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ラスボスの養育係  作者: 藤崎聖子


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第四話 レベルを上げるな

翌朝、養育所の壁に三つの規則が貼られた。


 一、戦わない。


 二、危険な場所へ行かない。


 三、経験値が入りそうなことをしない。


 ノアは椅子へ立ち、三番目の紙を読んだ。


「お父さん。質問」


「何だ」


「経験値が入りそうなことって?」


 カイルは答えようとした。


 昨日の出来事を思い返す。


 危険を突破すれば入る。


 戦闘に勝っても入る。


 人や魔獣を助けた場合にも入るらしい。


 どこまでが危険で、何をもって突破とするのか。鑑定板の説明には書かれていない。


「俺にも分からん」


「じゃあ守れないよ」


「正論を言うな。朝からつらい」


 カイルは規則の下へ、新しい紙を貼った。


 四、なるべく静かに暮らす。


「これは分かる」


 ノアは頷いた。


 その日の午前中、畑の巨大カボチャが暴れた。


 原因はポポだった。


 まだ青い実へ噛みつき、驚いたカボチャが根を引き抜いて逃げたのである。


「きゃあ! 待って!」


 ノアが畑を追う。


 人の頭ほどある実が、蔓を脚のように使って走っていく。


「追うな!」


 カイルも後を追った。


「だって畑から逃げちゃう!」


「逃がせ! カボチャ一個と世界なら、カボチャを諦める!」


「お父さん、畑を大事にしてって言ったよ!」


「今日から方針が変わった!」


 ノアはカボチャへ追いつき、蔓をつかんだ。


 実が振り回しても離さない。


「落ち着いて。ポポ、もうかじらないよ」


 ポポは後ろで口笛のような鳴き声を出した。目を合わせない。


 カボチャはしばらく暴れ、やがて畑へ戻った。


【暴走植物を鎮静しました】


【経験値を取得しました】


「嘘だろ」


【Lv2 → Lv3】


 カイルは四番目の紙を剥がした。


「静かに暮らすだけでは駄目だ」


「カボチャ、静かになったよ」


「結果の話じゃない」


 午後は掃除をさせた。


 養育所の中なら危険はない。


 ノアは箒を持ち、ポポと廊下を進んだ。カイルは少し離れて見守る。


「ポポ、そっちの埃を集めて」


「きゅう」


 ポポは翼を羽ばたかせた。


 埃が舞い上がり、全部カイルの顔へ飛んだ。


「掃除の意味を教えるところからか」


 屋根裏へ上がると、古い鏡があった。


 前の持ち主が残した品だ。表面へ布をかぶせ、誰も触れないようにしていた。


 ノアは当然、触れた。


「お父さん、この鏡、泣いてる」


「離れろ」


 鏡から黒い腕が伸びた。


 百年前に封じられた悪霊が、ノアの手首をつかむ。


『身体を寄こせ』


 悪霊が口を開いた。


 ノアは首を傾げる。


「どうして?」


『どうして?』


 悪霊のほうが聞き返した。


「身体がほしいの?」


『そうだ。我は百年、この鏡へ――』


「外に出たいなら、鏡ごと運んであげるよ」


 ノアは鏡を抱えた。


 悪霊は腕を引っ込めた。


『待て。そういう意味ではない』


「どこへ行きたい?」


『いや、だから身体を奪い――』


「人のを取ったらだめだよ」


 ノアが叱ると、鏡の表面にひびが入った。


 悪霊は悲鳴を上げ、黒い煙になって消えた。


【呪われた鏡を浄化しました】


【Lv3 → Lv4】


 カイルは掃除道具を片づけた。


「掃除も禁止だ」


「じゃあ、お父さんが全部やるの?」


「……鏡のない場所だけ手伝え」


 翌日は昼寝をさせた。


 眠っている限り、事件は起こらない。


 カイルは寝台の横へ座り、報告書を書いた。鎧猪の件を冒険者組合へ知らせ、街道へ魔獣用の通路を作るよう求める文書だ。


 一時間ほどして、ノアが寝言を言った。


「こっちだよ」


 カイルは筆を止めた。


「誰と話してる?」


「おばけさん」


「起きてるのか?」


 ノアの目は閉じている。


 部屋の空気が冷えた。


 彼女の夢へ入り込もうとした夢魔が、逆に寝台の脇へ引きずり出される。


 山羊の角を持つ小さな魔物は、涙目だった。


「人間の夢を食べようとしただけなのに、この子の夢が広すぎる!」


 夢魔がカイルへ訴えた。


「どんな夢だった?」


「知らない空と、知らない海と、見たことのない生き物が、まだ何もない場所から次々に……」


 夢魔は震え、窓から逃げた。


【精神侵入を撃退しました】


【Lv4 → Lv5】


 ノアが目を開ける。


「よく寝た」


「昼寝も禁止にしたい」


「眠い時はどうするの?」


「寝ろ。もう好きにしてくれ」


 レベルを上げない生活は、三日で破綻した。


 何をしても、小さな事件が起きる。


 ノアは戦おうとしていない。むしろ困っているものを助けているだけだ。


 それでも経験値は入る。


 カイルは仕組みを調べるため、町の図書館へ向かった。


 ノアはハンナへ預ける。


「今日は絶対に、危険なことをさせるな」


 カイルは店先で念を押した。


 ハンナは小麦粉の袋を棚へ積みながら答える。


「六歳の子に危険なことなんてさせないよ」


「料理も掃除も昼寝も危険だった」


「それは、あんたの家がおかしいんじゃないかい?」


 否定できなかった。


 図書館には、レベルに関する本が十七冊あった。


 経験値は戦闘だけでなく、本人にとって意味のある成長や困難の克服でも得られる。


 つまり危険を避けても、新しいことを学べば上がる可能性がある。


 何も教えず、何も経験させず、誰とも会わせない。


 そうすれば、レベルを抑えられるかもしれない。


 カイルは本を閉じた。


 それは育てることではない。


 生かしたまま、人生を奪うことだ。


「どうしろっていうんだ」


 頭を抱えた時、町の鐘が鳴った。


 火事を知らせる鐘ではない。


 魔獣襲撃の警報だった。


 カイルは図書館を飛び出した。


 広場で巨大な羽根蜥蜴が暴れている。荷車へ積まれていた卵が孵り、母親を求めて飛び出したらしい。


 そして、その背中にノアが乗っていた。


「ノア!」


 カイルが叫ぶ。


 ノアは片手で角につかまり、もう片方の手を振った。


「お父さん! この子、お母さんのところへ帰りたいって!」


「降りてから説明しろ!」


 羽根蜥蜴が広場を一周する。


 町の兵士が槍を構えた。


「待て! 攻撃するな!」


 カイルは兵士と蜥蜴の間へ入る。


「あれは幼体だ。人を襲ってるんじゃない。出口が分からず走っているだけだ」


「だが止まらないぞ!」


 兵士が怒鳴る。


 カイルは広場を見回した。


 羽根蜥蜴は光を頼りに巣へ帰る習性がある。昼間なら太陽の方向。だが建物に囲まれた広場では、窓ガラスの反射が多すぎる。


「店の鎧戸を全部閉めろ! 南門だけ開けるんだ!」


 ハンナが真っ先に動いた。


「聞いたね! ぼさっとしない!」


 店主たちが次々に窓を閉める。


 広場が暗くなり、南門からだけ陽光が差した。


 羽根蜥蜴が光へ向きを変える。


「ノア、降りられるか!」


「この子と一緒に行く!」


「門を出たら跳べ! ポポが受け止める!」


「ポポ、小さいよ!」


「今日は大きくなれ!」


「きゅう!?」


 突然役目を与えられたポポが目を丸くする。


 それでも南門へ走った。


 羽根蜥蜴が門を抜ける。


 ノアが背中から跳んだ。


 ポポも跳ぶ。


 白い体が光に包まれ、馬ほどの大きさへ膨らんだ。


 ノアを背中で受け止め、そのまま地面を転がる。


 羽根蜥蜴は森の上へ飛び、母親の鳴き声がする山へ消えた。


 広場から歓声が上がる。


 ノアは巨大化したポポへ抱きついた。


「ポポ、すごい!」


「きゅう!」


 得意げに鳴いた途端、ポポは元の大きさへ戻り、ノアの下で潰れた。


「きゅ……」


「ごめん!」


 カイルは二人へ駆け寄った。


「怪我は?」


「ないよ」


「そうか。なら帰ったら説教だ」


「助けたのに?」


「勝手に背中へ乗った分だ」


 ノアは不満そうだったが、逃げなかった。


 成長している。


 その結果が、また空中へ現れた。


【迷子の魔獣を救助しました】


【特殊条件:母子の再会を達成】


【Lv5 → Lv8】


「三つも上がった!?」


 カイルの声が裏返る。


 町の者たちは、彼がなぜ青ざめたのか分からない。


 ノアだけは、喜ぶ前に父の顔を見た。


「お父さん。私、上がらないほうがいいの?」


 初めての問いだった。


 カイルはすぐ答えられなかった。


「上がることが悪いわけじゃない」


 言葉を選ぶ。


「ただ、お前の力は少し大きい。使い方を覚える前に増えると、危ないんだ」


「じゃあ、ちゃんと覚える」


 ノアは真っすぐ答えた。


「お父さんが教えて」


 カイルは頷くしかなかった。


 経験を奪ってレベルを止めるのではない。


 上がる速度より早く、使い方を教える。


 それが唯一、育てると呼べる道だった。


 養育所へ戻った夜。


 カイルはノアの成長状態を《養育》で確認した。


【養育対象:ノア】


【Lv:8】


【次の成長まで:わずか】


【成長方向を選択できます】


 初めて見る表示だった。


【候補:魔力+10/攻撃力+10/料理+10/共感+10】


 カイルは迷わず《料理+10》を選んだ。


 翌朝、ノアが焼いたパンは黒い石になった。


「本当に十も上がったのか?」


「前より丸いよ」


「形の話だったか」


 笑っていると、ポポが窓の外へ吠えた。


 森の木々の間に、白い鎧が見える。


 一人、二人ではない。


 五十人の聖騎士が、音もなく養育所を包囲していた。


 先頭の騎士が、封印された巻物を開く。


「神託により、世界最終敵の所在を確認した」


 カイルはノアを背へ隠し、鑑定板を見た。


【Lv8 → Lv9】


 黒いパンを焼いただけで、いつの間にか一つ上がっていた。


 次は、節目の十だった。


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