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ラスボスの養育係  作者: 藤崎聖子


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第十三話 死なない世界

「死者蘇生は、本日休業です」


 カイルは宿の扉へ札を下げた。


「昨日は営業していたの?」


 セラが横から尋ねる。


「してない」


「休業と書くと、普段は営業しているみたいね」


 カイルは札を裏返した。


「死者蘇生は、今後も営業しません」


「店みたい」


 ノアが言う。


「それでいい。少なくとも、金を持って並べば使ってもらえる力ではないと伝わる」


 宿の外には、朝から人が集まっていた。


 子供を亡くした親。


 夫を亡くした妻。


 戦争で仲間を失った兵士。


 棺を積んだ貴族の馬車もある。


 誰もが、もう一度会いたい者の名を口にしていた。


 その願いを、カイルは笑えない。


 ミナが戻った時、自分も心から喜んだ。


 もしノアが死んだなら、どんな代償を払ってでも蘇らせたいと思うだろう。


 だからこそ、扉を開けられなかった。


 一人を戻せば、次の一人を断る理由がなくなる。


 世界の循環が耐えられる数も、蘇った者に何が起こるかも分からない。


「ミナの状態は?」


 エルドが寝台の脇へ来た。


 ミナは眠っている。


 呼吸は安定し、体温も戻った。ただ、左の掌には細い黒線が残っている。


 カイルは《養育》を向けた。


【状態:蘇生後/世界との接続不全】


【症状:低体温/睡眠時の夢の欠落】


【予測:黒線が心臓へ到達した場合、接続を完全喪失】


「昨日より、一指分伸びている」


 カイルが答える。


「心臓まで、どれくらい?」


 ミナの母親が尋ねる。


「今の速さなら二か月ほどだ。だが途中で速くなる可能性もある」


「着いたら、どうなるんですか」


「分からない」


 母親は娘の髪を撫でた。


「戻ってきたばかりなのに」


 ノアが寝台の反対側へ座る。


「私が治す」


「方法を見つけてからだ」


 カイルはすぐに釘を刺した。


「《能力強奪》で黒い線だけ取れるかもしれない」


「それがミナと世界をつなぐ残りの糸だったら?」


 ノアは手を引っ込めた。


「試す前に、何を取るか調べる。約束しただろ。助けた後にも向き合うと」


「うん」


 ミナが目を開けた。


「ノアちゃん?」


「起こしちゃった?」


「ううん。夢、見てなかったから」


 その言葉に、部屋が静まる。


 ミナは心配させたと気づき、笑った。


「寝たら、すぐ朝になるだけ。便利だよ」


「夢を取り戻そう」


 ノアは彼女の手を握った。


「一緒に海へ行くんだから」


「うん」


 扉の外で騒ぎが起きた。


「国王陛下の使者である! 道を開けよ!」


 カイルは立ち上がる。


 広場へ出ると、黄金の馬車が三台並んでいた。


 先頭から、赤い服を着た男が降りる。指には宝石の指輪が十個。後ろには兵士と神官が続く。


「世界最終敵を預かる者は、お前か」


「カイルだ」


「私は王室侍従長ボルガン。陛下の命を伝える」


 ボルガンは巻物を開いた。


「先王の父君、ラドルフ大王を蘇らせよ」


「断る」


 カイルは即答した。


 侍従長は巻物から顔を上げる。


「まだ条件を述べていない」


「聞く必要がない」


「金貨一万枚と、世界最終敵への恩赦だ」


「国が共通敵にした相手へ、恩赦も何もない」


「陛下が共同布告から抜ければ、追手は減る」


「代わりに百年前の王を戻せと?」


 ボルガンは口元だけで笑った。


「ラドルフ大王は、現王家の正統性を証明する。国の安定に必要だ」


「会いたいからではないのか」


 ノアがカイルの後ろから尋ねた。


 侍従長は初めて少女を見た。


「国政は子供の情で動かぬ」


「じゃあ、戻ってきた人を何に使うの?」


「玉座へ座っていただく」


「本人が嫌だって言ったら?」


「王族に拒否は許されぬ」


 ノアはカイルの上着をつかんだ。


「この人には使いたくない」


「意見が合ったな」


 カイルは扉を指す。


「帰れ」


 侍従長が指を鳴らした。


 兵士が三台目の馬車を開ける。


 中には、石の棺が入っていた。


「命令は、すでに執行段階だ」


「開けるな」


 エルドが宿から飛び出した。


 彼は棺の紋章を見るなり、顔色を変えた。


「それはラドルフ王の棺ではない!」


「何を言う」


「紋章が古すぎる。建国前、屍術王朝のものじゃ」


 兵士が蓋を外した。


 冷たい風が広場を吹き抜ける。


 棺の中に、乾いた老人の遺体がある。


 胸には黒い宝石が埋め込まれていた。


「全員、離れろ!」


 カイルが叫ぶ。


 遺体の目が開いた。


 黒い魔力が噴き出し、兵士たちを包む。


 影を浴びた者が倒れ、その体から半透明の死霊が引きずり出された。


「何が起きた!」


 侍従長が馬車の陰へ逃げる。


「棺が周囲の命を吸ってる!」


 カイルは黒い宝石を指した。


「蘇生装置じゃない。死者を動かすため、生者の魂を燃料にする道具だ!」


 死霊が広場を埋める。


 ノアが手を上げた。


「止まって!」


 《魔物支配》が広がる。


 半分の死霊は止まった。残りは宝石に操られ、ノアへ襲いかかる。


「ポポ、ノアを守れ!」


 カイルの声に、ポポが巨大化した。


 白い炎で死霊を押し戻す。


 セラとレオニスは、倒れた兵士を安全な場所へ運んだ。


「黒い石を壊せばいいのね!」


 セラが剣を向ける。


「待て。反射の術式がある」


 エルドが止めた。


「壊した者の魂を吸う仕掛けじゃ」


「では、どうする?」


 レオニスが尋ねる。


 カイルは棺の内側を見る。


 宝石から四本の鎖が伸び、遺体の手足へつながっている。


「石ではなく、鎖を外す。あれは術式の一部じゃない。遺体を固定するだけだ」


「四本同時か?」


「一本ずつ外せば、残りへ力が集中する。四人でやる」


 カイル、セラ、レオニス、ノアが棺を囲む。


「ノアは右手。俺は左手。合図で引け」


 死霊が押し寄せる。


 巨大化したポポが炎を吐き、道を作った。


「今だ!」


 四本の鎖を同時に引く。


 留め具が外れた。


 宝石の光が消える。


 死霊は糸の切れた人形のように止まり、倒れた兵士の体へ戻った。


 棺の老人も、ただの遺体へ戻る。


「終わった?」


 ノアが尋ねる。


「ああ」


 カイルは黒い宝石を布で包んだ。


「今度こそ、誰にも使わせない」


 侍従長は逃げようとしていた。


 セラが進路を塞ぐ。


「どこへ行くの?」


「私は命令に従っただけだ!」


「誰の棺かも知らず?」


「王室の命だぞ!」


 レオニスが男の腕を取る。


「命令は、責任を消す言葉ではない」


 侍従長は町の牢へ送られた。


 事件が終わると、宿の前にはまた人が集まった。


 今度は少し離れている。


 ノアが死霊を止め、兵士を助けた姿を見た者もいる。それでも、蘇生してほしいという願いは消えない。


 セラが一人、宿の裏庭へいた。


 手には古い銀の札がある。


「弟の?」


 カイルが尋ねる。


 彼女は驚かなかった。


「前に話したかしら」


「聞いてない。名前が刻まれてる」


 札には、ユリウス・ミルフォードとある。


「十二年前、魔獣災害で死んだわ。私が目を離した隙に」


 セラは札を握る。


「ノアに頼めば、戻せるかもしれない」


「頼むのか」


「分からない」


 彼女の声が揺れた。


「昨日まで、死は戻らないものだった。だから耐えられた。今は、頼まないことが弟を見捨てるように思える」


 カイルは急いで答えなかった。


 育てる時にも、待つことが必要だ。


「弟は何歳だった」


「九歳」


「戻ったら、今の世界を知ってる人は、お前だけだ」


「ええ」


「お前に先に死なれたら、また一人になる」


 セラは目を閉じた。


「そうね」


 長い沈黙の後、銀の札を首へ戻した。


「会いたい。でも、会いたいだけで呼び戻すのはやめる。ミナを治す方法が分かって、弟自身の人生を返せると分かった時に、もう一度考える」


「後悔しないか」


「するわ。どちらを選んでも」


 セラは笑った。


「だから、自分で選ぶ」


 その夜、エルドが一枚の地図を広げた。


「ミナの黒線を調べられる場所がある」


 山脈の中央、地図にも名のない谷を指す。


「一万年前の遺跡。前の世界最終敵の記録が眠っておる」


「そこに蘇生の記録も?」


 ノアが聞く。


「可能性は高い。ただし、入口は古代魔獣が守っている」


 ポポが地図を見た。


 いつも垂れている耳が立つ。


「きゅう」


 小さな前脚で、遺跡の印を押さえた。


 懐かしいものへ触れるように。


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