第三話 ラスボス、歩く
「お父さん、ドラゴン飼っていい?」
「駄目だ」
カイルは鍋のスープをかき混ぜながら答えた。
朝食前である。
相談の時刻として早すぎるし、内容もよくない。
「どうして?」
六歳になったノアは、厨房の椅子へ座って足を揺らしている。黒い髪は寝癖で片側だけ跳ね、口元にはつまみ食いしたパンくずがついていた。
「うちには、もう火竜が三頭いる」
「あの子たちは預かってるだけでしょ?」
「預かってるだけでも餌は食うし、屋根は焦がすし、寝床は壊す。増やす余裕はない」
「でも、もういるよ」
カイルの手が止まった。
聞き覚えのある嫌な流れだった。
「どこに?」
ノアは天井を指さした。
直後、屋根が抜けた。
板と藁が厨房へ降る。
カイルは鍋を抱えて飛び退いた。さっきまで鍋があった場所へ、青い竜の頭が逆さに突き出る。
「グオオオオ!」
竜が元気よく吠えた。
「朝から屋根を壊すな!」
カイルも負けずに怒鳴った。
「この子、ルル」
ノアは椅子から降り、竜の鼻先を撫でた。
「名前をつけるな。情が移る」
「もう友達だよ」
「友達なら、家へ帰るよう説得しろ」
「ルルのお家、ここがいいって」
「本人に聞いたのか?」
「うん」
青竜がもう一度吠えた。
カイルには「ここがいい」と聞こえない。ただ、ノアには魔獣の感情が言葉に近い形で分かるらしい。
六年前、黒角熊まで頭を下げさせた《魔獣好感》。成長した今では、森の魔獣の半分と顔見知りだった。
友達が増えるたび、餌代も増えた。
「ルルは野生の水竜だ。川へ返す」
カイルが言い切ると、ノアは唇を尖らせた。
「屋根、直してから?」
「当然だ」
青竜は屋根を直さなかった。
水を吐いて厨房を水浸しにし、ノアと一緒に逃げた。
「待て、二人とも!」
カイルが追って庭へ出ると、朝の養育所はすでに騒がしかった。
火竜のマルタは日向で翼を広げている。六年前の卵から孵った子竜は、人に慣れ、今では山間の運送隊で働いていた。
鎧猪は泥浴び場を掘りすぎて、柵の下へ穴を開けている。
三つ目梟は夜勤明けで、片目ずつ順番に眠っていた。
小さな白い魔獣が、ノアの後ろを走る。
犬のような体に、竜の角と翼。名はポポ。
三年前、森で怪我をしていたところをノアが拾った。それ以来、彼女の寝台の下を自分の巣だと思っている。
「ポポ、ルルを止めて!」
ノアが叫んだ。
ポポは勢いよく青竜へ飛びつき、尻尾にぶら下がった。
体格差は百倍以上ある。
当然、引きずられた。
「きゅううう!」
「ポポ、頑張って!」
「応援する前に離させろ!」
カイルは餌桶を持ち上げた。水竜が好む銀魚の匂いを風上から流す。
ルルの足が止まる。
鼻先が餌桶へ向いた。
「まず屋根だ。直したら食わせる」
カイルは折れた板を見せ、屋根を指した。
ルルは少し考え、翼で風を起こした。散らばった板が浮き、穴の上へ重なる。
雑ではあるが、屋根らしい形へ戻る。
「よし」
銀魚を一匹投げる。
ルルは空中で飲み込んだ。
ノアが目を輝かせる。
「お父さん、すごい」
「魔獣は悪さをした後のほうが、言うことを聞く。自分でも少し気まずいからな」
青竜は目をそらした。
「ルル、気まずいの?」
ノアが顔をのぞき込む。
ルルは残りの魚をくわえ、そのまま川の方角へ飛び去った。
「逃げたね」
「帰ったと言え」
朝食を終える頃、養育所へ女剣士が来た。
栗色の髪を首の後ろでまとめ、旅装の上から革鎧を着ている。腰には細身の長剣。歩き方に無駄がない。
「カイル・ベルナーさん?」
女剣士が門の前で尋ねた。
「そうだ」
カイルは壊れた屋根を見上げていた。
「魔獣養育所への依頼で来たのだけど、取り込み中?」
「いつもこんなものだ。要件は?」
女剣士は懐から冒険者組合の札を出した。
「セラ・ミルフォード。護衛と討伐を専門にしている。森の街道に鎧猪が出たわ。荷馬車を三台壊している」
泥浴び場にいた鎧猪が、聞こえないふりをして背を向けた。
セラはそちらを見た。
「……ここにもいるわね」
「あれは別の個体だ。荷馬車を壊す度胸はない」
鎧猪が小さく鳴いた。
「本人もそう言ってる」
カイルが説明すると、セラは怪しむ目を向けた。
「魔獣の言葉が分かるの?」
「習性が分かるだけだ。街道の個体も、理由があって暴れている可能性がある。討伐の前に見たい」
「人が死んでからでは遅い」
「だから今日行く」
二人が話していると、ノアがポポを抱いて出てきた。
「お父さん、お出かけ?」
「仕事だ。お前はハンナの店で留守番」
「私も行く」
「駄目だ」
「どうして?」
「危険だからだ」
「お父さんも危険だよ」
「俺は仕事」
「私もお手伝いする」
同じやり取りを三度繰り返した。
最後には、ノアが荷車の下へ隠れた。カイルが気づかないと思ったらしい。靴が二本とも外へ出ている。
セラは笑いをこらえながら尋ねた。
「娘さん?」
「そうだ」
「ずいぶん好かれてるのね」
「魔獣にも、子供にも、甘く見られてる」
カイルは荷車の下をのぞいた。
「ノア。出てこい」
「いないよ」
「返事をした時点で負けだ」
結局、ハンナの店は臨時休業だった。
養育所へ置けば、ノアは一人で追ってくる。過去に二度あった。
カイルは条件つきで同行を認めた。
「俺のそばから離れない。勝手に魔獣へ触らない。危険だと思ったら、すぐ木の陰へ隠れる」
「分かった!」
ノアが元気よく答える。
カイルはしゃがみ、目線を合わせた。
「今言った三つを繰り返せ」
「お父さんのそば。勝手に触らない。危ない時は隠れる」
「よし」
セラが感心したように見る。
「慣れてるわね」
「魔獣も子供も、返事だけなら上手い」
「私、ちゃんとできるよ」
ノアが抗議した。
「期待してる」
三人と一匹は街道へ入った。
森は昨夜の雨で濡れている。木の葉から落ちる雫が光り、土には多くの足跡が残っていた。
カイルは壊れた荷車を調べた。
車輪が砕け、荷台が横倒しになっている。積んでいた麦袋には手をつけた跡がない。
「食料目的ではないな」
カイルが呟くと、セラは折れた車軸を示した。
「荷車へ体当たりしている。十分に危険よ」
「襲った方向が変だ」
「方向?」
「街道の外へ押し出してる。人を狙うなら、荷台の側面ではなく御者席へ来る」
ノアが地面へしゃがんだ。
「小さい足あとがあるよ」
泥の中に、鎧猪の幼体らしい跡がいくつも続いていた。
街道を横切り、反対側の森へ消えている。
「子供を通していたのか」
親の鎧猪は、荷車から幼体を守ろうとしていた。
カイルは足跡を追った。
森の奥で、低い唸り声がする。
木々の間に大きな鎧猪がいた。体は牛より大きく、背を覆う甲殻には古い傷がある。
四頭の子が、その腹の下へ隠れていた。
「討伐の必要はない」
カイルが小声で告げた。
「巣と水場の間に、新しい街道ができたんだ。子を渡らせるために荷車を止めていた」
「理由は分かった。でも、放っておけばまた襲うわ」
セラは剣の柄へ手を置いている。
「別の道を覚えさせる。鎧猪は匂いの道標を使う」
カイルは袋から乾燥果実を出した。少しずつ地面へ置き、安全な獣道まで誘導する。
親猪は警戒していたが、攻撃してこない。
順調だった。
最後の一頭が崖の上から姿を現すまでは。
雄の鎧猪。
体のあちこちに矢が刺さり、片目が血で潰れている。
セラが息をのんだ。
「討伐隊に追われた個体よ」
痛みと恐怖で我を失っている。
雄猪はセラへ狙いを定めた。
「下がれ!」
カイルが叫ぶ。
セラは横へ跳び、牙をかわした。剣で甲殻の隙間を狙うが、傷ついた猪は止まらない。
カイルは走り方を見る。
右後脚をかばっている。
「セラ、左へ誘導しろ! 右には曲がりにくい!」
セラが木々の間を走る。
猪は追った。
カイルは縄を幹へかけ、進路へ輪を投げる。前脚へ引っかかれば転ばせられる。
だが猪は予想より早く向きを変えた。
セラではない。
ノアを見た。
「ノア、木の陰へ!」
ノアは動かなかった。
ポポが彼女の前へ立ち、毛を逆立てている。
雄猪が地面を蹴った。
「ノア!」
カイルは間に合わない。
セラの剣も届かない。
突進がノアへ迫る。
「だめ!」
ノアが両手を突き出した。
地面が割れた。
太い蔓が何十本も噴き出し、雄猪の胴へ巻きつく。突進の勢いごと巨体を持ち上げ、頭上の枝から逆さに吊った。
森が静まる。
セラは剣を構えたまま、口を開けていた。
「いまのは、何?」
彼女が尋ねる。
カイルにも分からない。
ノアは吊られた猪を見上げた。
「みんなを、いじめちゃだめ」
雄猪が情けない声で鳴く。
怒りが収まったらしい。
「お父さん。下ろしていい?」
「待て。先に矢を抜く」
カイルは蔓へ命じる方法をノアに聞き、猪を動かない高さまで下げた。傷へ鎮静薬を塗り、一本ずつ矢を抜く。
最後の矢が抜けると、雄猪の呼吸が落ち着いた。
ノアが手を振る。
蔓がほどけ、猪は地面へ降りた。
雄猪はノアの前へ来た。
カイルとセラが身構える。
猪は頭を下げた。
雌と子供たちも後ろへ並ぶ。
「お父さん。これで街道を襲わない?」
「新しい道を覚えればな。よくやった」
ノアの顔が明るくなる。
その笑顔を見て、カイルは褒めたことを後悔しそうになった。
空中に光が集まったからだ。
【危険を突破しました】
【経験値を取得しました】
「待て」
カイルが表示へ手を伸ばす。
触れて止められるものではない。
【ノアのレベルが上昇しました】
【Lv1 → Lv2】
六年間、日々の成長だけではレベルは動かなかった。最初の《危険突破》が、眠っていた成長の仕組みを起こしたらしい。
ノアは文字を読み、両手を上げた。
「やったあ!」
「やってない!」
カイルの叫びに、森の鳥が一斉に飛び立った。
セラは驚いて彼を見る。
「普通、娘のレベルが上がったら喜ぶところじゃないの?」
「うちは違う」
「どう違うの?」
「家庭の事情だ」
ノアは自分の手を見つめた。
「私、強くなった?」
嬉しそうな声だった。
カイルは答えに詰まる。
ノアは危険を退け、セラと鎧猪を助けた。成長を喜ぶのは当然だ。
「少しな」
カイルは慎重に答えた。
「でも、強くなったことより、力を止められたことのほうが立派だ」
「猪さん、痛そうだったから」
「その気持ちを忘れるな」
帰り道、ノアは上機嫌だった。
セラは何度もカイルを見たが、事情を聞かなかった。
森の出口へ着いた時、三つ目の黒い鳥が枝へ止まった。
養育所にいる梟とは違う。羽毛が石のように硬く、額に古い文字がある。
鳥はノアを見下ろした。
「始まりの子が、歩き始めた」
人の言葉だった。
セラが剣を抜く。
「誰?」
彼女が問いかけると、黒い鳥は羽ばたいた。
「終わりを恐れる者が、まもなく来る」
鳥は黒い羽根を一枚残し、空へ消えた。
「今の鳥、しゃべったわね」
セラは剣を抜いたまま、枝の揺れを見ていた。
「見れば分かる」
カイルは黒い羽根を拾う。
石のように硬く、表面に小さな文字が刻まれている。
【始まりを守れ】
誰へ向けた言葉かは分からない。
「それより、聞きたいことがあるの」
セラの声から軽さが消えた。
「どうして、娘さんのレベルが上がって悲鳴を上げたの?」
「家庭の事情だと言った」
「その事情は、しゃべる古代魔獣と関係がある?」
カイルは答えない。
ノアはポポと一緒に少し先を歩いている。鎧猪の子供たちが森の奥まで見送るらしく、足元へ並んでいた。
「私は、仕事でここへ来た」
セラは続ける。
「森の魔獣が一か所へ集まっている理由を調べるために。もし、あの子が魔獣を暴走させる危険を持っているなら、黙って帰れない」
「暴走させてない。今日も止めただろ」
「あの蔓は普通じゃなかった」
「ノアは普通の子供だ」
「普通の子供は、鎧猪を木から吊らない」
反論できなかった。
セラは剣を鞘へ戻す。
「隠したいなら、もっと上手く隠しなさい。あなた、嘘が下手よ」
「よく言われる」
「今夜、話を聞かせて。聞くまでは組合へ報告しない」
「聞いた後は?」
「自分で決める」
その答えが、カイルには一番怖かった。
規則や命令へ従うだけの相手なら、行動を予想できる。
自分で決める者が何を選ぶかは、分からない。
養育所へ戻ると、ノアは鎧猪の件を魔獣たちへ話して回った。
「おっきい猪さんを、蔓でこうしたの」
両手を上げ、逆さに吊る動きを見せる。
黒角熊が感心したように鼻を鳴らした。
「自慢するな」
カイルはノアの頭を軽く押す。
「助けた話だよ」
「最後にレベルが上がった」
「一つだけ」
「一つでも上がった」
ノアは首を傾げた。
「レベル、嫌い?」
「嫌いというか……」
カイルは言葉を探す。
まだ真実を話せない。
六歳の子供へ、百になれば世界が終わると伝えて何になる。
毎日の成長を、自分で怖がらせるだけだ。
「刃物と同じだ。便利だが、使い方を知らないと危ない」
「包丁?」
「そうだ」
「私、包丁使えるよ」
「前にまな板ごと切っただろ」
「野菜は切れた」
「台所を二日使えなくした」
「今度は上手くできる」
「だから、覚えてから使えと言ってる」
ノアは納得したような、していないような顔で頷いた。
夕食後、ハンナがノアを自分の家へ連れていった。
「泊まりは久しぶりだね」
ノアは寝巻きとポポを抱えている。
「お父さんも来る?」
「今日はセラと話がある」
「何の?」
「大人の話だ」
「それ、子供に教えたくない時に言う言葉だよ」
「誰に教わった」
「ハンナおばちゃん」
「本人の前で言うんじゃないよ」
ハンナは笑い、ノアの背を押した。
「行くよ。今夜は孫たちもいる。枕投げでもしな」
「枕、投げていいの?」
「家を壊さない程度にね」
カイルは不安になった。
「ハンナ。絶対に魔力を使わせるな」
「分かってるよ」
「前に、孫へ木登りを教えただろ」
「子供は木に登るものさ」
「落ちたらどうする」
「下で受け止める」
「最初から登らせるな」
ノアがカイルを見上げた。
「お父さん、心配しすぎ」
「誰のせいだ」
「お父さんの性格?」
セラが吹き出した。
ハンナたちが帰ると、養育所は急に静かになった。
カイルは書斎へセラを通した。
机に鑑定板を置く。
「話す前に、約束してほしい」
「内容を聞かずにはできない」
「ノア本人へ、俺の許可なく話さない」
セラは少し考えた。
「命へ直接関わることでない限り、約束する」
「関わる」
「なら、なおさら無条件では約束できない」
彼女はまっすぐカイルを見る。
強情だ。
同時に信頼できる。
「分かった。まず見せる」
カイルは六年前、ノアを最初に鑑定した記録を再生した。
【個体名:未設定】
【種族:人間】
【Lv:1】
【職業:世界最終敵】
【Lv100到達時:世界終了】
セラは一度読み、もう一度読んだ。
「偽物では?」
「俺も最初にそう思った」
「鑑定板の故障は?」
「自分と魔獣へ使った。正常だった」
「別の鑑定は?」
「町へ連れていけば記録が残る。試せなかった」
セラは椅子へ座った。
手を組み、長く黙る。
「だから、レベルが上がるのを恐れたのね」
「百へ着かなければ、何も起きない」
「今は二」
「九九まで余裕がある」
口にした途端、セラが信じられない顔をした。
「それを余裕と言うの?」
「六年間、一のままだった」
「今日、初めて戦って上がった」
「だから二度と戦わせない」
「今日の猪は、ノアを狙った。避けて暮らすだけでは無理よ」
「分かってる」
「分かっていないわ」
セラの声が厳しくなる。
「あの子を世界から隠して、何もさせず、何も知らないまま育てるつもり?」
「殺されるよりましだ」
「生かすことと、育てることは違うでしょう」
カイルは言い返そうとした。
自分がいつも魔獣の飼い主へ伝えている言葉だった。
檻へ入れ、餌を与えるだけでは育てたことにならない。
習性に合う場所で、他者との関わりを覚え、自分の力を正しく使えるようにする。
ノアにだけ、逆のことをしようとしていた。
「では、どうしろと言う」
カイルは声を落とす。
「百になれば世界が終わるかもしれない。教えれば、六歳の子供が自分の成長を恐れる。教えなければ、何も知らずに上がる」
「私にも分からない」
セラは認めた。
「答えがあると思って責めたのか」
「答えがないから、あなた一人で抱えるなと言ってる」
その言葉に、カイルは黙った。
「なぜ、そこまで関わる」
セラは腰の銀札へ触れた。
まだカイルは、そこに刻まれた名を知らない。
「十二年前、弟が死んだ」
彼女は静かに話し始めた。
「村を魔獣が襲ったの。私は弟を家へ残し、助けを呼びに走った」
「何の魔獣だ」
「飢えた森牙獣。冬が長くて、山に餌がなかった」
カイルは習性を知っている。
本来、人里へ近づかない臆病な魔獣だ。
「騎士が討伐した。村の人は喜んだわ。でも弟は戻らなかった」
セラは銀札を握る。
「私は魔獣を憎んだ。剣を覚え、見つけるたびに倒した」
「過去形か」
「ある日、巣で子供を見つけた。親を殺したのは私だった」
セラは目を伏せる。
「あの子たちも、冬を越すために里へ来た。だからといって弟が死んでいい理由にはならない。でも、魔獣を全部悪と決めても弟は戻らない」
「子供はどうした」
「組合へ連れていった。あなたの養育所を紹介されたけど、当時は顔を合わせなかった」
カイルは思い出した。
十年前、森牙獣の幼体を三頭預かった。
依頼主の名は伏せられていた。
「あいつらを連れてきたのは、お前か」
「元気?」
「二頭は森へ帰った。一頭は猟師の家で、畑を荒らす鼠を追ってる」
セラは息を吐いた。
「そう」
「ノアを殺さないのか」
カイルは直接聞いた。
「世界を守るなら、今が一番確実だ」
セラは鑑定板を見る。
「理屈ならね」
「理屈では、そうだ」
「でも今日、ノアは私を助けた。鎧猪も殺さなかった。まだ何もしていないどころか、もう誰かを助けてる」
セラは板を伏せる。
「私は、職業名だけであの子を殺せない」
「世界より、今日会った子供を選ぶのか」
「選ぶんじゃない。両方を守る方法を探す」
六年前、カイルがしたのと同じ答えだった。
「見つからなかったら?」
「その時に、また考える」
「無責任だな」
「あなたに言われたくないわ」
二人は少しだけ笑った。
外で、火竜が鳴いた。
続いて馬車の音が止まる。
ハンナが戻ってきたのかと思った。
窓から見ると、違う。
町の宿屋の少年が、息を切らして立っている。
「カイルさん!」
少年は手紙を差し出した。
「ハンナさんの家の前に、白い服の人が来ています。ノアちゃんのことを聞いて回ってる!」
セラとカイルは同時に立った。
「教会か」
「神託を受けたと言ってた!」
カイルは鑑定板をつかむ。
「ノアを迎えに行く」
「私も行く」
セラは剣を取った。
この夜、彼女は調査員ではなく、ノアを守る側へ立つと決めた。
教会の者は、ハンナの家へ踏み込む前に姿を消した。
偵察だけだったらしい。
ノアは何も知らず、孫たちと枕投げをしていた。
部屋の中では枕が破れ、羽毛が雪のように舞っている。
「家を壊さない程度と言っただろ」
「壊れてないよ」
「枕が三つ死んでる」
「枕は生きてない」
「そういう問題じゃない」
カイルはノアを抱き上げた。
「帰るぞ」
「まだ遊ぶ」
「明日だ」
「約束?」
教会の偵察が来た以上、明日も同じ暮らしができる保証はない。
それでもカイルは頷いた。
「約束する」




