽しめただろう。
美穂が富士山を見上げた。山道の先に富士の裾野が見えている。
「ねえ、あの天辺にモンスターがいるのかな」
奈々も空を見上げる。
「ラスボスってくらいだから、大きいんだよね。けど何も見えないね」
愛が首を傾げる。
「ですねー。頂上って広いんでしょうか? 戦う場所は確保できるのかな」
誰も富士山に登ったことがないみたいだ。俺もないんだけどね。
「ピー」
俺が小さく鳴くと、美穂が俺を撫でてくれた。
「ピーちゃんも登ったことないよね。スライムだから登れるかな」
(跳ねれば登れるだろ。たぶん)
そんなことを話していたら、後ろからバイクの大きな音が聞こえてきた。
ドドドドドドッ。
すごい爆音だ。山道で隠れるところもない。俺たちは道の端に寄るしかなかった。
数秒で見えてきた。10台くらいの派手なバイクに乗った男たちだ。全員が白い特攻服を着て、手には金属バットや鉄パイプを持って武装している。暴走族だ。
(まずい。山道で逃げ場がない)
俺は美穂の肩から飛び降りて前に出た。愛も盾を構えて前に出る。
バイクの列が俺たちの前で止まった。エンジンはアイドリングのまま。先頭のバイクに乗った男がヘルメットのシールドを上げて俺たちを見た。
「お前たち、こんな所で何してるんだ?」
美穂が後ろに下がる。奈々も美穂の背中に隠れている。
愛が一歩前に出て答えた。
「富士山まで行きます」
「富士山?」
男が眉毛を上げる。
「俺たちも富士山のラスボスってのを倒しに行くんだ。一緒に乗って行くか? 後ろに座れば楽に行けるぞ」
男がニカッと笑う。悪い人じゃなさそうだ。
美穂が少し考えてから首を振った。
「いえ、歩くから大丈夫です」
「そうか。俺たちが先に倒してやるから、ゆっくりモンスターに気をつけて来いよ」
男がそう言って笑った。他の男たちも笑っている。
「おう、頑張れよー」
「気をつけてな」
男たちがそれぞれ声をかけて、バイクのエンジンを吹かす。爆音を響かせながら走り去っていった。土煙が舞う。
美穂と奈々が同時に「怖かったー」と息を吐く。
「いきなり来たからびっくりしたよ」
美穂が胸を撫で下ろす。
「うん。なんか武装してたし」
奈々が震える。
愛が少し考えてから言った。
「けど、見かけによらず、優しかったね」
「そうだね。乗せてあげるって言ってくれたし」
美穂が頷く。
(こんな時に頼りになるのは、ああいう突っ張っている奴らなのかもしれないな。彼らはバットや鉄パイプで戦う気満々だったし。ゲームマスターに立ち向かう気概がある人間は、生き残っているのかもしれない)
「さあ、行こう」
俺たちはまた歩き出した。
山道を抜けて下り坂になる。富士山が近づいてきているのがわかる。裾野の広がりが見えてきた。
その時、道端に女の子が一人で座っていた。
黒髪の長いストレートの髪。学校の制服らしき服を着ている。腰には日本刀を刺している。
人形のように綺麗な女の子だ。
美穂が真っ先に駆け寄る。
「ねえ、大丈夫? 一人?」
女の子が顔を上げる。大きな目が俺たちを見ている。表情はほとんど変わらない。
「はい。一人です」
「どこに行くの?」
「富士山です。仲間を探していました」
美穂が目を輝かせる。
「えっ、私たちも富士山に行くところだよ。一緒に行かない?」
奈々も前に出る。
「そうだよ、一緒に行こうよ。一人じゃ危ないし」
女の子が俺たちをじっと見た。それから俺に視線が止まる。
「スライムですか」
「あ、これはピーちゃんだよ。私がテイムしたスライムなの」
美穂が俺を紹介する。女の子が無表情に頷いた。
「わかりました。お願いします」
あっさりしている。少しクールな女の子だな、と思った。
「私の名前はソラです」
「私は田口美穂。これは平田奈々、望月愛。そしてピーちゃん」
「よろしくねソラちゃん」
奈々が手を差し出す。ソラが少し躊躇ってから手を握った。
「よろしくお願いします」
四人と一匹になって歩き出す。ソラは美穂の隣を歩いている。
美穂がソラの腰の刀を気にして聞いた。
「ねえ、その刀は本物?」
「はい。家にあったから持ってきました」
「家に刀があったの?」
「父が趣味で集めていました。父はもういませんが」
ソラの声は平坦だった。感情を表に出さないタイプなのか、それとももう悲しみを通り越しているのか。
「そう…だったんだ」
美穂が暗い顔をする。奈々が話題を変えようとした。
「ソラちゃんって、スキルあるの?」
「はい。剣術というスキルです」
「剣術! すごいね。それでその刀を使えるの?」
「はい。少しは」
(剣術スキルか。戦闘スキル持ちの仲間が増えた。愛が盾で守って、俺が捕食で攻撃して、ソラが刀で斬る。完璧な布陣じゃないか)
俺は「ピー」と元気よく鳴いた。
ソラが俺をちらりと見た。
「そのスライムは強いのですか」
「うん! ピーちゃんはすごいんだよ。モンスターを食べちゃうの」
美穂が胸を張って言う。
「モンスターを食べる…」
ソラが少し目を細めた。興味を持ったようだ。
「ピーちゃんのスキルは捕食って言って、モンスターを取り込んで食べることが出来るの。食べるとレベルが上がって、スキルも奪えるんだよ」
「なるほど。強いですね」
ソラが無表情のまま頷いた。
「ピーちゃんは私の従魔なの。テイムスキルでテイムしたの」
「テイムスキル…」
ソラが何か考え込むように黙った。
しばらく歩いて、沼津の町に着いた。富士山の裾野がすぐそこに見えている。
「わあ、富士山が大きい」
美穂が足を止めて見上げる。夕日に染まった富士山が目の前にそびえている。
「きれいだね」
奈々もつられて見上げる。
「ですね。本当に大きい」
愛も感嘆する。
ソラだけが無表情に富士山を見ていた。
「あの頂上にラスボスがいるんだ」
「うん。あそこまで行って倒すの」
美穂が拳を握る。
高速道路のインターの近くにラブホテルがあった。ここで泊まることにした。
いつものように俺が隙間から鍵を開けて中に入る。慣れたものだ。
部屋に入って、俺は異空間から弁当と飲み物を取り出して並べた。四人分。最近は人数が増えて異空間の容量が減るペースが早いな。でもLV3になったからまだまだ入る。
「わあ、ありがとうございます」
ソラが初めて少し驚いた顔をした。
「ピーちゃんすごいね。どこに持ってるの?」
「異空間っていうスキルがあるの。アイテムボックスみたいなものなんだよ」
美穂が得意顔で説明する。
「便利ですね」
ソラが弁当を受け取る。小さな口でかじり始めた。上品な食べ方だ。
「ねえソラ、ソラって呼んでいい?」
「はい。構いません」
「ソラは、一人でここまで来たの?」
「はい。家を出てからずっと一人でした」
「怖くなかった?」
「怖いですが、やるしかありませんから」
ソラが淡々と答える。
「ゲームマスターの声を聞いて、富士山に行けば世界が元に戻ると。なら行くしかないと思いました」
「そっか。ソラも同じだね」
美穂が微笑む。
「私の好きな人を生き返らすために、富士山に行くんだ」
「生き返らせる…」
ソラが箸を止めて美穂を見た。初めて感情が表に出た。少し驚いたような顔だ。
「本当ですか」
「うん。クリアしたら時間を戻して、死んだ人も元に戻るって言ってたから」
「…そうですか。なら、私も行く意味があります」
ソラが小さく呟いた。
「ソラにも、生き返らせたい人がいるの?」
奈々が聞く。ソラが少し目を伏せた。
「父と母を。二人ともモンスターに殺されました」
静かな声だった。感情を押し殺しているように聞こえる。
美穂がソラの手を握った。
「一緒に行こう。絶対に元に戻そう」
ソラが美穂の手を見つめて、少しだけ頷いた。
「はい。お願いします」
(ソラちゃん、ようこそ。仲間がまた増えた。剣術スキル持ちの戦力。これで俺たちのパーティはかなり強くなったはずだ)
四人が食事を終えて、順番にシャワーを使った。俺は異空間から着替えを取り出して配る。ソラには予備の服がないから、奈々の予備を貸すことになった。
「ありがとう。借りるね」
ソラが奈々の服に着替える。少しぶかぶかだが、問題ないだろう。
「ねえ、今日はどうやって寝る? ベッドが1つだから」
美穂が聞く。
「じゃあ、みんなで寝ますか?」
愛が言う。
「私は床で寝ます」
ソラが即答する。
「ダメだよ。床は硬いし寒いし」
美穂が首を振る。
「大きいベッドだから4人で寝れるでしょ」
奈々が提案する。
「いいの?」
「うん。狭いけどね」
ソラが少し考えてから頷いた。
「わかりました。ありがとうございます」
「よし、じゃあ今日はこれで寝よう。明日はいよいよ富士山だ」
美穂が元気よく言う。
俺は「ピー!」と鳴いてプルンと跳ねた。
(明日はいよいよ富士山登山か。でもその前に、五合目くらいまでは道があるはずだ。車を見つければ楽できるんだけどな。まあ、とりあえず今日は寝よう)
美穂が俺を抱いてベッドに移動する。
「明日はソラちゃんの刀も見たいな。本物の刀って見たことない」
「ピー」
「それにしても、バイクの男の人たちも富士山に行くんだよね。もし先に着いてラスボスと戦ってたらどうしよう」
(彼らが勝てるかな。バットと鉄パイプでラスボスに勝てるとは思えないけど、人数が多いから何か分があるかもしれない)
「ピー」
「そうだよね。私たちも頑張ろうね」
美穂が俺を抱きしめて目を閉じた。今日は何もしないらしい。疲れているのかもしれない。俺は気配察知を発動したまま、美穂の寝顔を見守る。
明日からはいよいよ富士山登山だ。ラスボスとの戦いが待っている。俺たちは強くなっている。でもラスボスがどれくらい強いのかわからない。
(もっと強くなるしかない。捕食して、スキルを奪って、レベルを上げて。美穂を守るために。奈々を守るために。愛を守るために。ソラを守るために。四人を守り抜いて、ラスボスを倒す。それが俺の使命だ)
ポヨン。
ポヨン。
俺は今日も、美穂の胸の上で小さく跳ねている。静かな夜だ。富士山の頂上に何がいるのかわからないけど、俺たちは明日、そこに向かって歩き出す。
冒険の物語は、いよいよ佳境に入ろうとしている。
ポヨン。
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