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皇太子の婚約者候補から外されたので、完璧令嬢は本性隠すのやめました~捨てられた者たちがもう一度、意味を見つける物語~   作者: 春月もこ
第3部「自分が決めた道」

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第16話「レティシア嬢の生存を確認」

 ガレスは地図の上に視線を落としたまま、静かに口を開いた。

「救出へ行くのは...まだだ」


 司令室に緊張が走る。エレオノールは、アレクシスをちらりと見た。兄としては直ぐに助けに行きたいのではないか...と心情を案ずるが、彼の表情は変わらない。目を閉じて考え込んでいる様子だけ受け取れる。


「ですが、時間をかければ敵に気付かれる危険も――」

 声を上げたのは、エレオノールの部下である第一騎士団の副隊長だった。

 ガレスは無表情を崩さない。辺境伯もまた、地図を見て押し黙っている。


 辺境軍の幹部たちはざわめき、各々意見を述べ合う。直ぐに救出へ向かわないというガレスの意見には賛成と反対、それぞれ半数ずつだった。

 ほんの半年ほどの滞在で、レティシアがこの辺境地に受け入れてもらえていること、また兵たちがレティシアの身を案じていることがアレクシスには伝わった。


 静観した後、ようやくアレクシスも意見を述べる。

「僕もガレス隊長と同じ意見です。急ぎたい気持ちはありますが、急がない方が良いかと思います」


 その一言で室内は静まり返る。


 辺境伯が沈黙を破る。

「うむ、敵の規模も目的も分からないまま踏み込めば、レティシア嬢を危険にさらすだけだ」


 なるほど、といったような声の感嘆が上がる。


 そして辺境伯は、地図上にあったかつてのグランベルの場所を指先でなぞる。

「まずは密偵を二名送り込む。第一騎士団から手配を...」


「承知しました」

 第一騎士団を率いるエレオノールが、応える。


「何より優先すべきは、レティシア嬢の無事を確認すること。そして敵の人数、見張りの配置、生活の様子を探れ。決して奴らに接触はするな」

 エレオノールはその命令を深く心に刻んだ。


 その日のうちに、選び抜かれた密偵がグランベルへ向かった。


 ――それから数日が経過し、密偵からの報告が司令室に届く。


 辺境伯に呼び出されたアレクシスは、報告書を読む。


『レティシア嬢の生存を確認』


 その一文を見た瞬間、アレクシスは静かに息を吐いた。

「……良かった」

 誰にも聞こえないほど小さな声だった。


 報告の続きには、レティシアがある薬師の家で看病を受けていること、敵意を向けられている様子はないことが記されていた。

 しかし、集落を取り巻く雰囲気には異様さがあり、昼夜を問わず見張りが立っていると添えられていた。また週に一度、どこからか荷物が搬入されていると―――。

「やはり、ただの廃村ではありませんね。攻撃に向けてこちらも万全を整えなければなりません」

 アレクシスは報告書からゆっくり顔を上げる。


 辺境伯が険しい顔で頷く。

「ああ、すでに帝都へは作戦を伝え、支援軍の要請を出した。支援軍が到着したらすぐに攻撃に向かう」

 辺境伯は力強く頷いた。







 三日後、帝都に辺境伯からの手紙が届いた。

 アルフォンスは、宰相と帝国軍総司令官、そして二大公爵家であるヴァレンティーヌ公爵とロシュフォール公爵だけが皇帝の執務室へ呼び出された。

 皇帝は険しい顔で辺境伯からの手紙の内容を話す。


 レティシア嬢の無事の確認がまず伝えられる。

 ヴァレンティーヌ公爵が娘の無事の報せに、短くため息をついた。


 レティシアの身を案じて眠れない夜を重ねていたアルフォンスもまた、その知らせにひそかに胸を躍らせた。

(レティシア…生きていた!本当に、よかった)


 皇帝は続けて話す。

 過激派組織の根城がかつての鉱山で栄えた村であること、そして救出と根城の攻撃に備えて軍の支援要請があったこと───。


「これは辺境地だけの問題ではない。貴族の支援を受けた組織が結成されていたこと、これには本格的な調査が必要だ」


「組織の存在、裏で操っている貴族……」

 アルフォンスは背中がぞくりとした。

 誰かが、皇室を欺いている。


「まずは軍を派遣し辺境軍とともに戦い、組織を捕獲し証言を引き出すことが...よろしいかと」

 宰相が険しい顔で作戦を提言する。


 皇帝は静かに、そこにいる者を見渡した。

「そのためにはこの動き、組織の裏にいる貴族に感づかれてはまずい、ということだ」

 皆がごくりと飲み込み、静かに頷く。


 アルフォンスは父のこんな顔を見るのは初めてだった。

(先回りされると組織が口封じに消される可能性があると...)

 心臓が早鐘の様に胸を打つ。

 貴族が皇室を裏切って過激派組織に支援をしていた。そしてその渦中に巻き込まれたレティシアは、今は無事だが...、まだ命の危機は続いている。


(レティシア…君は今、どうしているのだ)





 ―――ここはグランベル

 とうに日が暮れてあたりは暗闇に包まれている。

 門の戸締りに、庭に出たエミはふと足を止めた。


 ここ数日の間、家の周りに少しだけ不自然なことが起きていると、エミは気がついていた。


 残された誰かの足跡。

 庭に落ちた小枝が踏まれたように折れている。

 時々、誰かに見られているような感覚もある。


「誰かいるの?」


 振り向くが、庭にいるのは自分だけ。

 母は、夕食後の片付けをしている。

 レティシアはまだ歩けるほどに回復していない。

 雪がしんしんと降るばかりで返事はない。


(気のせいかしら...。探偵ならこういう時なんて言うかしら)

 扉を開けて中に入ろうとしてふと足を止めた。


「彼女なら大丈夫よ。足の怪我ならあと数日で歩けるようになるわ」


 振り向いて見せるが、そこには雪が降る音と夜の闇があるだけだった。


(...なんてね)


 エミはパタン、と家の中へ入っていった。



 密偵は家屋の陰から静かに視線を外した。

 薬師の娘は、ただ勘が鋭いだけではない。

 何かがおかしいと感じながらも、恐怖に流されず日常を続けている。


(この娘……厄介だな)


 もう十分だ。レティシア嬢の生存は確認できた。

 集落は過激派組織の根城となっている。見張りは昼夜交代している。どこからか補給路もある。


(これだけ分かれば、あとは作戦次第だ)


 密偵は雪に足跡を残さぬよう身を翻し、静かに闇へ溶けていった。






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