第13話「ずっとルシアンを探していた男、アルド」
男の名はアルド。
四十を少し過ぎた元エヴラール家の家臣である。表向きは国境警備隊だが、その本当の任務はただ一つ。
――大公家嫡男ルシアン・エヴラールを捜索せよ。
失踪当時、嫡男ルシアンはまだ7歳だった。
政治的な陰謀により命を狙われ帝国へ逃がされた、悲劇のルシアン・エヴラール。
暗殺者を差し向けたのは、大公妃の実家――カルディナ伯爵家だと囁かれている。
それから十二年、大公はいまだルシアンを廃嫡しない。かといって、次男アーネストを後継者にも据えない。その沈黙が、公国を二つに割っていた。
元大公妃リュミエル伯爵家を支持する者たち。
現大公妃カルディナ伯爵家を支持する者たち。
どちらの派閥もルシアンの居場所を探している。
ある密偵から、ルシアンがヴァレリア領にいるという情報を得た。そこでアルドは仲間と共に廃坑道を通り帝国へ渡ることにした。この廃坑道は、公国と帝国を結ぶ密入国のルートである。
しかし約束のその時間、帝国からの案内役は現れなかった。
しびれを切らしたアルドは、仲間とともに廃坑道に入った。すると大きな地響きが聞こえた。
(これは...まさか雪崩か?)
廃坑道の出口が塞がっていたら公国へ引き返すしかない―――そう思って祈りながら進んだ。
アルドは分かれ道で歩き去る人影を見た。
しかし人との接触は避けたい故、できるだけ気配を消して慎重に進んで行った。
やがて光が差し込み、廃坑道の出口が見えた。雪を案じていたが出口は塞がってはいなかった。足元に誰かの足跡があった。
外へ出ると、そこは高台だった。遠くの方から剣がぶつかり合う音、男たちの怒号が聞こえていた。
「何か起きてるみたいですね、今日は撤収しましょうか?」
騒ぎに巻き込まれるのはやはり避けたかった。
「そうしよう。見つかってはまずい」
そこへ、周辺の偵察に行かせた仲間が大慌てで戻って来た。
「大変です!男が…、雪崩に埋もれているようです」
丘を下ると救助にあたる人達の姿があった。しかし自分たちは密偵の身...いや、見捨てては行けない、しかし...、見つかることは避けたい。アルドは迷った。が、まだ雪崩が起きて間もない。
「まだ息があるそうです」
(今なら助かる可能性が高い……!)
「助けに行こう!」
「はい!」
アルドはこの時の選択を、心から自賛することになる。
「手助けします!」
急いで駆けつけると、村人と思われる数名が懸命に雪を掘っていた。まず、顔から胸を雪から掘り出して、呼吸ができるようにするのが基本だ。これを伝えて、顔のあたりを急いで掘り進めた。
「公国の方が、何故ここに?」
赤胴色の髪の女性がアルド達に気が付く。
「あ…雪崩の被害を確認に来ました」
アルドはぎくりとした。適当な理由を伝えたが、女性はそれで納得したらしい。
(だが、公国の者となぜわかったのだろうか)
「なぜ公国の者と?」
雪を掘りながら問いかける。
「あ、その麻布が公国の民芸品だからです!」
女性はあっけらかんと答えた。
(なるほど、この女性はなかなか観察力がある)
アルドは感心した。
少し離れた所でも、雪に埋もれかけた女が見つかったらしい。赤胴色の髪の女性たちは慌ててそちらへ向かった。アルド達はそのまま男の救助を手伝った。新雪で雪が柔らかく、それほど難なく胸元まで雪が掘れた。
――その時、胸元にペンダントが見えた。
「この紋章は……リュミエル伯爵家!」
アルドの鼓動が跳ねた。
「まさか……⁉そんな……」
さらに大急ぎで雪をかき分ける。すぐに顔が見える。
目を閉じてはいるが―――
(これは…このお顔は。亡き奥様に……生き写しだ!もしや…この方は)
雪に埋もれていた男こそ、長年探していたルシアンだった。
「若様だ……!」
「若様⁉」
―――こうしてルシアンは、アルド達によって公国へ連れ戻されることとなった。
アルドの屋敷で医師の治療を受ける。
「奇跡的に頭は打っていません。骨は折れていますが、命に関わる損傷はありません」
ルシアンを懸命に介抱するアルド達。
目の前にルシアンがいる―――この奇跡が信じられなかった。
やがてアルド達は、うなされるルシアンが誰かを呼ぶ声を聞く―――。
「レティシア...」
「逃げろ...レティシア」
ルシアンは、昼夜を問わずにうなされ続けていた。
アルド達はそんなルシアンが気の毒になった。
「どう思いますか」
「おそらく、あの時に救助されていた女性のことではないか」
「そうですね…」
「もう一度、廃坑道を通って女性の手がかりを探すことにしよう」
こうして、翌日、アルドは帝国を目指して廃坑道を再び通り抜けることになる。
廃坑道を抜けると、そこに男の姿があった。
どうしたものかと迷ったが、手掛かりを得られることを願い、アルドは声をかけた。
「あのう…」
「なんだ、ノエル、ちゃんと岸壁を調べるんだ」
「なーに?兄さーん」
男は一人ではなかった。
(やはり、逃げるべきか)
しかしすぐに男は振り返り声の主を確認した。
男は目を見開いていた。とっさに身構えており、その姿勢には隙が無かった。
(この男…ただ者ではなさそうだ。しまったな)
アルドは声をかけたことを後悔していた。いざとなったら姿を隠して逃げよう、そう覚悟した。
「急に声を掛けてしまい、失礼しました」
「いえ。こちらこそ驚いてしまって」
「私はこの辺りで暮らしている者です。皆さんは何を?」
「ああ」
男はにっこりと笑顔を作る。アルドは、その目が笑っていないことに気が付いている。
「妹を探しています」
あまりにも迷いのない返答だった。
「……お名前は?」
「レティシアと言います」
アルドの喉がわずかに鳴った。
(やはり……)
男はその一瞬を見逃さなかった。隣で弟と思われる男が、アルドに視線を送っている。
「ご存知ですか?」
笑顔は崩さない。
しかしその問いは、剣先を突き付けられるより鋭かった。
アルドの心臓の鼓動が早くなる。しかし、笑みを崩さずに返す。
「申し訳ありません。心当たりはありません。」
「そうですか。」
男もまた笑う。
――互いに、一言も信じていなかった。
アルドは、この男に声をかけた自分の選択に後悔した。




