第9話「推理モノ好きなエミ」
「え…?……なぜそう思うの……?」
逆に、レティシアが問いかける。
「だって、あなたが顔に巻いていた麻布、ラヴィエール公国の民芸品だもの」
「顔に巻いていた……?」
それを聞いて、断片的にぽつぽつと記憶が思い出されてくる。
(たしかに顔を隠すために麻布を巻いていた。でも、あれは......)
(そう、西の城壁が攻撃された時にルシアンに渡された布。あの時たしかルシアンと剣術の訓練をしていて、それから……)
レティシアの記憶の中に、ルシアンに強く抱き寄せられた記憶がよみがえってくる。
(……あれ?ちょっと待って……!)
―――『ずっと前から君のことが好きなんだ』
(やだ!なんてこと!)
ルシアンから好きだと言われた。そのときのことを思い出す。恥ずかしくなり、頬がみるみる赤くなる。
(ルシアンの気持ち……)
生まれて初めて受けた告白。しかも、相手は幼なじみのルシアンからだった。なのにその直後に襲撃があって……すっかり忘れていた。
(なんて無神経な自分なの)
そして、最も大切なことをようやく思い出した。
(そうだ!ルシアンは!?無事なの!?)
どうして忘れていたのか、目の前のことばかりに意識が行ってしまう自分に呆れる。
しかし、ルシアンが無事かどうか、その答えを聞くのが怖い。
(ルシアンが...もし助けられていなかったら...もう生きていなかったらどうしよう……)
「あの…」
おそるおそる、聞いてみる。
「もう一人いなかったかしら。えっと、名前はルシアンという男性なの……」
レティシアからその名前を聞いて、エミはきらきらと目を輝かせた。
「ルシアン…?そう、やっぱり!」
レティシアの手を握り嬉しそうにうんうん、と頷く。
「あなた、ルシアン・エヴラールと駆け落ちしてきたんでしょ!?」
あまりに唐突な言葉に、レティシアは驚いて目が丸くなる。
「ええ?……え、ええっ⁉」
(どういう推測でそうなるの……)
母親は暖炉の薪をくべながら肩を震わせていた。後ろ姿からしか見えないが、どうやら笑っているようだった。
(話が見えないけど、こちらの素性は隠した方がよさそうだわ。ルシアンが生きている手がかりを知れそうだし、まずエミの話を聞いてみよう)
駆け落ちと思われたことがなぜなのか分からないが、誤解を解く前にひととおり話を聞くことにした。
「ルシアンの行方を知っているのですか?」
「うん、大丈夫、彼は生きてるよ」
(ああ、良かった...)
生きていると聞いて、レティシアは安堵する。
ではどこにいるのだろうか、それを聞こうとしたとき、エミが饒舌に話し始める。
「私の推理を聞いてくれる?駆け落ちしたって話よ。まずは、さっきも言ったけどあなたのその麻布はラヴィエール公国のものでしょ」
エミは得意げに人差し指を立てて、話し出した。エミはこういった推理をするのが好きなようだ...。
「たしかに……」
(そうなのね、たしかにルシアンの麻布、これは幼い頃からルシアンがずっと持ってるものだわ)
西の城壁が攻撃された時、口を覆うようにとルシアンから渡されたものだ。あれがラヴィエール公国の民芸品だったとは知らなかった。ルシアンは自分の祖国のものを大切に持っていたのか……。そう思うと、幼い頃から一緒にいたのに、彼の祖国への思いを聞いたことがない自分の無神経さに、また情けなくなるレティシアだった。
「次に、あなたはそんな剣士のような恰好をしているけど、綺麗な容姿から推測するに、……実は貴族の令嬢じゃない?」
(貴族令嬢…それは合ってるわ)
身なりに関わらず、身分を当てられてレティシアはどきりとする。”綺麗”というところは謙遜したいレティシアだったが、口をはさむのはやめて話の続きを聞くことにする。エミは推理を続ける。
「そして、あなたが時々うなされて”ルシアン”って言ってたけど、ここらで”ルシアン”って言ったら、もう何年も行方不明の公国の公爵家嫡男、超有名な悲劇のルシアン・エヴラールしかいないでしょ!」
「え、ええ⁉」
それを聞いて驚くことが二つもあった。
(ルシアンの名前を言って、うなされていた⁉……殿下の夢を見ていたのに?)
(いやいや、それよりも、ルシアンってそんなに有名人なの⁉)
エミの話の展開が早すぎて、レティシアの心の中は忙しい。何をどういえばよいのかさっぱり分からなくなる。
レティシアが否定しないものだから、エミは「やっぱり」と言わんばかりに何度もうなずいた。
「大丈夫だよ、分かってる。誰にも見つからないようにやってきたんでしょ。普通に国境を超えると見つかっちゃうから、公国に通じるあのグランベルの廃坑道を通って......!」
(なんですって?グランベルの廃坑道は、公国に通じているの?)
エミの話が衝撃的すぎて、思わず口に出そうになる。しかし下手なことを言ってエミが口を閉ざすといけないので、我慢した。そしてレティシア
は、ただ目を大きく見開くばかりだった。
───そして、エミは少し表情を曇らせた。
「残念だったね。ルシアン・エヴラールは...」
―――ドクン。
(ルシアンは……?)
「連れ戻されてしまったよ。...公国に」
「…………え」
その一言しか出なかった。
ルシアンが、公国へ。
その言葉だけが、何度も頭の中で反響していた。




