【43】神竜の御前
――――ここは竜の住み処でもあり、その幾つかは神格化されている。竜の招きなく入ることはできないし竜人の翼でもなければ入る手段がない。
だから竜が目覚めでもしてないかぎり、ここには誰もおらず山並しかない。
『ひとつ懸念があるとすればこの寒さの中で鼻が効くかだね』
「……鼻じゃないな」
アルファからすればオメガのフェロモンをまず感じる場所は鼻か。
「項だ」
オメガがアルファを感じ取るとすればそこは項だ。それも運命ならば疼き方が違う。
「まっすぐでいい。リュヤー、まっすぐだ」
『ああ』
項の疼く方向へと向かう。昔はこの項の疼きが嫌だったのに、今はいつの間にか平気……いや、当たり前のようになっていたのに。こうして手がかりにしようとは。
『……ロシェ』
その時リュヤーが速度を緩める。そのわけはすぐに分かった。
目の前に現れたのは黒い鱗の竜だ。
「俺、初見なんだけど」
『安心して。あれは黒竜だ』
銀竜と同じ。神格化されている伝承の竜か。鱗だけではなく瞳まで黒い。
『それはセイレンの血族か。竜人の特徴も持たぬ。だが……その内には竜がいる』
黒竜が語る。声はどちらかと言えば高いが竜の性別はヒト型にならないとよく分からないものだな。
「俺はロシェ、セイレンはばあちゃんだ」
『孫……か。そうだな……少し前、銀のやつが濃い竜の血の末裔を連れてきた』
それがアーサーか!
『お前たちは迎えに来たのか、竜の子を』
竜人は人の血が流れる。しかし竜たちは親しみを込めてそう呼ぶのだ。
「そうだ。俺たちは……俺はアーサーを迎えに来た」
『番としてか』
「……違う。保護者としてだ」
『ほう……?項を頼りにここまで来たのだろう?それなのに番ではないと』
「番かを決めるのは運命じゃない。例え項が疼こうと本能に呑まれて発情期を起こそうと、俺たちオメガは自ら選ぶ。進む未来も、夢も、愛する番も。それを否定するのならたとえ運命のアルファであったとしてもぶっ飛ばす!」
この性に生まれた瞬間から運命が決まっているだなんて認めたくなかった。
従いたくなんてなかった。抗い続けた。
『……ふふっ』
黒竜が笑っている……?
『やはりそなたはセイレンの孫だな。その強気なところはよく似ている』
「親子3代遺伝したみたいだな」
オメガという性も。いや、だからこそ俺たちは強く生きるのだ。その術を教えられてきた。
『ロシェ。竜の中で黒い鱗を持つ意味を知っているか?』
「意味って……アンタは守り神だろ?子孫繁栄の神だ」
とは言え種を残す側の神ではない。子孫を産み落とす男のオメガや女性にとっての神だ。
『昔は違ったのだ。私は邪悪な竜とされた。この闇色の鱗のせいでな』
なら俺の髪色も邪悪になってしまう。
『だがセイレンは言った。自分と同じ髪の色なのだから邪悪なはずはないと』
まさかばあちゃんも同じことを思っていたとはな。
『セイレンはまだ若い竜。何百年ぶりかに生まれたオメガの竜。我らの寿命は長いが子孫を残すことは難しい』
人間と交わったからこそ竜人は種を繋ぐが、新たな竜が生まれるなど何百……もしくは千年単位である。ばあちゃんはそれでも数百。五百もいかないはずだから竜たちからすると若いのだ。
『それも上位種……人間がアルファと呼ぶ竜の子孫を繋ぐ確率の高いオメガの竜。竜たちはこぞってセイレンを求めた。時にはアルファの圧、アルファであるか故の力、オメガの発情期を利用して……しかしセイレンはそれらを全てひとりで叩きのめしてきた。選ぶのはアルファではなく自分自身であると』
ばあちゃんらしいと言うか、息子も孫も同じ道を行くとはな。
『そしてセイレンは人間のアルファを選んだ。しかしそれに反対する雄のアルファなどいなかった。みなセイレンにボコボコにされている上に……セイレンは他のオメガの竜やメスの竜たちにとっては一種の……そうだな、憧憬のオメガだったから』
「……」
そうか……だから黒竜は来てくれたのか。守ってくれたのか。ばあちゃんに憧れるオメガや女性と言った種を……。
「ありがとな、黒竜」
『礼を言うのはこちらの方だ。銀のが騒がしくしたせいで目覚めたオスどもは私たちが何とかしよう。獣と言うのは大抵、種を落とす方よりも産む方が強いのだ』
「それは人間もだよ。アルファの男の方が強いと思ってるやつらもいるけどさ、母ちゃんって強いじゃん」
『そうさな……私も同じだ。行くがいい』
「ありがとう、黒竜」
再び項の疼く方向へ……リュヤーと共に向かう。




