第12話「状況を調べるんだ」
時を少しさかのぼり―――
二週間前、場所はヴァレリア辺境地にて……。
帝都からヴァレリア領へは、通常は馬車で五日ほどかかる距離にある。
アレクシスは帝都から馬を乗り継ぎ、昼夜を走った。妹の安否はそれほどまでに、家族にとっては重要なことだ。父も母も、娘が雪崩に合い行方不明─と聞いて...かなり憔悴している。父はおもてに出さないが、特に母は...。報せを聞いて倒れてしまい、いまもろくに食事が取れていない。
(あのレティシアが行方不明だと)
(とても受け入れられるわけがない)
───そんな一心で、三日でヴァレリア領へ到着した。
「しかしこれは...酷い有様だな」
境界領域にある辺境軍の司令塔。それは、ヴァレリア領が誇る騎士団本部の中枢施設である。
そんな施設の城壁が...こんなにボロボロに崩されるとは。
自分の目で被害を確認し、そして確信し体が震える感覚になる。
(これは...この規模の攻撃は―――組織にはおそらく、支援者がいる...)
大きくため息をつく。
そうすることで、気持ちを落ち着かせようとした。この考えは、帝国の屋台骨を支える貴族を疑うに等しいことだったからだ。
───そう考えるには理由がある。
まず、ここが辺境地だということ。岩に囲まれたやせた土地が多い雪国で、農作物の収益は少ない。そして他国と隣り合うため、国境を守るべく若者はそこに人手が取られる。
また人口が少なく、商売利益が少ない。
さらに何年か前の落盤事故で、大きな鉱山が無くなったと聞く。
(火薬だけではない。武器、食料、冬を越える資金。さらに統率された部隊。これほどの組織を辺境の盗賊だけで維持できるはずがない)
通りすがりの兵士に司令室への案内を頼り、伴って来た護衛を休ませる。 瓦礫を踏み越えながら、アレクシスは司令室へ向かった。
司令室では───少し先に到着した辺境伯とガレス、そしてノエルが話し込んでいた。
「兄さん!」
ノエルがアレクシスに気が付き駆け寄ってきた。弟はここ数日、寝ていないのだろう。顔色が悪く、目の下の色も悪い。慰める代わりに肩をぽんぽんと叩いた。
「状況は?」
「良くない。何も手掛かりが見つからないんだ」
ノエルが首を振る。その顔には憔悴が滲んでいる。さすがのアレクシスも、背筋が凍る。
(雪の中にまだ埋もれているとすれば───レティシアは、もう)
最悪の予想が脳裏を過ぎる。
「すまない」
ガレスが頭を下げた。あのガレス・オルディンが...頭を。
「いや、貴方が悪いわけではないでしょう...」
アレクシスはガレスに近寄り、片手を胸に置き、お辞儀をした。
「むしろ貴方はここの警備に全力を尽くされている。悪いのはむしろ―――」
首を振る。そうだ、きっと悪いのは。
「無鉄砲に出て行った妹でしょう...。」
一同に静寂が落ちる。
そう、あの妹は───本来のあいつは無鉄砲なんだ。ずっとその本性を隠して生きていたけれど。皇太子の婚約者候補ではなくなり、おそらくまた自分らしさを取り戻したんだな。
兄としては何とも複雑な心情である。
「兄さん、リーダーらしき賊を見つけてルシアンが林へ入っていったから、僕はその後を追ったんだ」
ノエルが唐突に話し出す。
「そしたら、少し前を覆面の騎士も走っているのが見えた」
覆面の騎士……。
(いつかの銀花際でもレティは覆面の騎士に扮したことがあったな。)
アレクシスはほんのひととき、懐かしい気持ちになる。当時、婚約者だったアルフォンスが覆面レティシアに気が付かなかったのは滑稽だった…。と呆れた気持ちにもなる。
(それにしても、行方不明者のもう一人がルシアン・エヴラールとは...)
あの出来事があってから心の病で伏せっていたルシアンが、辺境の地へやって来た理由は明白だ。アレクシスは、これを知った時のアルフォンスの反応が見てみたいと思った。
「二人で賊を追い詰めたから、僕も加勢しようと思ったら賊が筒状のものを出して...雪へ投げ入れた。そしたら突然、雪崩が起きて二人は飲み込まれてしまったんだ」
筒状のもの。おそらく火薬爆弾だろう。だとすると───。
(やはり、誰か支援者がいる...!)
アレクシスは確信を深めた。
ノエルが話を続ける。
「その後、雪崩はそのまま谷へ流れて行ったんだ」
「賊は?その後、どうした?」
「それが、...消えたんだ」
「消えた?」
声が低くなる。そんなことがあるわけがない。
「うん、雪に気を取られている隙に、姿がなくなっていたんだ。自分も雪崩に巻き込まれたのかな」
そう思うのが自然だろう...敵を巻き込んで自爆したのか...?そんなことをするのだろうか...。
辺境伯がそこで勢いよく言葉をはさむ。
「今からそこへ向かおう!」
「分かりました、行きましょう...!」
アレクシスは即座に立ち上がった。
一同は、二人が雪崩に巻き込まれた場所に向かった。
「それにしても、お前、覆面の騎士がレティシアだって気が付かなかったのか?」
雪の中を歩きながら、ノエルに問いかける。
「いや、姉さんってそういうところあるからさ。止めても無駄でしょ」
(そうだ、こいつはそういう奴だ)
ノエルは見かけ以上に先回りする性格だった。今回も、レティシアの覆面に気が付いていたけど、あえて止めなかったのだろう。
「でも結果的に、止ときゃよかったよ。ガレス先生も気が付いていたのにさぁ」
ノエルはガレスに恨み節をぶつける。
「俺は気がつかなかった」
「うそでしょ?」
ノエルは驚く。
「俺は忙しかったんだ」
一言だけガレスが返す。ノエルは考え込んだ。
(気がついていたと言うと、止めなかったことにお咎めが行く...さてはこれは、計算された大人の返事か……)
ノエルは一つ賢くなった気がした。
やがて一行は、針葉樹林の立ち並ぶ林を抜け、見晴らしのいい丘に着いた。
ここが―――雪崩の起きた場所である。
「ここか」
アレクシスは、丘の上からその下にある谷を確認する。
(レティはここから落ちたのか)
ここ三日間は大きな降雪はないと聞く。雪は固まり、雪崩のせいで丘と谷はでこぼことした坂道になってつながっていた。
(ここから、降りられそうか)
目を凝らして見ると、でこぼことしたところはどうやら誰かが掘り返した跡に見えた。
「ガレス隊長、どうですか?あの跡」
「行ってみるか」
ガレスはそう言うなり、持ってきた板を尻に敷き、谷底へ滑り降りた。それを見ていた辺境伯も、持ってきた細長い板を両足の靴にはめて、颯爽と滑り降りて行った。
(すごい行動力。さすが肉体派…。僕にはできません)
谷底の調査は二人に任せることにしたアレクシスだった。
(賊は消えたという。雪崩の中で逃げ切れるはずがない。ならば、どこへ消えた?)
「あのう…」
「なんだ、ノエル、ちゃんと岸壁を調べるんだ」
火薬爆弾が投げられたと思われる岸壁を調べていると、後ろから話しかけられた。
すると―――
「なーに?兄さーん」
別の方向からノエルの声が返って来た。
(今、話しかけたのは…誰だ?)
勢いよく振り返るアレクシス。
声の主を確認する。
―――それは、見知らぬ男だった。




