第17話「運命の朝」
冬の朝は遅い。
それでも夜明け前にエミが起きる気配がする。
同じ部屋で眠っているので、すぐに気が付く。
何日か前の夜に、レオニスと口論をしていたエミ。
その後から、エミはあまり眠れていない気がする。私もここへ来てからなかなか寝つけない。そんな時にエミの気持ちのよさそうな寝息を聞いているといつの間にか眠っていたのに、最近は寝息が聞こえてこない。
(エミは悩んでいるのかも知れない。レオニスのことが心配で…)
今朝もまだ外が暗いのに身支度をしている音がする。私たちを起こさないように気を遣って、とても静かな音をたてて。
「……エミ?行くの?」
「ごめん、レティシア。起こしちゃった?」
振り返ったエミは、背中に籠を背負い、小さな鎌を腰へ差していた。
「薬草を採りに行ってくるね、寝てていいから」
おば様を起こさないようにと、小さな声で話すエミ。でもきっと、おば様は優しいから寝たふりをしているのだと思うけど。
「今朝は雪が少ないし、いい薬草がとれそうなんだ。お日さまが高くなると、しおれちゃうのもあるし」
「そうなのね」
貴族として育った私には、知らないことばかりだった。
朝食の支度も、洗濯も掃除も。
これまでは誰かがしてくれるのが当たり前だった。
でも今は違う。
自分で生きる力を覚える毎日は、不思議と心を満たしてくれる。
「それに、お昼になると患者さんが来るからね」
そう言ってエミは籠を軽く叩いた。
「薬師は朝が勝負なの」
エミは、人の役に立つことが嬉しい人なんだ。
笑顔がなによりもまぶしい。
「いつもありがとう。気をつけて、いってらっしゃい」
エミが小さく手を振り、出かけていく。
目が覚めたので、音を立てないように気をつけながら、まだ少し足を引きずりながら庭へ出た。
寒い……。薄着で出て来てしまった。
それでも外の空気は気持ちがいい。
東からゆっくりと空が明けてきている。それを見るだけでも、どんよりと落ち込む気持ちが吹き飛ばされて、少しだけ楽になる気がする。
ここでお世話になってもう三週間ほど経つ。
もう今は、動いてもほとんど痛みは無くなった。
でも身体の痛みが少なくなると、今度は別の悩みがどんどん出てくる。
(みんな、心配してるだろうな)
ため息が自然に出てくる。
「はぁ、私、どうやって帰ればいいの……」
言葉に出したとき、後ろの空気が動いた気がした。
(ぜったい誰かいる)
「だれ?」
勢いよく振り返った。……。誰もいない。
(最近、見張られている気がする……)
「おはよう」
「きゃ!」
反対側から話しかけられ、心臓が飛び出るかと思った。
誰かと思ったら、エミの友達のベルンだった。
「ごめん、驚かせたね」
「いいのよ、驚いてごめんなさい」
ベルンは大きな体格をしているけど、心優しい男性だ。
私の想像では、きっとエミのことが…。
いけない、エミの妄想癖…もとい推理好きがうつってしまった。
「早起きね。...どうしたの?」
何だかいつもと違う。そうだ、思いつめた顔をしている。
「えっと、…うん」
言いにくそうに下を向いて頭をポリポリと搔いている。
それでも意を決したように急に顔を上げた。
「レオニスもエミも大切な友達なんだ」
「ええ、それは私もよくわかるわ」
ベルンはそんなことを言うために来たのだろうか。
三人の友情は、すでによくわかっていることだ。
「最近、知らない足跡が増えたんだ」
ベルンは急に近づいてきて、耳もとでささやいた。
「レオニスも気付いてる。でも気付かないふりをしてる。」
「え?」
「この会話もきっと聞かれてる。あ、返事をしないで」
小さく頷くだけにする。
ベルンはおっとりしていそうなのにこういうことも言うんだな、と意外な一面を見た気がした。
「きっと”支援者”はレオニスを消す。証拠を残さない」
”支援者”という言葉に聞き覚えがあった。
そうだ、あの夜に―――レオニスとエミが確かその”支援者”について口論してた。
恐ろしい話の内容に、ベルンへの返事の代わりに目を見開いた。
「近いうちに何かが起こる。僕は、家族同然の二人を守りたい」
ベルンの目には、強い意志の光があるみたい。
私はこの目をたくさん知っている。
使命と役割に満ちた光。
エミもそう。レオニスもそう。
そして昔の私も、きっと同じ目をしていた。
小さな声で答えた。
「ベルン、教えて。その”支援者”って、誰なの?」
ベルンの表情が強張る。
迷い、口を堅く結ぶ。
また迷い、少し口を開く。
そして何かを発しようと息を吸った時だった。
その瞬間―――。
風を裂く音が耳元を通り抜けた。
ベルンの胸を、一本の矢が貫いた。
「ベルン!!」




