表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスボスの養育係  作者: 藤崎聖子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/9

第七話 聖騎士レオニス

レオニスは、本当に一人で来た。


 始まりの花を見つけてから七日後。


 朝の鐘が鳴る頃、白銀の鎧を着た男は養育所の門前へ立っていた。馬も連れず、兜もかぶっていない。腰には長剣が一本。それ以外の武器は見当たらなかった。


「今日は何を燃やしに来た」


 門を開けず、カイルは柵越しに尋ねた。


「放火した者は破門され、町の裁判へ引き渡した」


 レオニスは表情を変えない。


「修復費用も払う。馬車が後から来る」


「質問に答えてない」


「何も燃やさない。私は約束どおり、自分の目で確かめに来た」


 レオニスが視線を庭へ移す。


 ノアは火竜の背中へ洗濯物を干していた。


「動かないでね、マルタ」


 ノアが頼む。


 マルタはじっとしているが、鼻息のたびに靴下が揺れた。


 隣ではポポが下着を一枚くわえて走り、セラが追っている。


「返しなさい!」


「きゅう!」


「それは遊び道具じゃない!」


 レオニスの眉が、ごくわずかに動いた。


「あれが、世界最終敵の日常か」


「見てのとおり忙しい。帰れ」


「決闘を申し込む」


 カイルは門を閉めようとした。


「待て」


「洗濯の邪魔だ」


「世界の命運より洗濯か?」


「子供の服は待ってくれない」


 レオニスは一度、目を閉じた。


「お前と話していると、自分が何をしに来たのか分からなくなる」


「そのまま忘れろ」


 カイルは門の内側へ戻った。


 だがレオニスは帰らない。


 昼になっても、門の前にいた。


 ノアが昼食のパンを一つ持っていく。


「お腹すいた?」


 柵の隙間から差し出す。


 レオニスはパンを見た。


「敵から食料は受け取れない」


「私、敵なの?」


「職業は世界最終敵だ」


「ノアだよ」


 少女は自分の胸を指した。


「名前を聞いているのではない」


「でも、私はノアだよ」


 会話がかみ合わない。


 レオニスが困ったようにカイルを見る。


「俺に助けを求めるな」


 カイルは言った。


 ノアはパンを柵へ置いた。


「食べたくなったらどうぞ」


 夕方、パンはなくなっていた。


 翌朝もレオニスは来た。


 三日目には、壊れた柵を直す大工の手伝いをしていた。


「何をしてる」


 カイルが尋ねる。


「修復費用だけでは足りないと言ったのはお前だ」


「帰れという意味だ」


「言葉は正確に使え」


 レオニスは柱を立てた。


 剣士だけあって力は強い。大工二人で持つ材木を、一人で軽々運ぶ。


 ノアはすぐに懐いた。


「白いお兄さん、これも持って」


「私はレオニスだ」


「レオ兄」


「勝手に縮めるな」


「レオ」


「短くするな」


 カイルは笑いそうになった。


 レオニスがこちらを見る。


「何がおかしい」


「別に」


 昼休み、ノアが焼いたパンを全員で食べた。


 《料理+10》の効果は少しずつ出ている。以前は黒い石だったものが、今は茶色い石くらいになった。


 セラが一口かじり、長い時間をかけて飲み込む。


「硬いわね」


「昨日より柔らかいよ」


 ノアは自信を持って答えた。


「そうね。昨日は歯が負けたもの」


 セラが水を飲む。


 レオニスもパンを口へ入れた。


 表情を変えずに噛んでいる。


「どう?」


 ノアが尋ねる。


「食料としての携帯性は高い」


「おいしい?」


「水に沈めても形を保つだろう」


「おいしい?」


 ノアは逃がさない。


 レオニスはカイルを見た。


「助けを求めるなと言っただろ」


 カイルはスープへパンを浸している。


「……将来性を感じる」


 レオニスが答えた。


 ノアは満足そうに笑った。


 四日目の朝。


 レオニスは修復を終え、庭の中央へ立った。


「カイル。決闘を受けろ」


「まだ諦めてなかったのか」


「お前が養育者として適切か、確かめる」


「俺に勝ったらノアを殺すのか」


「お前に覚悟も力もないと分かれば、連れていく」


「力なら、見てのとおりだ」


 カイルは修復した柵を示した。


「お前が一人で立てた」


「戦闘力の話だ」


「俺は魔獣養育士だ。剣でお前に勝てるわけがない」


「なら、なぜ世界最終敵を守れると言える」


 カイルは答えなかった。


 レオニスの疑問は、もっともだった。


 ノア自身は強い。


 だが、敵へ力を使えばレベルが上がる。カイルが守れなければ、ノアは自分で戦うしかない。


 戦うたび、百へ近づく。


「条件がある」


 カイルは物置から訓練用の木剣を二本出した。


「真剣は使わない。どちらかが地面へ膝をついたら終わりだ」


「受けよう」


 セラが審判を引き受けた。


 ノアは庭の端でポポを抱え、心配そうに見ている。


「始め!」


 セラの声と同時に、レオニスが消えた。


 そう見えるほど速かった。


 木剣がカイルの肩へ迫る。


 カイルは受けない。


 体を沈め、横へ転がった。


 土と一緒に、小さな袋を踏みつぶす。


 黄色い煙が上がった。


 レオニスは息を止め、煙から離れる。


「毒か?」


「花粉だ」


 庭の隅で巨大蜂が羽音を立てた。


 甘い花粉の匂いへ集まり、レオニスの周りを飛ぶ。


「魔獣を使うのか」


「養育士だからな」


 レオニスは蜂を傷つけず、剣の風圧だけで追い払った。


 その間にカイルは距離を取る。


 正面から打ち合えば、一撃も保たない。


 レオニスが踏み込む。


 今度は横薙ぎ。


 カイルは薪の束を蹴り倒した。丸太が足元へ転がる。


 レオニスは跳んだ。


 空中では、方向を変えにくい。


 カイルは着地点へ木剣を突き出す。


 レオニスは自分の剣を地面へ当て、体をひねった。予想と違う場所へ着地し、そのままカイルの胸を打つ。


「ぐっ」


 息が抜けた。


 片膝をつきそうになる。


 カイルは剣を支えに耐えた。


「終わりだ」


 レオニスが次の一撃を振り上げる。


 足元の土が崩れた。


 鎧猪が掘った泥浴び場である。昨夜、カイルが薄い板をかぶせ、土をまいて隠しておいた。


 レオニスの右脚が膝まで沈む。


 カイルは木剣を横から払った。


 騎士団長の剣が飛ぶ。


「もらった」


 喉元へ切っ先を向ける。


 レオニスは片脚を穴へ取られたまま、カイルの手首をつかんだ。


 引き寄せられる。


 額と額がぶつかった。


「痛っ!」


 二人とも地面へ倒れる。


 カイルの膝とレオニスの膝が、ほぼ同時に土へついた。


「そこまで!」


 セラが叫んだ。


 しばらく、誰も動かなかった。


「引き分けね」


 セラが判定する。


「いや、私が先に剣を失った」


 レオニスは穴から脚を抜いた。


「実戦なら、この程度の罠は通じない」


 カイルも立ち上がる。


「実戦なら、蜂も鎧猪も見てるだけじゃない」


 庭の周囲には魔獣たちが集まっていた。


 レオニスは彼らを見回した。


「お前自身が強いわけではない」


「最初から言ってる」


「だが、弱くもない」


「随分と偉そうな合格発表だな」


 レオニスは木剣を拾う。


「ノアが怒れば、私を一瞬で殺せただろう。それでも手を出さなかった」


 庭の端で、ノアは約束どおり座っている。手は強く握られていた。


「それがお前の養育の結果なら、無視はできない」


「では、ノアを狙うのをやめるの?」


 セラが尋ねる。


「まだだ」


 レオニスは首を振った。


「一人の子供として見極める。それまでは剣を向けない」


「言い方を変えただけだ」


 カイルは不満だったが、ノアは立ち上がった。


「じゃあ友達?」


「なぜそうなる」


「殺さない人は、友達になれるかもしれないって、お父さんが言った」


「可能性の話だ」


 カイルが訂正する。


 ノアはレオニスへ手を差し出した。


「よろしくね、レオ兄」


「その呼び方は認めていない」


 レオニスは言ったが、差し出された手を振り払わなかった。


 指先が触れる直前、空が金色に光った。


 巨大な文字が、雲の下へ現れる。


【世界最終敵の活動を確認】


【所在:ベルナー魔獣養育所】


【討伐報奨:金貨十万枚】


【この告知は、全国家・全教会・全冒険者組合へ送信されました】


 四人は空を見上げた。


 ノアが金額を指さす。


「十万枚って、パンいくつ?」


「一生食べても余る」


 カイルが答える。


「私、人気者?」


「逆だ」


 街道の方角で、早くも馬の音がした。


 レオニスが剣を取る。


「ここを離れろ。最初に来るのは、金だけを見ている連中だ」


 カイルは空の告知と、修復したばかりの養育所を見比べた。


 六年守ってきた家を、今度こそ捨てなくてはならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ