第11話「エミの説得」
「私は...レティシア、です」
名乗ると、レオニスがじっとこちらを見つめた。
鋭い視線。その瞬間、レティシアの背筋に冷たいものが走る。そして、その男が何のためらいもなくこの家へ入ってきた。ということは...。
(彼は過激派組織の人だ...あのとき至近距離で見たもの、間違いない。じゃあここは...)
温かで安らぐエミの家。でもこの家は過激派組織の根城にあるということ...!
(このグランベルが、組織の根城だったんだわ)
この考えにたどり着き、無意識に身体に力が入る。力を入れたので鋭い痛みが全身に走る。
(痛い...!どうしよう...怖い。ルシアンもいないし、身体中が痛いし...)
痛みと怖さで頭が混乱し、涙がぽろぽろこぼれてくる。
「あれ?レティシア、泣いてるの?」
エミがレティシアの涙に気が付き、慌てて覗き込む。
「何だ?」
レオニスとベルンが首をかしげる。
「レオニス、あんたの顔が怖いのよ」
エミがレオニスに軽口を叩く。
「は?俺?」
「レティシアは愛する人と離れちゃって心細いんだから!怪我も痛いし……ほんと災難だったね」
レティシアは思わず首を振った。
(違うぅぅ...)
怖いのは、ここがどこだか知ってしまったからなんです――とは、とても言えない。
レオニスは腕を組み、小さく息を吐く。難しい顔をしている。
「そのことだが……本当に、雪の中から他に誰も出てこなかったのか?」
その声色だけが、少し真剣だった。
「男が二人いたはずなんだが」
(彼と戦っていたルシアンと、私……)
レティシアは胸の内だけで苦笑する。
(私のこと、男だと思っていたのね)
「だから何度も言ってるでしょ!」
エミがぷくっと頬を膨らませる。
「雪崩だったんだよ? 全部探せるわけないじゃない!」
「だが、たまたま駆け落ちした公国の大公家の嫡男と、その恋人だけがあそこにいたって……そんな偶然あるか?」
「それは……」
エミは腕を組み、うーんと考え込む。
そして次の瞬間、ぱっと顔を上げた。
「あるに決まってるでしょ!」
「……は?」
「愛する恋人同士には、いろんな障害が襲いかかるものなの!」
「えぇ……?」
レティシアは思わず声が漏れた。
レオニスとベルンは、無言で目を細めている。レティシアも、だんだんエミの性格が分かってきたような気がする。
「じゃあ何!?」
エミはびしっとレオニスを指さす。
「ルシアン・エヴラールとレティシアが辺境騎士団に入って、あんたたちと戦ってたって言いたいの!?」
(うわぁ……その通りなんだけど……)
レティシアは心の中だけで頭を抱えた。
レオニスは少しだけ考え、
「……それは。ないか」
と、自分で結論を出す。
「ないわよ」
エミが即答する。
「……そうだな」
あっさり納得したレオニスは踵を返した。
(納得するの、早すぎない?)
エミの説得力がすごいのかなんなのかよく分からないけど、とりあえず心の中でエミに感謝する。
(すごいわ、エミ。ありがとう...)
「帰る。お大事にな」
「まったく……危ないことはやめなよ」
呆れたように言うエミの声には、どこか心配するような優しさが混じっていた。
(この二人、もしかして...)
恋愛に鈍感なレティシアですら、分かってしまう雰囲気があった。
レオニスは振り返らず、ひらひらと片手だけを振って部屋を出ていった。
レオニスが出て行ったドアを、エミはいつまでも見つめていた。
エミの見立てでは、レティシアの怪我は全身打撲と足首の軽い捻挫、低体温というところだった。
レティシアは、エミ母娘の介抱と薬のおかげで、二週間ほどでようやく歩けるようになった。その間もレオニスはたびたびエミのところを訪ねていた。
エミに会いに来ているのか、自分を観察しに来ているのか分からないような視線を感じることがあった。おそらく…レオニスの中で、レティシアは騎士団の人間ではないかという疑いが完全に晴れてはいないのだろう、と思った。
それはさておきレティシアは、自分が行方不明になっていることで辺境や帝都の皆が心配しているだろうと思い、それも胸が痛かった。
(ルシアンのことも気がかりだし、慣れない環境にいるのも辛くなってきた)
「レティシア、怪我は治って来たけど、元気がないね」
エミはそんなレティシアを心配してくれる。
「これから……どうしようかと思って」
「私では相談相手にはならないかな」
悩み事は尽きないが……。エミとはいわば敵対関係になる、だから相談はできない。
「家族も、心配してるんだと思うんです」
「そうだよね、駆け落ちしてきたんだもんね」
(うん、かみ合わないわ)
相談してもこんな感じなので、あきらめた。
ある夜、誰かの話声で目が覚めた。
(誰だろう……)
レティシアは気になって、カーテン越しに外を見た。
(あれは…レオニス?それとエミだわ)
二人が何か言い争いをしている。
(盗み聞きはいけないわ)
ベッドに戻ろうとしたとき、エミの声が大きくなった。
「だから、もう止めなよっていってるじゃない!この前のヴァレリア領への攻撃も、犠牲者ばかり多くて、結局失ったものの方が多かったでしょう!」
(―――ヴァレリア領?)
「お前はそう言うけど、じゃあどうすればいいんだ!ここは、”支援者”がいなければ、みんな飢え死にするだけなんだ!」
(支援者…?)
カーテン越しに聞こえる会話。それはレオニスの組織に関する話だと察する。レティシアはそのまま、話を聞くことにした。
「そんなことないよ!またみんなでここを村として申請してさ、ね、頑張って生きていこうよ」
(エミ……)
エミはここ、グランベルを復興させたいのだ。また、村として。その思いが胸を打つ。
二人は静かになった。どうやら、レオニスはエミの言葉を受けて沈黙しているようだった。
「……できねぇよ、もう、引き返せねぇ!」
突然、レオニスが叫ぶ。
「みんなで生きていける方法を考えようよ!」
「国は守ってくれない!貴族は俺たちを見捨てたんだぞ!」
「それは・・・」
「俺はもう、戻れない。初めは飢えた村の子どもに食べさせるためだった。でも今は違う。”支援者”から、金も武器も情報ももらってやってる。これが俺の仕事だ」
「レオニス…あんた、利用されてるだけだよ……」
痛々しい、エミの声。泣いているようだ。
「そんなことは分かってるさ。でも俺が抜けたら、次はベルンになるだけだ。だからもう……止まれない。もう二度と俺を止めるな」
レオニスの声は低く、どんな感情もその言葉からは感じられなかった。




