第15話「廃坑道を通って」
アレクシスはノエルとともに、アルドの案内で廃坑道へ足を踏み入れた。
坑道の中は薄暗く、壁にはつるはしで削られた古い傷跡が無数に残っている。天井からは水滴がぽたり、ぽたりと落ち、その音だけが静寂の中に響いていた。
足元には錆びついたレールが途切れ途切れに続き、朽ちた木製の枕木は今にも崩れそうだ。
「昔は、大きな鉱山だったのかな」
ノエルが辺りを見回す。
「そうだな、……おそらく」
アレクシスは壁に手を添えた。長い年月を経た岩肌は冷たく湿っている。
坑道は一本ではなかった。まるで迷路のように枝分かれし、右へ左へと道が伸びている。
「以前、人影を見たのはこの辺りでした」
分かれ道はそれほど多くなかった。
時折、風が奥から吹き抜け、誰かが歩いているような音が坑道の奥で反響した。
どこか誰かに見られているような気配がずっとついて回る、嫌な感覚にとらわれる。
やがて前方に淡い光が差し込んできた。
「出口ですね」
アルドが声を潜め、言った。
三人は足音を殺しながら慎重に出口へ近づく。雪の上には、幾重にも重なった足跡が残されている。
「ここだ」
アレクシスは思わず息をのんだ。
そこに広がっていたのは、村ではなかった。
屋根を失った家々が雪に埋もれ、崩れかけた煙突だけが寒空へ突き出している。石畳はひび割れ、かつて広場だった場所には、人の背丈ほどもある枯れ草が雪を押し上げるように顔をのぞかせていた。
さらに視線を巡らせれば、半ば崩れた教会まで見える。
「……集落の跡か?」
人が住んでいる気配はほとんどなかった。
「兄さん、あそこ見て」
ノエルが小さく声を上げた。
指差す先へ目を向けたアレクシスは、朽ち果てた建物の奥、その一角だけから細い白煙がゆっくりと立ち上っているのを見た。
(生活しているというよりは、身を潜めているという方が近いか?)
アレクシスは集落全体へ視線を走らせた。
周囲は険しい山々に囲まれ、外からは存在すら確認できない地形だ。正規の街道からは完全に外れている一方で、西側には人が踏み固めたような細い道が伸びている。
(かつては、あそこが道だったのか)
廃坑道を通らなければ、ここへは辿り着けないだろう。
(なるほど……。ここなら、人目を避けて身を潜められる)
アレクシスは目を静かに細めた。
(ここは集落ではなくおそらく―――根城だ)
「これ以上は危険だ。いったん戻るぞ」
アレクシスは踵を返し、廃坑道の中へ戻っていった。
廃坑道から戻った一同は、すぐに司令室へと集まった。
「ノエル、お前は少し休むといい」
アレクシスは静かに告げた。
襲撃の後、眠れていない弟への配慮だった。
ノエルは小さく頷き、侍女マリアに付き添われて部屋を後にする。
「……良かったです」
レティシア生存の可能性ありと聞いて、マリアは涙を浮かべながらそう言った。
「雪崩現場から最も近く、今なお人が出入りしている場所はあの集落だけです。レティシアが救助されているなら、あそこにいる可能性が最も高いと考えます」
辺境軍の幹部たちを前にアレクシスはゆっくりと発言した。頷く幹部たち。
「救助か、捕虜かは分からんが...」
誰かか言った。アレクシスは拳を強く握る。
グランベルの村が組織の根城であるなら、レティシアの救出は慎重に作戦を立てなければならない。
辺境伯は地図を広げ、低く言った。
「あそこはかつて大きな鉱山で栄えた場所だ」
だが地図には、グランベルという名は残されていなかった。
「十年ほど前の落盤事故のあとだ。正確にはいつ起きたかは分からん。事故報告がなかったからだ」
辺境伯の声がわずかに重くなる。
「落盤事故が起きていたらしい、と聞いて調査に入った者が次々と倒れた。咳、血の混じった痰、そして呼吸困難」
「灰肺病だ」
騎士団幹部のひとりが呟くように言った。辺境伯が頷く。
「鉱石の粉塵か、地下水の汚染か……原因は定かにはなっていない」
「調べに入った者が死ぬ病、ですか?」
アレクシスが目を細める。
「病というより……呪いだと恐れられた」
辺境伯は低く続けた。
「それ以降、グランベルは“存在しない土地”として扱われている」
「父上」
エレオノールが地図に指を置いた。
「廃坑道は、この隣村──ミンスに近い位置ですね。もしかすると出口が存在するかも知れません」
「ミンスの村……?」
アレクシスの眉がわずかに動く。
「最近、統制の緩い地域だと聞きます」
エレオノールは静かに続けた。
「部下を出します。調査が必要かと」




