第19話「エミを助けに」
雪の中は走りにくい。足が取られる。
それでも走る。走らなきゃ。
走るのは三週間ぶりだから、体がなまってるんだ。もっと早く、動いてこの足!
後ろから何度も爆撃のような音が響く。そのたびに、身体が強張る。
本当に……これは何がどうなっているの?
ベルンに放たれた、あの毒矢。
辺境軍があんなものを使うはずがない。それは分かっている。
だとすれば――あれはおそらく“支援者”によるもの。
エミは言っていた。レオニスは、その支援者に利用されているだけだと。
……待って。
あれは確か、一週間ほど前の夜のことだった。
すでにあの時、密偵が彼らに張り付いていたとしたら?
“支援者”という存在を知る者を、優先的に消しているとしたら?
「急がなきゃ!」
足首に鈍い痛みが走る。それでも止まれない。
止まったら、間に合わない。
「エミ!!」
返事はない。それでも叫ぶ。
何度でも、声を張り上げる。
やがて山に入った。雪はまだ新しく、踏み跡がはっきりと残っている。エミはどこ……どこにいるんだろう。
ひとつの足跡を見つける。
エミのだろうか……?
小さな足跡。そのすぐ近くに、もう二つ。少し大きい足跡。誰かと一緒にいる?
胸の奥がざわつく。足跡をたどって走る。
「エミ……!」
嫌な予感がする。間に合って……!
雪の上に何か見つけた。あれは、エミの薬草籠だ!見つけた!
エミ…は?
エミの姿は近くにはいない。籠に駆け寄る。薬籠が二つに切られている。
「これは…」
手に取ると、籠は剣で切られたような跡がある。
ここで足跡が重なっている。散らばっている薬草。
「エミ…?」
足跡はまだ続いている…この先にある、あの暗い穴に向かって。
近づくと、雪に隠れかけた古い木組みが目に入る。
崩れかけた支柱。朽ちた坑木。
そして、人ひとりが通れるほどの暗い穴。
(ここが……)
おばさまが紙に書いていた廃坑道なのかも。
足跡は迷うことなくその暗闇の中へ続いていた。
私は無意識に剣の柄を握りしめる。
坑道の奥から、かすかに人の叫び声のようなものが聞こえた気がする。
「エミ……!」
ためらうことなく、暗い坑道へ駆け込んだ。
廃坑道に入ると、ぞくり、とする。
暗闇に、誰かがいる!
「…っ!」
――――キン!
危なかった。剣を握りしめていてよかった。
暗闇で光った誰かの剣、それが見えた瞬間に無意識に剣を受けていた。
男は覆面だった。目だけがぎらついていた。その目は、剣を受けられて驚いているようだ。
腕が痺れる。重い。
三週間、剣を握っていなかった。
怪我をした足首もまだ完全じゃない。
―――『お嬢、剣は力じゃない。相手の剣をよく見ろ』
そうでした、ガレス先生……。
相手が振り下ろした瞬間、半歩だけ身体をずらす。男の体勢が崩れた。
今だ!
横なぎに覆面の男の剣をそらすと、すかさず反撃にでた。
―――ガキン!
そのまま廃坑道の外まで追いやる。
立ち傷を負った男は雪の中へ倒れた。
「エミ……!」
再び廃坑道へ戻り、エミを呼ぶ。
「レティシア……?」
奥の方からエミが出て来た。エミに駆け寄り、抱きしめる。
「あの男に襲われたの?大丈夫だった?」
「急に襲い掛かられて、なんとかここへ逃げて隠れたんだ。ここのことは、あいつより私の方がよく知ってるからね」
気丈に笑って見せているけど、エミは震えている。
「それにしても、あなたは強いのね。さすが…剣士だね」
「知ってたのね」
エミは優しく頷いた。
「辺境軍だって知られたら、レオニスはまた罪を重ねるから。あなたはいい人なのに」
「エミが守ってくれたのね。助けてくれて、本当にありがとう」
エミをさらに強く抱きしめる。エミも強く抱きしめ返してくれる。
「集落はどんどん爆破されてるの。おばさまもここへ来るはずよ。廃坑道を東に向かえって。公国へって言ってた」
「あなたは、ここでお母さんを待ってて」
エミの言葉に嫌な予感がよぎる。
「あなたは、って……?」
エミは私から離れたと思うと、すぐに廃坑道から外へ向かおうと向きを変えた。
「私は、レオニスやベルンを連れに行く」
ベルンの名前を聞いて心臓が跳ねる。エミにベルンの身に起きたことを伝えなきゃ。
「聞いて、エミ。ベルンは…」
エミの手をつかみ、エミを引き留める。エミははっとして振り返る。
「ベルンはもう、……もう、助からなかった。毒矢を放たれたの。きっと、あなたたちのいう”支援者”にやられた」
「そんな……」
エミは静かに涙を流す。
「だから言ったのに。あの人たちは、利用しているだけだからって」
エミを後ろからそっと抱きしめる。
「レオニス…彼ももう?」
「レオニスのことは分からないわ。でも、あちこちで爆撃があって燃えている。下へ行くとあなたが危ない」
首を振るエミ。友達の死をこんな形で伝えられるなんて、辛いことだろう。
「エミ、私はベルンに、あなたを守って欲しいと言われた。その約束は必ず守りたい」
エミはゆっくりと振り返って私を見つめた。
「じゃあ、レティシア。今からあなたが私を守って。レオニスのところへ行くから!」
そう言ってエミは廃坑道を出て、走り出した。
「ま、待って!」
私はエミを止められない。
(おばさま、ごめんなさい。でも、エミを置いて逃げることはできません)
迷いなく走るエミの後ろ姿を追いかけてゆくしかなかった。




