第14話「村」
二人の間に沈黙が落ちる。ノエルは落ち着かない。
(この空気は、苦手だなぁ…)
「あ、あのさ」
ノエルがもう我慢できずに言葉をはさむ。
「レティシア姉さんのこと、何か知らない?」
(レティシア―――!そうか、レティシアとは)
その言葉にアルドはハッとする。
アレクシスを改めて見るアルド。
(立ち居振る舞い、隙の無い言葉選び。この男はただの村人ではない)
(女性の名前はレティシア…。さっき呼ばれていたこの男の名は、ノエル…、レティシアの弟)
アルドはゆっくりと息を吐いた。
(帝国の中枢に連なる、この名の並びを知らない密偵はいない)
アルドは目の前の男が誰であるか理解した。
(男の名。アレクシス・ヴァレンティーヌだ)
アルドはアレクシスと、目が合う。
「貴方は―――もう、私が分ったのでしょう」
「はい。初めまして、ヴァレンティーヌ公爵令息、アレクシス様」
アレクシスに近づき、お辞儀をする。アレクシスがアルドに右手を差し出した。その手を握り、アルドはまたお辞儀を重ねた。
「私の名はアルドです。公国の者です。御恩のある家門の方に、ご無礼を」
「これで話、ちゃんとできるねぇ」
ノエルがその上に手を重ねてにっこり笑う。
(次男もなかなかの策士だ...)
「御恩とは?」
「大公家嫡男のルシアン様が、大変お世話に」
握手をしている手に力を込める。そっと左手を添え、首を垂れるアルド。そしてゆっくりと伝える。
「レティシア嬢は生きていらっしゃいます。......おそらくですが」
今度はアレクシスが、握る手に力を入れる。
「本当か?」
「どこにいるの?」
ノエルが近づく。心配でたまらないといった表情を見せる。
「それが......雪の中から助けられて、近くの村にいるとは思いますが」
「そうか...。村の場所は?」
「分かりません。私も居場所を探しに来たのです」
アルドは申し訳なさそうに首を振る。
アレクシスが小さく頷き、握手を解く。
(レティシアは生きている…)
安堵のため息をつくアレクシス。
「信じるの?」
ノエルは鋭くアレクシスを見つめる。アレクシスは頷く。その目は潤んでいる。
「信じる。おそらく貴方がたは、ルシアンを―――保護しているのかな」
「はい、そうです」
「本当に!?」
大きく目を開けて、身を乗り出すノエル。
「は、はい。ルシアン様は怪我はされていますが、命に別状はありません」
「あぁ、よかったあ...。ほんっとうに、よかったあぁ」
頭を抱えてしゃがみ込むノエル。その顔には安堵が広がる。
「ああ、彼が無事でよかった」
アレクシスも...ふっ、と笑顔を見せる。
公国に流れてくる彼のイメージは、もっと冷静で無機質な印象なものばかりだった。しかし...アルドはアレクシスの顔を見て、思った。
(彼は…噂よりも愛情深い人なのだ)
「君に伝えておこう。この雪崩は人災だ」
突然、アレクシスが険しい顔に戻る。
「……!今、何と!?」
アルドは思わぬ言葉に、驚きを隠せない。
(人災で雪崩が起きるとは、それは……火薬爆弾が使われたということか)
アルドは理解した。帝国でも、何かが起きようとしているのかもしれない。
そして...いきさつはまだ分からないが、ルシアンがその紛争に巻き込まれたことへの怒りが湧いてくる。
「なるほど、火薬爆弾による雪崩と...」
「そうだ。辺境軍と過激派組織の紛争があった」
(あの日の紛争はそうだったのか)
紛争があったのでは、待ち合わせていた帝国側の密偵が来れるわけがない。約束を必ず守る密偵が現れなかった理由を理解した。火薬爆弾を使用する過激派組織とは、かなり大規模な紛争だったのだろう。
「では、近くの集落の人たちは無事だったので───」
そう言いながら、ルシアンを救助していた村人たちの姿を思い出す。
(まてよ、ここの景色―――)
アルドはハッとする。
そして丘から周辺の山々、稜線を確認する。
見渡す限り、雪に覆われた山々しかない。
ところどころ崖になった山肌が見えるだけだ。
ぐるりと一回り、見渡す。
確認のためもう一周、見渡す。
「おかしい……」
アルドが何かに気が付いた。
その様子を見守るアレクシス。
(そうか…。そういうことか!この地形には、集落があるはずが...ない)
―――風の通り、崖の角度、雪の溜まり方。
どこにも、人が定住できる平地がない。
そして、廃坑道で見た人影―――。
ということは。
振り返るアルド。
アレクシスは、その答えを待っているかのように見つめている。
アルドは少し歩き、自分が出て来た場所―――
雪に覆われ半分隠れた――
暗い口を開けた廃坑道を、さした。
「分かりました。村への入り口は、ここです」




