第十四話 世界最終敵は二人いた
遺跡への道は、地図より先になくなっていた。
「ここからは道ではない」
崖の前で、レオニスが言う。
「地図には道と書いてあるぞ」
カイルは紙を見る。
「一万年前の地図じゃからな」
エルドが平然と答える。
「先に言え」
「聞かれなかった」
谷へ続くはずの場所には、深い亀裂が走っている。
底は霧で見えない。
向こう岸まで三十歩ほど。飛び越せる距離ではない。
ノアが手を上げた。
「橋、作ろうか?」
「経験値が入りそうだな」
カイルは周囲を見た。
倒木が数本ある。長さは足りないが、蔓でつなげば渡れる。
「普通に作る」
「普通って大変だね」
「大変でも、覚えておけば力が使えない時に困らない」
全員で倒木を運んだ。
レオニスとセラが木を渡し、カイルが蔓の結び目を作る。ノアはポポと一緒に細い枝を落とした。
一時間後、頼りない橋が完成した。
エルドが足を載せる。
木が大きく沈んだ。
「わしから行こう」
「本を半分置いていけ」
「断る」
「落ちたら拾わないぞ」
老人は地図以外の本を三冊、岩陰へ隠した。
全員が渡り終えた後、ポポだけが橋の前で止まった。
谷の奥を見つめ、低く鳴く。
「怖いの?」
ノアが抱き上げようとする。
ポポは避けた。
白い体が震え、背中から光が漏れる。
翼が大きくなる。
一瞬だけ、山ほどもある竜の影が谷へ映った。
すぐ元へ戻る。
「今のは何だ?」
レオニスが剣へ手を置く。
エルドは眼鏡を押し上げた。
「古代種の記憶反応じゃ。ポポは、この場所を知っておる」
「きゅう……」
ポポはノアの足へ体を寄せた。
「大丈夫。一緒に行こう」
ノアが抱くと、震えが止まった。
谷の奥には、黒い石でできた門があった。
卵形の輪を、二体の石像が守っている。
一体は人。
もう一体は、獣の頭を持つ巨人。
「鍵穴がない」
セラが門を調べる。
「古代文字は?」
カイルはエルドを見る。
「『終わりを連れた者、育てた者と共に来たれ』」
老人が読み上げる。
カイルは記録袋から、森の黒い鳥が残した羽根を取り出した。【始まりを守れ】と刻まれた文字は、門の文字と同じ形をしている。
あの鳥は警告しただけではない。ここへ来る者を、ずっと待っていたのだ。
「ノアとカイルのこと?」
セラが二人を見る。
「試すしかない」
カイルとノアが門へ触れた。
何も起きない。
「育てた者として認められておらんのでは?」
エルドが言う。
「六年育てた」
「朝食の野菜を残しても叱らんからじゃ」
「叱ってる」
ノアが小さな声で口を挟む。
「見つからないようにポポへあげてる」
カイルはゆっくり娘を見る。
「帰ったら話がある」
その時、ポポが門へ前脚を置いた。
三人の魔力が重なる。
門の卵形が光り、左右へ開いた。
「ポポも鍵か」
内部から、乾いた風が吹く。
遺跡は地下へ続いていた。
壁には光る苔が生え、足を踏み入れるたびに青く灯る。
最初の広間に、巨大な壁画があった。
一つの世界が砕けている。
その破片から、別の世界が芽を出している。
「同じ記号じゃ」
エルドが壁へ近づく。
「破壊と誕生が、同じ古代文字で描かれておる」
「昔の人、字を減らしすぎじゃない?」
ノアが言う。
「お前の感想が一番正しいかもしれん」
さらに奥には、石の板が並んでいた。
エルドが一枚ずつ読み上げる。
「第七世界、寿命限界」
「魔力循環、維持不能」
「最終工程体を起動」
老人の声が止まった。
「何と書いてある?」
カイルが促す。
「最終工程体、Lv100へ到達。移行完了」
ノアがカイルの手を握る。
「私の前にもいたの?」
「ああ」
エルドは別の石板を調べる。
「少女だった。名はアニマ。到達時の年齢は十四」
「世界は終わったのか?」
レオニスが尋ねる。
「『移行完了』としかない。滅亡とは書かれておらん」
「では、私たちの世界は?」
セラが周囲を見る。
「前の世界の続きか、新しく生まれた世界か」
誰も答えられない。
ノアはアニマの名が刻まれた石板へ触れた。
光が広がり、壁に新しい映像が現れる。
黒髪の少女と、手をつなぐ男。
男の胸には、見覚えのある印がある。
カイルの《養育》と同じ印だ。
「前にも養育者がいた」
エルドが呟く。
ポポが映像の男へ近づいた。
鼻先を壁へつけ、悲しそうに鳴く。
「知ってるの?」
ノアが尋ねる。
ポポの目から、一滴だけ涙が落ちた。
次の部屋には石棺があった。
蓋へ、養育の印が刻まれている。
レオニスとセラが両側を持ち、ゆっくり開けた。
中に遺体はない。
古びた日記と、小さな木彫りの舟だけが残されていた。
カイルは舟を手に取った。
ノアの名を決めた夜を思い出す。
「偶然か?」
日記の最初の頁には、こう書かれていた。
『アニマを敵と呼ぶな』
『この子は最後の敵ではない』
『世界の――』
その先だけ、刃物で削り取られている。
突然、遺跡全体が揺れた。
天井から砂が落ちる。
「誰かが入ってきた」
レオニスが剣を抜く。
入口側から、金属の足音が近づいていた。
白い法衣を鎧の上へ着た兵士たち。
教会の禁書管理局だ。
「記録を渡せ」
先頭の神官が告げる。
「世界最終敵が過去にも存在した事実は、民へ知られてはならない」
「どうして?」
ノアが聞く。
「世界を守るためだ」
「世界は、残ってるよ」
「黙れ、災厄」
神官が杖を向ける。
エルドは日記を服へ入れた。
「こやつらは、真実より教会の教えを守るつもりじゃ」
禁書兵が一斉に魔法を放つ。
ノアは魔力の壁で光弾を天井へそらした。
岩が砕ける。
遺跡の揺れが強くなった。
「馬鹿者! ここで大きな魔法を使うな!」
エルドが両陣営へ怒鳴る。
床に亀裂が走る。
その下には、青い魔力の川があった。
流れは細く、今にも消えそうだ。
「戦いのせいではない」
カイルは崩れる壁へ手をつく。
《養育》が、遺跡の状態を映した。
【対象:第七世界移行施設】
【状態:魔力供給不足/崩壊進行】
「地下の魔力が枯れて、遺跡を保てなくなってる!」
大きな天井石が落ちた。
ノアが両腕で受け止める。
「みんな、早く!」
石を支える少女の足元に、鑑定板が光った。
【古代記録との接続を確認】
【現代語への翻訳体系を検査します】
【重大な誤訳を検出しました】




