番外編「レオニス」
あの日のことは、今でもはっきり覚えている。
俺は十二歳だった。
その日の朝は、いつもと変わらない夏の朝だった。
母が朝食を作る。
決まって干した猪肉と、畑でとれた野菜のスープだ。
特別好きだったわけじゃない。
でもそれは毎朝そこにあるものだった。
父はいつも通り鉱山へ向かった。
「今日は遅くなる。難しいところを掘るんだ」
そう言って、普通に笑って家を出た。
俺は適当に返事をした。夜にはまた会えると思っていた。だがそれが父の姿を見た最後だった。
あれは昼過ぎだった。
最初に聞こえたのは、地面の奥の低い音だった。
嫌な軋みがした。
遠くで何かが壊れるような音だった。
次に来たのは揺れだった。
そして、その直後――山が崩れた。
俺は、この光景は忘れない。
父が山に飲み込まれた日。
ベルンの父も、エミの父も、その中に消えていった。
そのあと、みんなで掘った。
女も子どもも関係なく、昼も夜も。
道具が壊れれば今度は手で掘った。
爪が割れても、血が出ても止めなかった。
まだ生きてる―――この中にいる、助けてやらないと、と信じていたからだ。
だが、やがて誰かが諦めた。
ひとり、またひとり、諦めていった。
その日から“掘る”ことは終わった。
代わりに“待つ”ことが始まった。
今度はひたすら救援を待った。
来る日も来る日も待った。
けれど誰も来なかった。
やがて誰も、山へ行かなくなった。
その頃から、流行病が急に広がって、残った人間の命を、静かに削っていった。
俺の母もそうだった。
自分が病にかかったと知ったとき、母は俺を遠ざけた。
そして静かに息を吸って――それきりだった。
(うつってもいいから、最期まで傍にいればよかった。さぞ寂しかっただろうから)
あの日から、俺の日常は戻っていない。
(人が死ぬっていうのは、こういうことだ)
ただ、静かにこの世界から消えるだけだ
――ほんとに、どこ行っちまったんだ
レオニスは、山を見る。
そこにまだ、父がいる気がする。




