Ep138 混乱
勇勝。
彼は信号待ちが嫌いだった。待たされる事が嫌いだった訳ではない。自分が横断歩道の前で止まっている時、何食わぬ顔で赤信号で横断するクズ共を見る事になるのが嫌だったのだ。
赤信号で渡る事。それは車両は信号無視をしないという前提で、自身はその信号を無視するというダブルスタンダード。
そんな身勝手な不都合な連中を目にしなければならない信号待ちが、勝は嫌いだった。
だが、後に勝は、自身も勘違いをしていた事に気付く事になった。その勘違いとは、車両も信号を守らないと言う事だ。
青信号の横断歩道を渡っていた時、交差点で赤信号をUターンしてきたトラックに勝は跳ねられ、タイヤに踏み潰され、処置が間に合わず運悪く死んだ。
だけれども、勝は恨みを抱かなかった。横断歩道とは言え、車道を渡る際に左右の確認を怠った自分も悪かったと、自らを戒めた。
つまり彼は、お人好しだったのだろう……
異世界に……死後の世界が有り、魔法が当たり前の異世界。そんな世界に勇者として女神に召喚された時は、とても戸惑った。何よりとても、不安だった……
これまでの全てを失い、救世主たる勇者として転生してし、死して尚命懸けの戦いに身を投じざるを得ないと知った時は、唖然とした。
ゲームやアニメで見る様な剣と魔法のファンタジーな世界では、文化や技術、様々なものがこれまでとは異なっていた。転生時に世界共通語を習得できなかった場合を考えてみると、それだけでもう恐ろしい……
しかし、本当に恐ろしかったのは、倒すべき敵である魔王の手先、悪魔達に襲われた時だった。これまでは転生時に得た力のゴリ押しですべての障害を打ちたおせた。しかし、初めて悪魔達と戦った時、初めて本当の死を悟った。
そんな窮地を救ってくれたのが、エイブラムスさん事、おざきさん率いる影の爪痕だった……
冒険者になって初めての依頼はとても緊張した。依頼を引き受けて受付に向かう所から緊張した。けれどギルドの依頼はどれも呆気なく、恐れとは裏腹にあらゆる討伐の依頼は簡単に終わってしまった。
しかし、初めて悪魔に出くわした時、自分の無力さを痛感した。そして、エイブラムスさんこと、おざきさん達と初めて出会ったのも、丁度その時だった。今思い返してみれば、彼らは最初からずっと俺達を待ち伏せしていた上で、悪魔達の襲撃は彼らにとっても想定外の出来事だったのだろう。
それで結局、がむしゃらに攻撃する事しか考えられなかった俺は侵食系の攻撃を食らって死にそうになっていた所を、おざきさんに助けられた。
それから戦闘の訓練が満足にできない事に歯がゆさを感じつつも、まずは大精霊達と契約を交わし、その力を獲得する事を目的として世界を旅することとなった。
そんな俺達を彼らは要所で俺達を待ち伏せ、結果として何度も命を救われた。
ツモーリングラードでも大胆な手段で敵襲を事前に教えてくれて、未熟者の俺が四天王モフモクに殺されかけている所をまたも皆で身を挺して助けてくれて、再度襲撃してきたモフモクに再び殺されかけていた所もまた助けてもらった……
けど、自身に与えられた力の使い方が少しわかってきた時は凄く嬉しかった。俺達を変な目で見ない新しい仲間ができた時はもっと嬉しかった。だけれども、そうして俺が浮かれていた一方で、彼らは戦いを続けていた。
水の大精霊ウィンディーに初めて出会った時、既に彼女は四天王による襲撃を受けており、そしてそれを影の爪痕が救い出し、来なかった俺の代わりに四天王と戦った……
幼き神鳥を救い出せた時は、初めて勇者らしい何かを成し遂げられたと思った。けれどその直後、今度は俺を狙ってきた別の四天王に俺は殺されかけ、俺たちを助けた彼らはついに死人を出した。エイブラムスさん本人が、自らの命と引き換えに俺達を救い出してくれた……
この間だって、不用心に谷間を通って罠にかかった俺達を、彼らはまた救い出してくれた。燃え盛る戦車を見た時は、絶句した……また、俺のせいでまた彼らが死ぬのかと、そう思うととても恐ろしかった。
いつも助けられてばかりで、いつも、いつも、いつも彼らに犠牲を支払わせ続けてきた。
勇者って、何なんだろうか? ……
そう悩む俺は、全く勇ましくなかった。
相手が四天王だろうと女神だろうと、怯まずに堂々と立ち振る舞う彼らには畏怖の念すら有った……彼らの仕事の内容を明かされた今でも彼らへの思いは変わらなかった。今も彼らは仕事として俺達を守り、魔王の軍勢を相手に命がけで戦っている。俺のかわりにだ……
俺には、敵も味方も恐ろしかった……
「マサル!大丈夫!?」
女神の声に俺はハッとする。
俺達は魔王城の地下へ繋がる大螺旋階段のある広間で小休止をしていた。
先程は影の爪痕の魔竜の力でテレポートを行い通過しなかった階段だが、今その魔竜はこの場には居ない。だから激しい抵抗が予想される階段を通過する前に少し休んでいたのだが、そんな今でも鋼の小隊は俺達の代わりに先行して状況を確認しに行ってくれていた。
「マサル。大階段に敵は居なかったって」
「ああ、ここまでと同じく階段の中も蛻の殻だ。少なくとも階段が終わる所まではな」
疲れ知らずな暗黒竜は息も切らさずに俺にそう告げる。彼は、影の爪痕の中でも最もエイブラムスさんを大切に思っているらしい。人の姿をしているこの暗黒竜の意外な優しさを前に、俺はまた何か傷付いた気がした……
正直、混乱している。
死体の転がる階段を駆け下りる俺は何故か、少し前の事を思い出していた。不思議な雀に言われた言葉……
『何を信じ何の為に行動するべきかはお前が考えお前が決めるんだ。それがお前の人生だからだ』
信じるもなにも、何を信じればいいのだろうか?そもそも選択肢なんてなかったように思える。
『お前はお前の信じる善に忠実に動けばいい。そしてそれが活路を見出す事になるだろう。善に縋る悪意を切り捨てる覚悟も忘れるな』
切り捨てるべき悪意がなんなのか、それはわからなかった。だけど、信じる善には忠実でいたつもりだ。
今はもう目の前のことに集中して、使命を終わらせよう。魔王を、殺そう。もうこの手は、遠に汚れているのだから……
破壊の痕跡が数多残る大きな廊下を駆け抜けていたが、ある時先頭を走っていた暗黒竜の人が何かを見つけた。
「前に何か居る!俺が先に行く!遅れて付いて来い!」
突入作戦開始からというものずっとおんぶに抱っこだ。ここまで誘導も、突破も、戦闘も、そして文字通り、さっきはあの暗黒竜の人の背中にしがみついていた。まさか暗黒竜の背に乗って空を飛ぶことになろうとは、思ってもいなかった……
そしてここまでの道中の敵を殲滅して先行しているのも、たぶんエイブラムスさんと氷の精霊なのだと思う。そうでなければおかしい。だとしたら、これまで全て鋼の小隊が仕事をこなしてきたという事になる……恐ろしい。
彼らが、今まで裏方で戦ってきて、あまつさえ四天王さえ殺して来た。一体自分は見えていない所でもどれだけ彼らに救われてきたことか……きっと、これまで自分がしてきた事は、彼らの戦いに比べれば、ちっぽけなものだったのだろう……
結局、前方に居た何者かは、テレポートされずに済んでいた鋼の小隊の仲間達だったようだった。
「お前達は、フォードナンスに……なんて名前だったか」
「ドラトゥです。彼女はエムシカ」
「ああ、そうだったな。主はどうした?」
「勇者と女神に言伝を残し、ヒョウカさんと2人で先行しました」
「他は?」
「見ていません」
「クソッ!……おい!駄女神!駄目勇者!主からの言伝だぞ!」
そう大声で伝えるボルゲーノさんの視線は廊下の遥か後ろを見つめており、視線は合わせられなかった。暗黒竜のボルゲーノさんはこの現状にやるせなさを感じつつも、周囲への警戒を怠っていない。
彼らは一体これまでどんな気持ちで戦ってきたのだろうか?富も名誉も何も無く、時に嫌われ見下され、寒さや飢えにも耐え続け、何故、俺や女神様の為に戦っているのだろうか?彼らは明らかに俺達に憧れや尊敬の念は持っていない。では何故、俺達の為に命を懸けて戦えるのだろうか?
それが俺にはわからなかった。
「言伝は、エイブラムス総隊長より、勇者と女神に対して、たった一言だけです」
わざわざここに残された、たった一言の伝言。その言葉にはとても心が込められていそうな気がして、俺は唾を飲み込んだ。
「その一言は、次の通りです。 "お前達がやれ" との事です」
「ッ!?」
驚きが隠せなかった……
そうだ、頼っていた。頼り切っていた。そして何より、彼らが先に、俺の代わりに魔王を殺してくれるのではないかと、そう、思いたかった。いや、そう思っていた。
「言葉の意図は聞いておりません。以上です。確かに御伝え致しました。これより我々も再び同行するつもりですが、御分運を。先を急がれた方がよろしいかと。爆音がこの廊下を轟かなくなってから、恐らくはまだ然して時間は経っておりません」
「なっ!?」
エイブラムスさんの事を主と慕う暗黒竜の辛そうな顔が、俺の心に突き刺さる。
けれど、不安は廊下の奥深くから轟いた爆音によって吹き飛んだ。
「主!」
彼らの戦いは続いている。俺は……
Ep105 でアズラメイア、転送魔法や転移魔法使えないって言ってたけど、 Ep134 でテレポートしてない?と、思ったかもしれません。私も今更思いました。けど、まあ、あれですよ。水平移動はできないけど、垂直降下はできるんだと、思いますよ。
それと、パーンツィリのミサイルは指令誘導ですが、 Ep105 みたいな自爆は無理なんじゃないかな、とは思います。が、本家のミサイルに HEAT 弾頭の物は有りません。つまりオリジナルです。オリジナルなので、きっと自爆させられるに違い有りません。きっとそうに決まってます。




