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ラスボスの養育係  作者: 藤崎聖子


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第十話 最終敵を殺せ

翌朝、森のすべての道が封鎖された。


 王国軍の旗が、東西南北に見える。


「動きが早すぎる」


 セラは高い木から下り、地面へ地図を広げた。


「北に槍兵百。東は騎兵。南の街道には冒険者。西の峡谷だけ旗が見えない」


「見えないだけだろう」


 カイルが地図を指す。


「西は待ち伏せに向いてる。俺ならそこへ一番強い部隊を置く」


「では、どこへ行く?」


 レオニスが尋ねる。


「道のないところだ」


 カイルは地図の上、山脈の裾をなぞった。


「岩食い大蜥蜴の巣がある。古い穴が山の反対側へ抜けているかもしれない」


「かもしれない?」


 セラが聞き返す。


「入ったことはない」


「危険ではないのか」


 レオニスが眉を寄せる。


「軍へ突っ込むよりはましだ」


 ノアは黙って荷物を背負った。


 昨日まで、道端の花へ足を止めていた子が、今日は自分から急いでいる。


 カイルはそれが嫌だった。


 危機に慣れさせたくない。


 逃げることを日常にしたくない。


 けれど今は、立ち止まれない。


 五人は獣道を外れ、山へ向かった。


 昼前に、大蜥蜴の巣穴へ着く。


 入口は岩で半分埋まり、周囲には食べかけの鉱石が散らばっている。


「いるな」


 カイルは石へ残った歯形を調べる。


「三頭。親と、若い二頭だ」


「ノアに頼めば通してくれる?」


 セラが尋ねる。


「《魔物支配》なら確実だ」


「使わないの?」


「まずは普通に頼む」


 カイルは袋から黒塩鉱を出した。岩食い大蜥蜴が好む鉱石だ。


 入口へ置き、一定の間隔で奥へ並べる。


 暗闇から、低い呼吸音がした。


 岩のような頭が現れる。


 大蜥蜴は黒塩鉱を食べ、カイルたちを見る。


 ノアが手を振った。


「こんにちは。向こうへ行きたいの」


 大蜥蜴は目を細めた。


 地面へ腹をつける。


 敵意はない。


「通してくれるって」


 ノアが言う。


「ただ、穴は途中で塞がってる」


「掘れるか聞いてくれ」


 カイルは残りの鉱石を見せる。


「お礼はこれだ」


 大蜥蜴は鉱石を一口で食べ、洞窟の奥へ向かった。


 やがて、岩をかじる音が響く。


「交渉成立ね」


 セラが感心する。


「力で命じなくても、頼めば動いてくれる」


 ノアは嬉しそうだった。


「覚えておけ。相手の好きなものを知れば、戦わずに済む」


「お父さんは、私の好きなものも知ってる?」


「甘いもの、魔獣、旅行、猫」


「あと、お父さん」


「……そうか」


「そこは照れるところよ」


 セラが横から言う。


「急いでるんだろ」


 カイルは洞窟へ入った。


 耳が少し赤かった。


 岩食い大蜥蜴が掘った穴は、予想どおり山の西側へ抜けた。


 外へ出た途端、矢が飛んできた。


「伏せろ!」


 レオニスが盾代わりに剣を振る。


 崖の上に軍旗が並んでいた。


 三百の兵。


 カイルの予想より多い。


「最終敵を殺せ!」


 指揮官の号令が峡谷へ響く。


「ほら、やっぱりいた」


 カイルは身を低くする。


「当てて喜ぶ場面ではないわ」


 セラが言う。


 前は槍兵。


 背後は狭い洞窟。


 全員で戻れば、内部で追いつかれる。大蜥蜴まで戦闘へ巻き込む。


 ノアが一歩出た。


「私が止める」


「殺すなよ」


「分かってる」


 ノアは《魔物支配》を広げた。


 峡谷の岩陰から、小さな生き物が集まる。


 トカゲ、虫、山ネズミ。


 三百の兵に対して、あまりに小さい。


「何をする気だ」


 レオニスが聞く。


「お父さんが、好きなものを知れば戦わなくていいって」


 ノアは兵士たちの荷物を指さした。


 山ネズミが一斉に走る。


 食料袋へ潜り込み、干し肉をくわえて逃げた。


 虫は馬の鼻先を飛び、トカゲは鎧の中へ入る。


「うわっ!」


「背中に何かいる!」


「食料を守れ!」


 整っていた隊列が崩れた。


「今だ、右の斜面へ!」


 カイルが叫ぶ。


 一行は岩陰を走る。


 指揮官が弓兵をまとめ直した。


「撃て!」


 矢の雨が降る。


 ノアは振り返り、魔力の壁を広げた。


 矢が空中で止まる。


 兵士たちは自分たちへ返ってくると思い、盾の陰へ隠れた。


 ノアは矢の向きを変え、全部を崖の壁へ刺した。


 足場の岩が崩れる。


 兵の前へ壁のように積もり、進路を塞いだ。


「行こう!」


 ノアが笑う。


 兵士たちの顔から、さっきまでの余裕が消えた。


 誰も殺さず、三百の軍を止めた。


 カイルも走りながら笑いそうになる。


 直後、光の文字が現れた。


【軍勢からの逃走に成功しました】


【経験値を取得しました】


【Lv20 → Lv24】


「やっぱり入るのか!」


 カイルの叫びが峡谷へ響いた。


 その日の夕方、一行は商隊と出会った。


 北の村へ薬を運ぶ途中だという。


 隊商長は事情を知らず、護衛と引き換えに荷台へ乗せてくれた。


 ノアは干し草の上へ横になり、すぐ眠った。


 ポポも腹の上で丸くなる。


 カイルは外套をかけた。


「逃げるのは負けじゃないって、さっき言ったわね」


 セラが小声で話しかける。


「ああ」


「自分にも言っているの?」


 カイルは荷台の外を見た。


 養育所から離れ、街を追われ、今は知らない商隊へ隠れている。


「そうかもしれない」


「帰れるわ」


「根拠は?」


「あなたがノアに言ったでしょう。行き先を自分で選ぶのが逃げることだって」


 カイルは少し笑った。


「聞いてたのか」


「あの子だけに聞かせるには、もったいない言葉だったから」


 前方で、商隊の鐘が急に止まった。


 荷車も止まる。


 カイルたちは身構えた。


 隊商長が青ざめて戻ってくる。


「北の空を見てくれ」


 遠くに黒煙が上がっている。


 方向は、リーネ。


 ノアが目を覚ました。


「あっちは?」


 誰もすぐには答えない。


 レオニスが地図を開いた。


「湖畔都市だ」


 ノアは荷台から立ち上がる。


「ミナがいる」


 黒煙の下で、今度は赤い警報光が空へ上がった。


 災害級魔獣の襲撃を知らせる色だった。


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