Ep139 少しだけのできる事
魔界の果ての魔王城。その地下深くに作られた長く巨大な通路のその果て。1両の戦車が停車していた。
ボーケンのゴールは恐らく後1歩位の所なのだろう。しかし、その後1歩を阻むのが、見上げると首が痛くなりそうな程巨大な1対の門だった。
多分、高さは30mはある。黒っぽい見た目からは、この門は鋼か何か金属で出来ているのではないかと思われるのだが、そこはあまり重要ではない。重要なのは、この門をこじ開ける術が無いと言う点だ。
試しにダメ元で APFSDS をぶつけてみたが、結果は予想通り。穴はできるが貫通には至らなかった。元より、例え貫通した所で出来る穴は直径数cmであり、戦車は勿論、ヒトが通る事さえ不可能だ。
「凄まじい呪いで固められてるわね、この門」
「かもね」
ハッチから上半身を出していたヒョウカだが、砲口が門の脇へ向くのを見ると頭を下げて耳を手で押さえた。
"ドドーン!!!”
爆炎と共に砕石が飛散する。
砂煙が晴れると、壁にヒト1人が通れそうな穴が空いており、柱の奥に少しだけ向こう側が見えた。ザルだね、この守り。
「連射するよ。周囲を警戒」
「ええ」
3発バースト射撃された障害物排除榴弾により、門の側面の壁に大穴が空き進路が確保される。態々正門を破壊する必要は無い。
煙が晴れ、穴の向こうには薄っすらと紫色に光る大きな空間が見える。見える限り敵影は無いが、ここまで来て無人な訳が無い。
試しに同軸のマシンガンを数発撃ってみるが、こちらは難無く貫通した。
「参謀。やっぱり結界だよね」
「ええ。この期に及んで何の結界かは分からないけれど、何枚かありそうね」
「SCSの特殊弾薬があれば普通に通れそうなんだけど……参謀、強行突破はできそう?」
「試してみる価値は有るでしょうけれど、一切の応援が期待できない中、囲まれる事に成ると思うわ」
「それは今までも同じ。俺に付き合ってくれる?」
「ええ、今まで通りね」
ヒョウカがハッチから飛び降りて翼を展開すると、ゆいともヒトの姿へ戻りライフルを構える。
こんな時でもヒョウカの顔はいつも通りで、何も特別な事は無い様に感じる。ゆいとは少し申し訳ないと思うと共に、仲間の姿がどこか懐かしく感じ、微笑みが溢れる。
「……飛び抜けるわ。捕まって」
「では頼みましたよ」
ゆいとはライフルを投げ捨てると手榴弾を出現させ、安全ピンを抜いた。ヒョウカもこの意図を理解する。細やかな抵抗かもしれないが、やる事はやろうとするのがこの隊長だ。
「ファイアインザホール!」
手榴弾が穴の壁で跳ね返り、門の裏に転がって見えなくなるなるが、それを待たずしてゆいとはヒョウカの背中に飛び乗り、彼女も大きく羽ばたき飛び上がる。
「フロストバイト」
小さな光に遅れて爆音が聞こえ、入れ替わるようにヒョウカは穴の中を飛び抜ける。通過と同時に勢いを高度に変え、門の奥の大きな部屋を飛び上がる。そして見たくないキモい物を目にする事となった。
巨大地下構造物である首都圏外郭放水路すらも上回る大きさの巨大な空間。その中央部にはヌメヌメと光る、蠢く挽肉めいた山が存在した。
「酷い匂い。あれがその魔王なんだろうね。その、封印されているであろう」
「ええ……魂はまだ眠らされては居るみたいね。けど意識は有るみたい」
壁の裏に隠れていた悪魔達が確認できるが、だからと言って何かするわけでもなく、ゆいと達はただ冷静に言葉を交わす。
「できる事をする。俺を投下、各自で攻撃。以上」
「ご武運を」
「えっ……?」
そんな事言うんだ。そう聞く間も無くヒョウカは降下と共に減速し、ゆいとも背中を飛び降りる。次の瞬間そこには戦車が出現しており、炎と共に容赦無く劣化ウランの矢が放たれる。
効果は、言うまでも無く無いに等しかった。
「いやこれさ、細胞の一片残さず破壊するとか言ったら、大量破壊兵器無いと無理よね」
そう言いつつ戦車は旋回し、壁に沿って部屋の隅を走り始める。生きる事を諦めていた彼の口調はとても、他人事の様に無責任な感じだった。
直後に爆音と共に部屋中の空気が消滅し、サーマルイメージャーの画面も真っ暗になる。ヒョウカのエグい技、ダイヤモンドダストだ。多分部屋の隅に居なかったら直撃を受けて、多分死んでた。実際、突入時門の裏に隠れていた連中の姿は無くなっている。
当然エンジンは失火し、回転数も下がっていく。何故だかヒョウカは未だ飛んでいるが……
「走れなくなっちゃった……」
さて。まあそんな所だろうとは思ってはいたが、高さも直径も何十メートルと有りそうな肉塊は健全で、少し表面が削られて1回り小さく成った程度の様に思える。これで勝てたら勇者はマジで要らなかった事に成る。
けどだからと言ってする事やできる事が変わる訳では無い。さあもう1仕事。再び肉塊の有った場所へ劣化ウランのダーツを放った。
ダイヤモンドダスト。地表付近で発生する特殊な雪の名前のこの技は、その名に相応しく範囲内の様々な物質を氷に変え、文字通り粉々にする。
通常の魔法は相手の体内には直接は発現させられず、魂の防御を貫くか、或いは魂そのものに影響を及ぼし間接的に発現させるしかない。
しかし、この技の場合はそもそも魂の形を無視して境目無く発現する。故に大抵の敵は1撃で存在そのものを否定されるのだが……魔王は健在である。
「同格の結界術か何かに押し返されているのね」
だが効果が無い訳では無いはずだ。もう1度!
"ドン!!"
再び肉塊は砕かれる。だが足りない。目測からしてみて、後40回位やれば削り切れるのではないかと思ったが、肉の山
も再生している。これは、無理かも。
フラッシュと共に放たれた鉄の槍は肉塊の内部で爆発するが、ほぼダメージが入っていない。大きさも十分脅威だが、それを差し引いても見た目に反しめちゃ頑丈だ。
「これが魔王か。当初思ってたのとだいぶ違うんだよね。これじゃ、戦いや殺しって言うより、採掘作業みたいだよね」
ダイヤモンドダストも連発されているが……決定的な何かが足りない。
決定的な打撃?否、多分そういうのではない。
この場に必要で、足りないもの。それは明確だった。
「主役が居ないんだよね、主人公が」
そう、勇者様が足りない。それと、女神様なのかな?
「少年漫画に限らず、大抵の大衆向けの作品は、ラスボスは主人公が仕留めねばならず、その前に行われる仲間達の戦いは、そのクライマックスへ繋ぐためのバトンか、或いは単に絶望を演出する為の踏み台に過ぎない」
……メタい。
冷静にメタい発言をするゆいとを他所にヒョウカはダイヤモンドダストを連発しているが、肉の山の表面には何かが形作られる傾向が見られ始める。その度にヒョウカに破壊されているが、魔王は下僕達を大量に生産、放とうとしているのだろう。
頭蓋骨の形に浮かび出た肉塊が氷となって霧散する。
「目覚めてパワーアップして駆けつける主人公を待たずして結末に辿り着いてしまう呆気ない物語は、約束もしていない結末に勝手に期待を抱いていた読者や視聴者への裏切りとなり、ましてや俺等みたいな日陰者が1から10まだやってしまうなんて展開は、起承転結や序破急、 BS2 (Blake Snyder Beat Sheet) と言ったテンプレートに反する展開であり、物語としては、恐らく成立しない」
メタいメタいメタいメタい……
到底これまで小説や漫画を一切読んだ事が無い者の口から放たれる言葉とは思えない台詞だが、一体、どこでそんな言葉を……
「だから死神達は俺が死ぬ事を望んだ……俺が、俺が死ぬ必要が、どこにあったんだ?たとえ勝てなくても、死ぬ必要は無い筈だ。必然的な死は、主人公の動機に直結しなくてはならない。でも、マサル君が俺の死をどれほど悲しむ?……もしかしてのもしかしてだけど」
激しい閃光と共に門は吹き飛ばされ、横風センサーは破壊された門から大量の空気が流れ込んでいる事を示唆する。もしかして……
「……あれ?」
破壊の砂煙は風に押し流され、部下を引き連れた勇者様の姿が顕になる。
「マサル君登場……けど、足りない」
走って来た勇者を見てヒョウカも範囲攻撃の手を止めたが、やはり悪手だったように見える。
削られつつあった肉の山は急速に膨れ上がると共に、そこから大量の悪魔達が飛び立つ。全裸の悪魔達は生まれて間もないだろうに、一斉に侵入者達へなんだかよくわからない攻撃魔法を放つ。
ヒョウカにも何だか紫色に光る攻撃が直撃したかに見えたが、次の瞬間には静かに停車している戦車の横に出現していた。
「隊長!勇者達が現れたわ!どうするの!?」
「ごめん、おかしいんだ」
「それで、とうするの!?」
「ごめん、待って、いや、逃げて」
「はっ!?」
「おかしいんだ。まだ俺が生きている事が。だってSCSは
俺を死なせ」
"バン!!"
トロフィー APS が飛翔体を迎撃する。
「……」
「エイブラムス!?」
「……」
見る見るその数を増していく魔王の生み出した敵の群れを見て、ゆいとは答えに辿り着いた。
「ヒョウカ参謀、」
然れどゆいとの言葉は部下へ届く事はなく、遠くで勇者様が放った聖剣の攻撃により吹き飛ばされてしまう。サーマルイメージャーは真っ白に塗りつぶされ、加速度計は車体が何かに落ちたかの如く傾斜した事を示している。
満天の星空の元、崩落した白の瓦礫の中から無数の人型実態達が飛び出て来る。
その大半は頭に山羊の様な角を生やした、コウモリめいた翼を持つ悪魔達である。その中に紛れ、白く輝く翼を持った氷精が、ゆいとを掴んで羽ばたいた。
「参謀!逃げるんだ!」
「どこへ!?」
沈没した瓦礫の上に投げ捨てられたゆいとは再び戦車の姿となり、カメラを星空に向ける。
勇者様の姿、また見えなくなっちゃったんですけど?
「ゲートの向こうへ、できるだけ遠くへ」
「逃げてどうするの!?」
「何もしない」
「何で!?」
「これでおしまいだから。でも俺にはもう一仕事」
「ならあたしも貴方と」
「無意味なんだ」
言葉を遮るように放たれたゆいとの1言にヒョウカは息を呑む。
「違かったんだよ。この状況を打開するのに必要だったのは、戦車でも精霊でも、況してや勇者様や女神様でもなかったんだ」
「……」
「これは……俺も納得できないけど、でもやるしかないんだ。だからヒョウカ参謀、不要なんだ。努力も、犠牲も、こんな意味不明な結末にはっ……」
「……何か、考えがあるの?」
「……そう。俺に残された特別な選択肢。王道から遥かに外れた、ある種の結末。見てご覧、敵は地下から湧き続ける。魔王に手の届いたさっきを思い出して……勝てない。だから……だから、俺を信じて。逃げて。ただ遠くへ」
「……」
そんな事言われて、今更そんな、できるわけが無い。だが、信じろと言われた。故に、ヒョウカにとってこれはできるできないの話ではなくなる。するかしないかの話に成る。
「あたしもまったく納得できないけど、貴方を信じるわ、エイブラムス隊長」
「うん」
振り向かずに飛び立ったヒョウカを見て、ゆいとは安心した。
もうこれで、全滅は避けられる。はずだろう。最悪は過ぎ去った。と思いたい。だから、これからは、未来の為に、今を消費する時が来たのだ。
「いや意味わからんのだけど、理解はしたわ。死神達の意図を」
物語に登場するキャラクター達が、自らの観測する結末に納得する事は、通常はない。何故ならば、そもそもキャラクター達は物語を認識する事はなく、故にその物語の "おしまい" を認識する事も当然無い。つまり、納得できるとかできないとかは関係無く、それ以前の話になる。認識しない状況に理解は存在し得ない。
「何の為なのか、それは解らない。けど、役割は、何となく察したよ」
そう呟くゆいとの背。ヒョウカが信じ羽ばたいた先に残されたのは、唯のゆいとの願いだった。ただの、願いに過ぎなかった……
誰の?
M908 HE-OR-T 障害物排除榴弾。
連載期間がバカみたいに長すぎるせいか、いつの間にか某惑星にも追加されてたんですけど、某惑星だと弾頭が HEAT なんですよね……
しかし、 HEAT である必要性が全く分かりません。鋼鉄製のノーズが弾かれたらメタルジェットは意味ないし、ノーズが貫通してくれたらこれまたメタルジェットに出番が無いはず……
そもそもソースによっては HEAT ではないと明記されているのです……
因みにこの砲弾は、M728戦闘工兵車の退役に伴い開発された代替手段であり、鉄筋コンクリートの塊にヒト1人が通れる位の穴を開ける砲弾です。が、殆ど使われていないのだとか……
無理にやたら長い名前で呼ぶならば、 APHEFSDS-OR-T と言った所になるのでしょうね。
尚、初登場は Ep10 。




