第七話 聖騎士レオニス
レオニスは、本当に一人で来た。
始まりの花を見つけてから七日後。
朝の鐘が鳴る頃、白銀の鎧を着た男は養育所の門前へ立っていた。馬も連れず、兜もかぶっていない。腰には長剣が一本。それ以外の武器は見当たらなかった。
「今日は何を燃やしに来た」
門を開けず、カイルは柵越しに尋ねた。
「放火した者は破門され、町の裁判へ引き渡した」
レオニスは表情を変えない。
「修復費用も払う。馬車が後から来る」
「質問に答えてない」
「何も燃やさない。私は約束どおり、自分の目で確かめに来た」
レオニスが視線を庭へ移す。
ノアは火竜の背中へ洗濯物を干していた。
「動かないでね、マルタ」
ノアが頼む。
マルタはじっとしているが、鼻息のたびに靴下が揺れた。
隣ではポポが下着を一枚くわえて走り、セラが追っている。
「返しなさい!」
「きゅう!」
「それは遊び道具じゃない!」
レオニスの眉が、ごくわずかに動いた。
「あれが、世界最終敵の日常か」
「見てのとおり忙しい。帰れ」
「決闘を申し込む」
カイルは門を閉めようとした。
「待て」
「洗濯の邪魔だ」
「世界の命運より洗濯か?」
「子供の服は待ってくれない」
レオニスは一度、目を閉じた。
「お前と話していると、自分が何をしに来たのか分からなくなる」
「そのまま忘れろ」
カイルは門の内側へ戻った。
だがレオニスは帰らない。
昼になっても、門の前にいた。
ノアが昼食のパンを一つ持っていく。
「お腹すいた?」
柵の隙間から差し出す。
レオニスはパンを見た。
「敵から食料は受け取れない」
「私、敵なの?」
「職業は世界最終敵だ」
「ノアだよ」
少女は自分の胸を指した。
「名前を聞いているのではない」
「でも、私はノアだよ」
会話がかみ合わない。
レオニスが困ったようにカイルを見る。
「俺に助けを求めるな」
カイルは言った。
ノアはパンを柵へ置いた。
「食べたくなったらどうぞ」
夕方、パンはなくなっていた。
翌朝もレオニスは来た。
三日目には、壊れた柵を直す大工の手伝いをしていた。
「何をしてる」
カイルが尋ねる。
「修復費用だけでは足りないと言ったのはお前だ」
「帰れという意味だ」
「言葉は正確に使え」
レオニスは柱を立てた。
剣士だけあって力は強い。大工二人で持つ材木を、一人で軽々運ぶ。
ノアはすぐに懐いた。
「白いお兄さん、これも持って」
「私はレオニスだ」
「レオ兄」
「勝手に縮めるな」
「レオ」
「短くするな」
カイルは笑いそうになった。
レオニスがこちらを見る。
「何がおかしい」
「別に」
昼休み、ノアが焼いたパンを全員で食べた。
《料理+10》の効果は少しずつ出ている。以前は黒い石だったものが、今は茶色い石くらいになった。
セラが一口かじり、長い時間をかけて飲み込む。
「硬いわね」
「昨日より柔らかいよ」
ノアは自信を持って答えた。
「そうね。昨日は歯が負けたもの」
セラが水を飲む。
レオニスもパンを口へ入れた。
表情を変えずに噛んでいる。
「どう?」
ノアが尋ねる。
「食料としての携帯性は高い」
「おいしい?」
「水に沈めても形を保つだろう」
「おいしい?」
ノアは逃がさない。
レオニスはカイルを見た。
「助けを求めるなと言っただろ」
カイルはスープへパンを浸している。
「……将来性を感じる」
レオニスが答えた。
ノアは満足そうに笑った。
四日目の朝。
レオニスは修復を終え、庭の中央へ立った。
「カイル。決闘を受けろ」
「まだ諦めてなかったのか」
「お前が養育者として適切か、確かめる」
「俺に勝ったらノアを殺すのか」
「お前に覚悟も力もないと分かれば、連れていく」
「力なら、見てのとおりだ」
カイルは修復した柵を示した。
「お前が一人で立てた」
「戦闘力の話だ」
「俺は魔獣養育士だ。剣でお前に勝てるわけがない」
「なら、なぜ世界最終敵を守れると言える」
カイルは答えなかった。
レオニスの疑問は、もっともだった。
ノア自身は強い。
だが、敵へ力を使えばレベルが上がる。カイルが守れなければ、ノアは自分で戦うしかない。
戦うたび、百へ近づく。
「条件がある」
カイルは物置から訓練用の木剣を二本出した。
「真剣は使わない。どちらかが地面へ膝をついたら終わりだ」
「受けよう」
セラが審判を引き受けた。
ノアは庭の端でポポを抱え、心配そうに見ている。
「始め!」
セラの声と同時に、レオニスが消えた。
そう見えるほど速かった。
木剣がカイルの肩へ迫る。
カイルは受けない。
体を沈め、横へ転がった。
土と一緒に、小さな袋を踏みつぶす。
黄色い煙が上がった。
レオニスは息を止め、煙から離れる。
「毒か?」
「花粉だ」
庭の隅で巨大蜂が羽音を立てた。
甘い花粉の匂いへ集まり、レオニスの周りを飛ぶ。
「魔獣を使うのか」
「養育士だからな」
レオニスは蜂を傷つけず、剣の風圧だけで追い払った。
その間にカイルは距離を取る。
正面から打ち合えば、一撃も保たない。
レオニスが踏み込む。
今度は横薙ぎ。
カイルは薪の束を蹴り倒した。丸太が足元へ転がる。
レオニスは跳んだ。
空中では、方向を変えにくい。
カイルは着地点へ木剣を突き出す。
レオニスは自分の剣を地面へ当て、体をひねった。予想と違う場所へ着地し、そのままカイルの胸を打つ。
「ぐっ」
息が抜けた。
片膝をつきそうになる。
カイルは剣を支えに耐えた。
「終わりだ」
レオニスが次の一撃を振り上げる。
足元の土が崩れた。
鎧猪が掘った泥浴び場である。昨夜、カイルが薄い板をかぶせ、土をまいて隠しておいた。
レオニスの右脚が膝まで沈む。
カイルは木剣を横から払った。
騎士団長の剣が飛ぶ。
「もらった」
喉元へ切っ先を向ける。
レオニスは片脚を穴へ取られたまま、カイルの手首をつかんだ。
引き寄せられる。
額と額がぶつかった。
「痛っ!」
二人とも地面へ倒れる。
カイルの膝とレオニスの膝が、ほぼ同時に土へついた。
「そこまで!」
セラが叫んだ。
しばらく、誰も動かなかった。
「引き分けね」
セラが判定する。
「いや、私が先に剣を失った」
レオニスは穴から脚を抜いた。
「実戦なら、この程度の罠は通じない」
カイルも立ち上がる。
「実戦なら、蜂も鎧猪も見てるだけじゃない」
庭の周囲には魔獣たちが集まっていた。
レオニスは彼らを見回した。
「お前自身が強いわけではない」
「最初から言ってる」
「だが、弱くもない」
「随分と偉そうな合格発表だな」
レオニスは木剣を拾う。
「ノアが怒れば、私を一瞬で殺せただろう。それでも手を出さなかった」
庭の端で、ノアは約束どおり座っている。手は強く握られていた。
「それがお前の養育の結果なら、無視はできない」
「では、ノアを狙うのをやめるの?」
セラが尋ねる。
「まだだ」
レオニスは首を振った。
「一人の子供として見極める。それまでは剣を向けない」
「言い方を変えただけだ」
カイルは不満だったが、ノアは立ち上がった。
「じゃあ友達?」
「なぜそうなる」
「殺さない人は、友達になれるかもしれないって、お父さんが言った」
「可能性の話だ」
カイルが訂正する。
ノアはレオニスへ手を差し出した。
「よろしくね、レオ兄」
「その呼び方は認めていない」
レオニスは言ったが、差し出された手を振り払わなかった。
指先が触れる直前、空が金色に光った。
巨大な文字が、雲の下へ現れる。
【世界最終敵の活動を確認】
【所在:ベルナー魔獣養育所】
【討伐報奨:金貨十万枚】
【この告知は、全国家・全教会・全冒険者組合へ送信されました】
四人は空を見上げた。
ノアが金額を指さす。
「十万枚って、パンいくつ?」
「一生食べても余る」
カイルが答える。
「私、人気者?」
「逆だ」
街道の方角で、早くも馬の音がした。
レオニスが剣を取る。
「ここを離れろ。最初に来るのは、金だけを見ている連中だ」
カイルは空の告知と、修復したばかりの養育所を見比べた。
六年守ってきた家を、今度こそ捨てなくてはならなかった。




