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ラスボスの養育係  作者: 藤崎聖子


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第九話 Lv20

「猫耳の子を捜せ!」


 誰かが叫んだ。


 市場にいた賞金稼ぎたちが、一斉に動き始める。


「だから目立つと言った」


 レオニスがノアの外套を見る。


「今それを言ってる場合か!」


 カイルは猫耳をつかみ、頭巾の内側へ押し込んだ。


「痛い」


 ノアが抗議する。


「少し我慢しろ。エルド、裏口は?」


「本棚の奥じゃ」


 老人は店の一番大きな棚を押した。


 動かない。


「どこが裏口だ」


「昔は動いた」


「いつの話だ?」


「二十年ほど前かの」


 窓ガラスが割れた。


 鉤縄が店内へ飛び込み、棚へ引っかかる。外から数人が引くと、本棚が倒れた。


 偶然、その後ろに細い通路が現れる。


「開いたぞ」


 エルドが満足げに言う。


「賞金稼ぎへ礼を言っておけ」


 カイルはノアを先へ入れた。


 セラ、エルド、ポポが続く。


 レオニスは最後尾へ立ち、入口を塞いだ。


「先に行け」


「一人で平気か?」


 カイルが確認する。


「この程度ならな」


 レオニスが剣を抜く。


 通路へ入ろうとした賞金稼ぎの武器だけを弾き、峰で手首を打った。


 カイルたちは暗い階段を下りる。


 地下通路は古い排水路につながっていた。天井は低く、湿った石の匂いがする。


「どこへ出る?」


 セラがエルドへ尋ねた。


「湖の近くじゃ」


「正確には?」


「湖の、どこかじゃ」


「知らないのね」


「学者は何でも知っておるわけではない」


「今は知っていてほしかったわ」


 背後で金属音が続いている。


 レオニスが追いついた。


「地上は包囲された。南門にも兵がいる」


「街の兵まで?」


 セラが聞く。


「金貨十万枚だ。領主も動く」


 ノアは黙って歩いていた。


 明るかった顔が、今は見えない。


「疲れたか?」


 カイルが隣へ並ぶ。


「ミナに、ばいばい言えなかった」


「手紙は預かった。落ち着いたら書ける」


「また会える?」


「会えるようにする」


 必ずとは言えなかった。


 ノアはそれ以上、聞かなかった。


 排水路の先に光が見えた。


 出口は湖岸の倉庫だった。腐った扉を押し開けると、魚網と古い舟が積まれている。


「舟を使う」


 カイルが決めた。


「対岸へ渡れば、街の包囲を抜けられる」


「持ち主がいるんじゃない?」


 ノアが聞く。


「後で返す。代金も置く」


 銀貨を棚へ置き、四人で舟を水へ押した。


 エルドが乗る。


 舟が大きく傾いた。


「本を減らせ」


 カイルは老人の荷物を見る。


「一冊も置いていけん」


「沈んだら全部濡れるぞ」


 エルドは三冊を服の中へ入れた。


「重さは変わってない」


 セラが指摘する。


 どうにか全員が乗った時、倉庫の屋根へ矢が刺さった。


 黒い尾羽がついている。


「追いつかれた」


 レオニスが岸を見る。


 賞金稼ぎが十数人。先頭に、顔を黒い布で隠した男がいる。


 男は弓を下ろし、片手を上げた。


 湖面から黒い壁が立つ。


 舟の進路を塞ぎ、波を岸へ押し戻した。


「水を操るのか」


 セラが剣へ手を置く。


「私が足止めする」


「駄目だ。あいつの能力は水だけじゃない」


 カイルは男の立ち位置を見た。


 足元だけ、波が避けている。


 弓の男が指を曲げる。


 黒い水の槍が、何十本も空中へ上がった。


「伏せろ!」


 槍が飛ぶ。


 レオニスが剣で弾き、セラがノアを舟底へ押し込んだ。


 カイルはエルドの本を盾代わりにした。


「わしの本!」


「命とどっちが大事だ!」


「本による!」


 水の槍は舟を貫かなかった。


 当たる直前、軌道を曲げている。


「遊んでるのか?」


 セラが男をにらむ。


「捕獲する気だ。ノアを傷つければ賞金が減る」


 カイルは湖面を見る。


 水の壁が舟を岸へ運んでいく。


 こちらから攻撃すれば、同じ水で防がれる。


 岸へ着けば数で押さえられる。


「ノア、《魔物支配》は使うな」


「湖の魚に手伝ってもらえるよ」


「人間が相手だ。魚へ無理をさせても、あの水に巻き込まれる」


 カイルは水使いの男を観察した。


 右手で水を操り、左手は外套の下へ隠している。


 水の壁が大きくなるたび、左肩が揺れる。


 何か別の技能を使っている。


「セラ、石を一つ投げろ。男ではなく、隣の杭へ」


「何を調べるの?」


「いいから」


 セラは舟底から小石を拾い、投げた。


 石は男の横を通る。


 直後、見えない力に弾かれ、セラへ戻ってきた。


 レオニスが剣の腹で受ける。


「《反射》か」


「水を操っているように見せて、攻撃を返してる」


 カイルは頷く。


「水壁は湖へ仕込んだ魔道具だ。本当の能力は別にある」


 弓の男が黒布を外した。


「よく見抜いたな、養育士」


 細い顔に、左目から顎まで傷がある。


「俺はヴァルグ。《反射》持ちだ。剣も魔法も、向けた者へ倍にして返す」


「自己紹介が長いな」


 カイルが言う。


「時間稼ぎか?」


 ヴァルグの笑みが消える。


 岸の背後から、巨大な足音が聞こえた。


 カイルは倉庫を出る前、魚油の樽へ穴を開けていた。匂いは風に乗り、湖岸の森まで届いている。


 茂みから、魚を好む岩甲亀が現れた。


 荷車ほどある亀が三頭。


 賞金稼ぎの列へ突っ込み、魚油を浴びた男たちを追い回す。


「魔獣に襲わせる気か!」


 ヴァルグが怒鳴る。


「亀は人を食わない。油を舐めるだけだ」


 実際、一人の賞金稼ぎが巨大な舌で顔を舐め回されている。


「助けてくれ!」


「動かなければ、そのうち飽きる!」


 カイルは舟から答えた。


 ヴァルグが水壁を解き、岩甲亀へ水の槍を向けた。


「今だ。漕げ!」


 レオニスとセラが櫂を動かす。


 舟は岸から離れた。


 しかしヴァルグは、水壁を捨てて湖面を走ってきた。靴に水上歩行の魔道具をつけている。


「逃がすか!」


 弓から矢が放たれる。


 ノアではない。


 舟の側面へ刺さった。


 矢に刻まれた魔法が発動し、板が内側から割れる。


 水が入った。


「穴を塞げ!」


 カイルは外套を丸めて押し込む。


 エルドも本で押さえた。


「今度は自分から使うのか」


「これは帳簿じゃ。濡れてもよい」


 ヴァルグが舟へ飛び乗った。


 レオニスの剣が迎える。


 斬撃は《反射》され、レオニス自身の肩を切った。


「レオ兄!」


 ノアが立ち上がる。


「動くな!」


 レオニスは傷を押さえながら叫んだ。


「私へ攻撃を返した。お前が攻撃すれば、お前へ返る」


 ヴァルグがノアへ手を伸ばす。


「金貨十万枚だ。悪く思うな」


 ポポが腕へ噛みついた。


 《反射》が働き、ポポ自身の顎へ衝撃が返る。


 小さな体が舟底へ落ちた。


「ポポ!」


 ノアが抱き上げる。


 ヴァルグは笑った。


「何をしても自分へ返る。世界最終敵でも同じだ」


 カイルはヴァルグの左手を見た。


 外套の下で、指輪が光っている。


 《反射》を発動するたび、指輪の色が薄くなる。


 能力には限界がある。


「ノア、あいつを攻撃するな」


「でも、ポポが」


「俺を信じろ。湖の魚へ頼め」


「さっき、無理させるなって」


「攻撃させるんじゃない。舟の下へ集まってもらう」


 ノアは涙を拭き、湖へ手を触れた。


 魚の群れが舟の下へ集まる。


 船底を一斉に押し上げた。


 舟が大きく跳ねる。


 全員の体が浮いた。


 ヴァルグもだ。


「セラ!」


 カイルが叫ぶ。


 セラは剣ではなく、外套を投げた。


 布がヴァルグの頭へかぶさる。


 攻撃ではないため、《反射》されない。


 カイルは男の左手をつかみ、指輪を抜いた。


「返せ!」


 ヴァルグが拳を振るう。


 レオニスが腕を押さえ、セラが足を払った。


 三人で舟底へ組み伏せる。


「自分だけ無傷で戦えると思うと、周りを見なくなる」


 カイルは指輪を湖へ投げた。


「《反射》はお前の技能じゃない。魔道具で補助してただけだ」


「違う!」


 ヴァルグの体から、別の魔力が膨らんだ。


「俺の本当の技能を見せてやる!」


 彼の影が広がり、舟全体を包む。


 周囲の音が消えた。


 影の内側では、体が動かない。


【《完全反射》が発動しました】


【外部からの干渉をすべて反射します】


 ヴァルグだけが立ち上がる。


「これが俺の力だ」


 ノアをつかもうとする。


 少女は動けない。


 それでも、ヴァルグを見つめた。


「その力、いらないなら、ちょうだい」


「何?」


 空気が割れた。


【強敵との遭遇を確認】


【仲間を守る意志を確認】


【経験値を取得しました】


【Lv19 → Lv20】


「いつ十九になった!」


 動けないまま、カイルが叫んだ。


「道で迷子の魔獣を助けたり、追手からみんなを逃がしたりして、少しずつ」


 ノアが答える。


「先に言え!」


【節目レベルへ到達しました】


【新能力《能力強奪》を取得しました】


【対象:ヴァルグ】


【《完全反射》を強奪します】


 影がノアの足元へ吸い込まれた。


 体が動く。


 ヴァルグは自分の両手を見た。


「ない」


「返してほしい?」


 ノアが尋ねる。


「返せ!」


 ヴァルグが短剣を投げる。


 刃はノアへ届く前に止まり、向きを変えた。


 男の足元へ深く刺さる。


 ヴァルグの顔から血の気が引いた。


 ノアはもう一本、落ちていた矢を拾う。


 今度は自分の腕へ軽く当てた。


 衝撃が反射され、ヴァルグの外套だけが大きく裂ける。


「力がなくなると、こんなに弱いんだね」


 ノアは首を傾げた。


 ヴァルグは何も言えない。


 仲間を傷つけ、絶対に勝てると笑っていた男が、自分の力を奪われて震えている。


 少しだけ胸がすっとした。


 同時に、背筋が冷える。


 能力そのものを奪う。


 使い方を誤れば、相手の人生まで壊せる力だ。


「ノア。もう使うな」


「うん」


「簡単に返事をするな。意味は分かってるか?」


「人の大事なもの、勝手に取ったらだめ」


「そうだ。今回は命を守るためだった。終わったら返す」


 ヴァルグが顔を上げる。


「返せるのか?」


「ノア、できるか」


「やってみる」


 ノアが男へ手を向ける。


 影が戻り、《完全反射》の技能がヴァルグへ返された。


「どうしてだ」


 男は理解できない顔をした。


「俺を無力にしたままにすればいい」


「もう戦わない?」


「……ああ」


「じゃあ返す」


 ヴァルグは俯いた。


 対岸へ着くと、彼を縄で木へつないだ。ほどけば自力で街へ戻れる程度の結び方だ。


 四人は森へ入る。


 その夜、野営地でカイルはノアの新能力を調べた。


【《能力強奪》】


【対象を倒す、同意を得る、または対象の抵抗を上回った場合、能力を一つ取得できます】


【取得数に上限なし】


 上限なし。


 敵が強いほど、ノアも強くなる。


「もう一つ、確認する」


 カイルは焚き火へ小枝を足した。


「奪った能力は、本当に元へ戻ったのか」


「戻ったよ」


 ノアは自信を持って答える。


「表示だけではなく、ヴァルグ本人が使えるかを見ていない」


「戻ってないかもしれない?」


「可能性はある」


 ノアの顔が曇る。


「確かめに戻る?」


「街へ引き返せば捕まる」


「でも、使えなくなってたら」


 カイルは答えを急がなかった。


 能力を返したつもりでも、完全には戻らないかもしれない。


 だからこそ、使う前に知る必要がある。


「明日の朝、ポポで試す」


「ポポの能力を取るの?」


 ノアは白い魔獣を抱き寄せた。


 ポポも嫌そうに耳を伏せる。


「本人が嫌ならしない」


 カイルはポポを見る。


「協力してくれるか?」


「きゅう」


 ポポはノアの腕へ顔を隠した。


「嫌だそうだ」


「当然ね」


 セラが言う。


「私の技能で試したら?」


「いいのか」


「《平衡感覚》。剣士としては大事だけど、少しの間なら座っていれば困らない」


 セラは地面へ腰を下ろした。


「ただし、戻らなかったら責任を取って」


「どうやって?」


 ノアが聞く。


「一生、私が転ばないよう隣で支える」


「それ、私がおばあちゃんになるまで?」


「そうね」


 ノアは真剣に考え、首を振った。


「やっぱりやめる。重い」


「責任とは、だいたい重いものよ」


 セラは笑った。


 レオニスが自分の剣を地面へ置く。


「私の《聖剣適性》を使え」


「お前はいいのか」


 カイルが尋ねる。


「戻らなければ、剣を置く理由になる」


「随分、投げやりだな」


「投げやりではない。神託へ逆らった時点で、聖剣が私を認め続ける保証はない」


 レオニスはノアを見る。


「それに、危険な力を持つ者を見極めると言った。自分が危険を負わず、他人だけへ試させるわけにはいかない」


「レオ兄、怖くない?」


「怖い」


 彼は素直に答えた。


「だから、慎重に行え」


 ノアは両手をレオニスへ向けた。


「少しだけ借りる。すぐ返すね」


【対象:レオニス】


【《聖剣適性》を強奪しますか?】


「はい」


 光がレオニスの胸から抜け、ノアの手へ入る。


 彼の剣に刻まれた聖印が消えた。


 ノアが柄を握る。


 ただの鉄だった剣が白く輝く。


「軽い」


 ノアは片手で持ち上げる。


「振るな」


 カイルが止めた。


「振らないよ」


「前に包丁でまな板を切った」


「剣と包丁は違うよ」


「もっと危ない」


 ノアは両手で剣をレオニスへ返した。


 次に、能力そのものを戻そうとする。


【《聖剣適性》を返却します】


 光がレオニスへ戻った。


 聖印が再び浮かぶ。


「使える?」


 ノアが尋ねる。


 レオニスは剣を構え、近くの倒木へ向けた。


 白い光だけを細く伸ばす。


 木の表面へ、浅い線が入った。


「問題ない」


 全員が息を吐く。


「でも、返す時に少し引っかかった」


 ノアは自分の胸を押さえた。


「どういう感じだ」


 カイルがすぐ聞く。


「一回、私の中へ入ったから、私のものだって力が思ってた。レオ兄のところへ戻りたくないみたいだった」


「長く持つほど、返しにくくなるかもしれん」


 エルドが顎へ手を当てる。


「能力にも、所有者との接続があるのじゃろう」


「じゃあ、たくさん取ったら?」


「お前自身が、奪った力へ埋もれる可能性がある」


 カイルは鑑定板へ新しい注意を書き留めた。


 一、命を守るため以外には使わない。


 二、必要がなくなれば、すぐ返す。


 三、相手の人格や記憶へ関わる能力は奪わない。


 四、一度に一つだけ。


「四つもある」


 ノアが紙を見る。


「増えるかもしれない」


「減らないの?」


「安全に使えると分かったらな」


「お父さんの規則、増えるばっかり」


「お前の能力も増えるばっかりだ」


 ノアは言い返せず、紙を畳んだ。


 その後、エルドの提案で小さな実験を続けた。


 火をつける《着火》。


 五歩だけ速く走れる《小加速》。


 物の汚れを落とす《洗浄》。


 すべて本人の同意を得て借り、すぐ返した。


 《着火》を借りたノアは、焚き火ではなく鍋のスープへ火をつけた。


「火は鍋の下だ!」


 カイルが慌てて消す。


「スープを直接温めたほうが早いと思った」


「中身が焦げる!」


 《小加速》では、五歩で止まれず木へ突っ込んだ。


 ポポが間へ入り、二人で転がった。


「だから、最初は広い場所で試せと言っただろ」


「広いと思った」


「木まで十歩しかない」


「五歩なら足りるよ」


「お前の一歩は途中から三倍になった」


 《洗浄》は上手くいった。


 ノアは服、鍋、靴、ポポをきれいにした。


 最後に地面まで洗い、野営地の土が一面だけ真っ白になった。


「やりすぎた」


 ノアが認める。


「少しずつ限度を覚えろ」


「能力を借りるより、持ってる人にお願いしたほうが簡単だね」


「それが分かったなら、今日の実験は成功だ」


 カイルは記録を閉じた。


 力は、持っているだけで解決になるわけではない。


 その力を知る者へ頼み、本人に使ってもらうほうがよい時もある。


 能力より先に、その持ち主を見る。カイルは規則の余白へ、そう書き足した。


 実験を終えたノアは、火のそばで手紙を書き始めた。


「誰へ?」


 セラが隣へ座る。


「ミナ」


 紙には、大きな文字が並んでいる。


『ミナへ。


 きょう、みずのうえで、わるい人とたたかいました。


 お父さんが、たたかったって書くなって言いました。


 でも、たたかいました。


 ポポがちょっとけがしました。いまは元気です。


 新しい力が出ました。人の力を取れます。


 こわいので、あんまり使いません。


 海へ行く約束、わすれてません。


 ノア』


「正直すぎるわね」


 セラが手紙を読む。


「駄目?」


「悪い人に読まれたら、居場所は分からなくても、新能力は知られる」


「じゃあ消す」


「全部消さなくていい。『大変なことがあったけど、皆元気です』にしましょう」


「ミナに嘘をつくの?」


「伝えないことと、嘘は違うわ。相手を危険へ巻き込まないために、今は書かない」


「お父さんも、私に書かないことがある?」


 不意に尋ねられ、カイルは返事に詰まった。


 世界最終敵の条件。


 Lv100。


 ずっと隠している。


「ある」


 嘘はつかなかった。


「どうして?」


「お前へ話す時を決められないからだ」


「危ないこと?」


「そうだ」


 ノアは少し考えた。


「話せる時になったら、絶対話してね」


「約束する」


 ノアは手紙へ戻った。


 セラと一緒に文章を書き直す。


『大変なことがあったけど、みんな元気です。


 湖の舟を思い出しています。


 海へ行く約束、忘れていません』


 最後に、ポポの肉球印を押した。


「これ、届く?」


「安全な町で鳥便へ預ける」


 カイルは答えた。


「返事も来る?」


「俺たちの居場所が決まればな」


 ノアは封筒を大事そうに荷物へ入れた。


 数日後、短い返事が届いた。


『ノアちゃんへ。


 わたしも元気です。


 こんどはじゃんけんで勝ちます。


 海の絵をかきました。


 早く会いたいです。


 ミナ』


 手紙には、青い線で描いた大きな海と、二人の少女がいた。


 ノアは何度も読み返した。


「お父さん。これ、なくさないで」


「自分で持て」


「お父さんの荷物のほうが安全」


「何でも俺へ預けるな」


 そう言いながら、カイルは鑑定板の記録と同じ革袋へ手紙を入れた。


 世界の終わりに関わる秘密と、子供が描いた海の絵。


 どちらも今のカイルには、同じくらい大切だった。


「これ以上、強敵と戦わせられない」


 カイルが呟く。


 レオニスは包帯を巻いた肩を動かした。


「今日の敵を避けていたら、舟ごと沈められていた」


「分かってる」


「力がなければ守れない。力を使えば百へ近づく。その矛盾からは逃げられない」


「分かってると言った」


 カイルの声が強くなる。


 ノアが焚き火の向こうから二人を見た。


「けんか?」


「違う」


 カイルとレオニスが同時に答える。


 セラが小さく笑った。


 エルドは笑わなかった。


 老人は湖岸で拾った矢を調べている。


「この刻印は、十二王国の共同密偵に使われるものじゃ」


「賞金稼ぎではないのか?」


 カイルが聞く。


「ヴァルグは表向きだけじゃ。各国は、すでに同じ命令へ署名しておる」


 矢の筒から、折り畳まれた命令書が出てきた。


 十二の王。


 三つの教会。


 全冒険者組合。


 最後の一文は短かった。


【世界最終敵を、国家共通の敵と認定する】


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