第十二話 Lv30
墓地には百を超える死霊がいた。
半透明の体で、街へ向かっている。
兵士たちは地竜戦で疲れ切り、まともに動けない。
「戻れ、ノア!」
カイルの声が届いても、ノアは止まらなかった。
「あと一つだから」
「何が起きるか分からない!」
「だから、起こすの!」
ノアは《魔物支配》を広げる。
死霊も魔物として扱われるらしい。
先頭の数体が止まった。
だが、すべてではない。
腐敗した魔力に支配され、命令が届かない個体がいる。
「私が右を止める!」
セラが駆け抜け、死霊の足元へ浄化石を投げた。
白い光が壁になり、進路を変える。
レオニスは左へ回り、聖印で死霊を墓地内へ押し戻した。
「ノア、怒りで力を使うな!」
カイルは彼女のそばへ追いつく。
「お父さんは、ミナを助けたくないの?」
「助けたい!」
カイルは即答した。
「だからこそ、考えろ。力が出ても、戻せるとは限らない。何か別のものを失うかもしれない」
「考えてたら、ミナがもっと冷たくなる!」
ノアの頬を涙が流れた。
カイルは言葉を失う。
正しい。
時間は待たない。
慎重さが、何もしない言い訳になる時もある。
「分かった」
カイルはノアの肩へ手を置いた。
「一緒にやる」
「止めない?」
「止めるべき時は止める。でも、今はお前の選択を手伝う」
ノアは強く頷いた。
カイルは死霊の動きを見る。
全員が同じ場所へ引かれている。墓地中央の大きな石碑だ。
地下から青い魔力が漏れていた。
「死霊を一体ずつ相手にするな。元を止める」
カイルが石碑を指す。
「あの下に腐った水脈がある。地竜の薬と同じ浄化が必要だ」
「材料は使い切ったわ」
セラが答える。
「ノア。《能力強奪》で地竜の魔力中毒だけを奪えるか?」
「病気も能力なの?」
「分からない。だが、世界の表示が状態と力を区別しているなら、逆にできるかもしれない」
ノアは石碑へ手を向ける。
「やってみる」
【対象:腐敗した魔力水脈】
【強奪可能項目を検索】
【《魔力腐敗》を確認】
「あった!」
「奪った後、自分へ入れるな。外へ出して、ポポの炎で焼く!」
ポポが巨大化し、口元へ火を集める。
ノアが拳を握った。
石碑の下から、青黒い光が糸のように引き出される。
空中へ集まり、濁った球になった。
「ポポ!」
ノアが呼ぶ。
白い炎が球をのみ込む。
墓地を覆っていた冷気が消えた。
死霊たちは足を止める。
怒りと苦痛に歪んでいた顔が、穏やかになった。
「お家へ帰って」
ノアが言う。
死霊は一体ずつ光へ変わり、それぞれの墓へ戻った。
【魔力災害を浄化しました】
【死霊百十二体を鎮静しました】
【経験値を取得しました】
カイルは目を閉じた。
見なくても分かる。
【ノアのレベルが上昇しました】
【Lv29 → Lv30】
ノアは空中の文字を見上げる。
期待している。
カイルは、何も出るなと願っている。
初めて、親子の願いが正反対になった。
【節目レベルへ到達しました】
【新能力を取得しました】
【《死者蘇生》】
ノアが走り出した。
「ミナ!」
カイルたちは後を追う。
布屋の前では、ミナの母親が娘を抱いていた。
ノアは隣へ膝をつく。
「戻ってきて」
ミナの胸へ手を置いた。
「待て」
エルドの声がした。
商隊から離れ、一人で街へ戻ってきたらしい。息を切らし、本を杖代わりに立っている。
「その力を使う前に、記録を確認させろ」
「間に合わなくなる」
「死は止まっておる。今さら一分や二分で変わらん」
「ミナは物じゃない!」
ノアが叫んだ。
エルドは怯まない。
「だからじゃ。何が戻るのか分からん。体だけか、魂もか。別のものが入るかもしれん」
ミナの母親が娘を抱きしめる。
「それでも、お願いします」
母親はノアへ頭を下げた。
「この子を帰してください」
エルドは口を閉じた。
決めるのは学者ではない。
ノアだけでもない。
カイルはミナの状態を《養育》で確かめた。
【対象:ミナ・ロウ】
【状態:死亡】
【魂:近傍に残留】
【蘇生適合率:九十八パーセント】
「魂はまだ近くにいる」
カイルはノアへ伝えた。
「呼び戻せる可能性は高い」
「やっていい?」
「一つだけ約束しろ」
「何?」
「戻った後に何が起きても、一緒に向き合う。助けて終わりにしない」
ノアは涙を拭いた。
「約束する」
「なら、やれ」
ノアがミナの胸へ両手を重ねる。
【《死者蘇生》を発動します】
白い光が広がった。
崩れた家も、泣いている母親も、全員の影が消えるほど強い光だった。
ノアは目を閉じない。
「ミナ、起きて」
光が胸へ吸い込まれる。
一秒。
二秒。
何も起きない。
「ミナ」
ノアの声が震える。
ミナの指が動いた。
胸が小さく持ち上がる。
「けほっ」
少女は息を吸い、咳き込んだ。
母親が名を呼ぶ。
「ミナ!」
「お母、さん?」
目が開く。
生きている。
母親は娘を抱きしめ、声を上げて泣いた。
ノアも二人へ抱きつく。
「ミナ!」
「ノアちゃん……苦しい」
「ごめん!」
三人は泣きながら笑った。
セラが顔をそむけ、目元を拭う。
レオニスは剣を持つ手から力を抜いた。
「奇跡だ」
誰かが言った。
その声をきっかけに、街の者たちが歓声を上げる。
世界最終敵と呼ばれた少女へ、人々が初めて感謝を向けた。
カイルも嬉しかった。
怖いほど、嬉しかった。
できなかったことが、できるようになった。
失った命を取り戻した。
けれどエルドだけは空を見上げていた。
雲が逆向きに流れている。
「まずい」
老人の声は、歓声に消えかけた。
「何がだ?」
カイルが尋ねる。
エルドは地面へ手を当てた。
「死者は命を終えた時、大地へ魔力を返す。その魔力は草木へ入り、次の命へ渡る」
「それがどうした」
「ミナは一度、返した。蘇生は、大地へ渡ったものを引き戻したのじゃ」
足元で、青い花が一輪枯れた。
続いて、街路樹の葉が数枚、季節外れの色へ変わる。
「一人なら小さい。だが、王や軍がこの力を使えばどうなる」
エルドの顔は青ざめていた。
「死なない王。何度でも蘇る兵。死者を手放さない世界。循環は止まり、生まれるはずの命へ何も渡らなくなる」
歓声を聞きつけ、人々が集まってくる。
「うちの夫も蘇らせてくれ!」
「娘を! 三年前に死んだ娘を戻して!」
「金なら払う!」
願いは次々に増えた。
ノアの顔から喜びが消える。
「みんな、会いたい人がいるんだね」
カイルは彼女を背へ隠した。
「今日は終わりだ。誰も蘇生しない」
「なぜだ! あの子だけ助けたではないか!」
男が叫ぶ。
「力のことが分かっていない。使えば世界へ何が起きるか、調べてからだ」
「世界最終敵なら、世界のことなど気にしないだろう!」
人々が押し寄せる。
レオニスとセラが前へ立ち、道を塞いだ。
「下がれ!」
レオニスの声が通りへ響く。
「この子へ近づくな!」
ノアはミナの手を握っていた。
その掌に、細い黒い線が浮かぶ。
カイルだけが気づいた。
《養育》を向ける。
【対象:ミナ・ロウ】
【状態:蘇生後/世界との接続不全】
【警告:世界から異物として認識されています】
ミナは生き返った。
だが、世界は彼女を受け入れていなかった。




